鍵よいずこへ潜む
「ヴールヴヘジン」
トレンチ男が手をさっと前へ出す。その手は、分厚い皮手袋で覆われていた。彼が低い声で言い放つと、手袋の中央についている石が緑色の光を放つ。
次の瞬間、トレンチ男の回りに狼たちが出現した。普通の狼と違い、二本の足で立ち、残った手はしっかりと大斧を握りしめている。なるほど、これが彼のデバイスかと怜香は感心して見入った。
戦士たちはうなり声をあげ、タタラたちへ向かって突進する。都が容赦なく斬って斬って斬りまくったおかげで、向かって左にタタラはいない。戦士たちは中央付近のタタラたちに狙いを定めた。屈強なタタラ達が、狼の戦士たちによって無残な死体と化していく。
「おのれっ」
ゴーライが霧島目掛けて、背後から飛びかかる。隙をつかれた霧島の顔が、大きくゆがんだ。
部下が銃口を向けるも、ゴーライより霧島に当たってしまう確率が高い位置取りだ。ゴーライはそれをよく承知していて、霧島の背後からずれないようにぴたりと直線上を走ってくる。
槌がうなる。重力に従い、まっすぐに霧島の頭蓋骨を破壊しようと迫ってきた。が、大槌は途中からその勢いを失い、持ち主とともに後ろに飛ばされた。
「ぐっ」
すぐに立ちあがったゴーライが、己を弾き飛ばした相手を睨みつける。
「貴様といいあの女といい……一体これはどうなっている」
「死ぬまで考えとれ」
大和が笑いながら言い放つ。大和の手には、ゴーライの膝を打った紅い昆がしっかり握られている。
霧島は、何故大和があるはずのない武器を持っているのか疑問なのだろう、顔をしかめた。しかし考えたのは一瞬、急いでゴーライから離れて自分の間合いを守る。
怜香はホール全体を見回す。右付近はまだ数人のタタラたちが頑張っているものの、中央と左の扉の見張りはすでに都とコートの男によって壊滅している。
「ホールは」
「確保済み」
響に問うと、即返事があった。怜香は腹を決める。
「左と中央の扉から人質を脱出させます。ホールで保護、即時学校の外へ避難させてください。首領は大和君に任せて。デバイス使いは残ったタタラを殲滅」
響は何も言わず、怜香の目の前に猫のぬいぐるみをずいと差し出す。これに向かってしゃべれということか。長文を自分で喋るのは面倒だという響の強固な思いを感じる。
仕方なく、怜香はもう一度同じことを喋った。猫の腹から、了解しましたと野太い声が返ってくる。
「ここから脱出します。一列で、前の人を押さないように。左は清水先生、中央は蘭子さん先頭に立って」
怜香の周辺がざわついたが、大きな混乱はなく生徒達は一直線に扉へ向かった。追いかけてきたタタラたちの前に、霧島とトレンチ男が立ちふさがる。
都と怜香がそれぞれの列の最後尾につき、ホールを脱出した。外ではすでに、黒ずくめの味方部隊がたむろしていた。隊員が生徒達に付き添いながら玄関から出て行く姿が見える。
緊張がゆるんで腰が抜けてしまった女子と、痙攣を繰り返す一丞のために、即席の担架が急ピッチで作られていた。
「仕事は終わった」
響はそう言い放ち、傍らの隊員をつかまえておぶえと脅している。ナマケモノに戻る気満々な彼女のツインテールを、怜香はむんずと掴んだ。
「さーて、響さん。私のデバイスどこですか」
「……それがあったか」
響は渋々、派手なピンクのうさぎマスコットを鞄から外す。もう誰に遠慮することもないため、がばと腹を裂いて中から小型のモニターを取り出した。
「現在、理系棟付近。この位置だと校舎の一階」
「もっと絞り込んで」
「……一階西側のゴミ捨て場」
「ありがとう」
怜香は立ち上がった。
「デバイスを入手次第、私も戦線に復帰します。一気に片づけるわ」
周りの隊員の反応は様々だ。デバイス使いが増えた、と歓声をあげるものもいれば、久世と聞いて露骨に嫌な顔をするものもいる。色とりどりの反応もいつも通りだわ、と怜香は心の中で笑った。
「私もゆこう」
都も刀についた血を払いながらいう。しかし、外の冷気にあてられてへぷ、とくしゃみをする。秋にタオル一枚の状態ではさすがにつらいものがあった。
「都ちゃん、服」
「ぼろを着てても心は錦」
「そういう問題ではありません」
隊員の方をちらりと見たが、さすがの彼らも予備の服まで持ってはいない。一丞もさっき痙攣しながら運ばれていったばかりである。生徒の制服を借りようにも残っているのは全員うら若き女子ばかり、まさか脱げとも言えない。
怜香が迷っていると、横手からくいと腕が伸びてきた。
「これ、使って」
「?」
腕の主は蘭子であった。機動隊員から避難をうながされていたが、それを断ってわざわざここに歩いてきたのだ。彼女の差し出した紙袋を見て、怜香は大きく息をはいた。
「なるほどね。いろいろありすぎて、こういう話があったことすら忘れてたわ」
響は戦闘向けの能力でないため離脱した。怜香と都は機動部隊と合流し、全生徒の解放を目指して校舎へ駆けていた。
怜香の傍に、いつの間にか一人の青年がぴたりとはりついていた。機動隊員たちと違い、ヘルメットもかぶらず銀縁の眼鏡を指で押し上げる。はて、こんなデバイス使いがいただろうかと怜香は首をひねった。名を聞くと、ぶっきらぼうに一言「和泉」とだけ言った。
「……こっちも聞きたいことがある。御神楽三尉はどうやってデバイスを手にしたんや」
和泉がずばりと聞いてきた。
「さあ」
言ってもいいものかと迷って怜香が濁しても、和泉はぺったりと張り付いたまま答えを求めるように睨みつけてくる。心なしか和泉が眼鏡を上げ下げする回数が増えていた。
機動隊員がつまみ出さないところを見ると関係者なのだろう。それなら、休暇中かつ捕まっていたのに、デバイスを持っていたのを疑問に思うのは自然だ。話すしかあるまい。
「デバイスはね、葵が送ってきたのよ。人質用に準備された食料の中に混ぜて」
怜香の前方から大きな狒狒たちが駆けてくる。都がぱっと躍り出て一刀のもとに切り払った。蘭子にもらい、まとった赤い巫女服が目にまぶしい。劇用の衣装ではあるがきっちり作られていたらしく、今のところ裂けも破れもしていなかった。
「すまんな」
「今日の都はやるのじゃ」
和泉が都をねぎらうと、彼女は胸を張った。さよか、と言って和泉は再び怜香に向き直る。
「しかし目立つやろ」
「そうでもない。私のデバイスは小型の指輪だし、御神楽三尉の崑は伸縮自在だから。なんせ任務中、本人が耳の穴に入れてるくらいだから」
「我々も支援物資の準備をしていましたけどね。まったく気づきませんでしたが……」
後ろから追いついてきた隊員が、怜香に聞いてきた。
「味方にもわからないようにしてたみたいだから。無理に私たちのいるホールに届けようとして、挙動不審になられちゃ意味がないと葵が思ってたみたいだし」
だから、デバイスは隠されたのだ。怜香の指輪は、焼き菓子の生地に隠され、中に入れられたままわざわざ焼き上げられた。大和のデバイスは小さな棒状になることを利用し、割り箸のつまようじ代わりに箸袋に一緒に詰め込まれた。




