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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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休め食え寝ろ

 話をしながら、葵は昔話を思い出していた。


 昔、あるけちな男がいた。彼のけちは徹底しており、ついに「嫁に食わす米さえ惜しい」と考えるようになった。そこで、食事をしないと申し出てきた女と結婚してしまう。驚いたことに、彼女は本当に食事をせず、しかもよく働くので男は非常に満足していた。


 しかし、彼はある日蓄えの米がごっそり減っていることに気づく。不審に思いこっそり様子を見ていると、なんと嫁がむしゃむしゃ米を食っていたのだ。頭の後ろにあいた、大きな口から。


 この話を聞いて笑う人も多い。全くものも食わずに働き続ける人間などいるわけがない。こんな話にだまされる方がバカなのだと。


 しかし、葵は知っている。そう言った人間が同じ口で「部下が働かない。休みを取りたがる」と愚痴っていることを。いもしない、完璧な人間を求める愚劣さに、そういう上司はきっと死ぬまで気づきはしないのだ。


「念のために言っておきますが、私は決して、部下に甘い方でも好かれている方でもありません。ウソだと思うなら、適当に二・三人捕まえて話を聞いてみるといい。きっと心温まる評価がかえってくるでしょう。

私が彼らには休息や十分な食事をとる権利も、笑う権利もあると主張するのは、それが後々の作戦成功に直結するからです」


 霧島がうなずくのが、視界の端にちらりとうつる。もう、不安そうな表情ではない。さあ、もう少しで終わりにするぞ。


「私は年が若い。それでも、彼らの上司です。悪いときは咎める責任がある。世の中の、数多あまたの上司が始終そうしているように」


 葵はぐっと胸を張り、背筋を伸ばす。恐怖は毛の先もなく、ただ心地よい。


「そしてそれと同時に、部下が正しい場合は庇護してやる責任も背負っている。現在いかにそれが稀薄な存在となっていても関係ない。

上司である以上、その二つの責任から逃れることは決してできないのだから。

これ以上、私の部下にくだらん言いがかりをつけるようなら、その方はこの事件が解決した後に私と直接お話しましょう。万全の準備をもって、理論的に叩きつぶしてさしあげます」


 一気に言い切り、葵はふうと息を吐いた。どかりと椅子に腰掛け、目の前のテレビカメラを睨みつける。ひととおりカメラを見て気が済んだところで、携帯電話がさっきからずっと震えているのに気がついた。


「一尉。この事件の解決に、どのような展望をお持ちですか」


 沈黙を破り、声が聞こえた。葵は顔を起こし、質問者に笑みを向ける。


「私はこの事件の指揮権限をもっていないのですが、もし上層部の方々が任せてくださるとしたら、事件は今日中に収束をみるでしょう」

「い、いったいどうやって」

「残念ながらそれは教えられませんね。も・し・も、上層部が私に権限を与えてくださるのなら、近いうちにお見せできると思いますが」


 ちらちら隣の上官たちを見ながら言い放つ。最後に一礼して葵は発言を締め切った。


 記者会見はそのまま終わりとなり、葵はあっと言う間にそこここから生えてきたマイクに取り囲まれ、たかだか数メートル先の出口にたどり着くまでに異常な時間を浪費してしまった。霧島の知らせでトヨや三千院家の護衛がかけつけてこなければ、もっと無駄な時間を使っただろう。


「すまんな」

「いえ」


 まだ取材陣に向かって舌を出しているトヨを横目でみながら、葵は護衛たちをねぎらった。


「一尉。お疲れさまでした」


 どうにか会場から逃げてきたらしい霧島と目が合う。彼女の服ももみくちゃになっていた。


「途中はらはらしましたが、乗り切りましたね。この件を受けて上層部も動かざるをえないでしょう。本当に権限を譲渡してもらえるとお思いで?」

「ああ。人質が大量に死んだ時点で、この事件は奴らのキャリアにとっちゃ『お荷物』以外の何者でもないからな。誰かに押しつけたくてうずうずしてたろうよ。ただ、押しつける相手が俺である保証はどこにもなかった」


「だからカメラの前であんなことをおっしゃったのですね。しかし、それにしてもやりすぎですよ。今日中に解決するなどと。はったりは、揚げ足をとられないようできるだけ細部をぼかすのが鉄則です」

「まあ、めどが立ってなければ俺もそうするさ。今回は違うが」


 葵は淡々と言い放つ。霧島の目が大きく見開かれた。


「まさか、本当にどうにかなさるおつもりで」

「そのまさかだ。さあ、上がどう出てくるかが楽しみだなあ」


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