常識をブッ飛ばせ
葵に言われて、まさにその通りの動きをしていた司令官たちはぎくりと顔をこわばらせた。局内に監視カメラがついているのは周知の事実だが、そのカメラのいくつかにデータ転送機能をくっつけたのは実は響の独断で、三千院の家族しか知らない。
葵がそれを知った当時は面倒くさがりのくせに余計なことをしたものだと思っていたが、今となってみると評価は全く反転する。
「それでも検証したいとおっしゃるなら、穴があくまで調べていただいて結構。どうせ専門家がみればつぎはぎの跡なんて簡単に見つかるでしょう。質問は?」
誰も手を挙げるものはない。葵の話しっぷりから、どうやらウソはついていなさそうだと悟ったのだろう。無防備に飛び出して、正面から射撃をくらった大楠だけがやたら赤い顔をしていた。
「では、二点目の問題についてはどうお考えですか? これも、根拠はないと主張されるのでしょうか」
若い女性記者が、めがねの位置を調整しながら発言してきた。
「二件目に対しては、すべて事実です。職員は定期的に休憩もとっていたし、精のつく食事もしていた。時には冗談だって言ったでしょう」
葵はさらりと言い放つ。それを聞いた大楠が、急に元気を取り戻してがばと立ち上がった。
「不謹慎ですな」
表情がさっきと違っていきいきと輝いている。どうも、自分が安全な位置にいて一方的に人を攻められるときだけ、こいつの精神は奮い立つらしい。
「人質は、一刻も早い救出を信じて、今この瞬間も精神をすり減らしているのですよ」
「だから?」
葵はしれっと言い返してやった。室内の空気が再び変わり、自分への敵意が増してきたのを感じる。壁際の霧島が心配そうにこちらを見つめてきた。
「あなたには、彼ら彼女らの心の叫びが聞こえないのですか。同情の気持ちはないのですか。そうでしょうね、あなたにとって彼らはとるに足りない赤の他人にすぎないんだ」
「赤の他人? 大楠さんと言いましたね。あなたの中では実の姉とまだ三歳の妹も赤の他人の中に入るのですか?」
葵が言うと、会場がどよめいた。
「では、一尉のご家族もあの中に?」
「ええ。文化祭の日でしたので。急いで出ていく理由もありませんし、あの日以来帰宅もしていませんから、今も校舎の中に閉じこめられているでしょうね」
「……兄弟姉妹でも、情を感じない人間もいますよ」
無関係な指揮官から一転して、葵は被害者の身内と認識された。少し旗色が悪くなった大楠が、悔しそうにつぶやくのが葵の耳に入った。後ろの方に座っていた記者から質問が飛ぶ。
「ですが、それでしたらなおいっそう、真摯な態度での対応を望まれるのでは」
「そうですね」
「失礼ですが、さっきから対応が矛盾されていませんか」
「いいえ」
「どうしてですか」
「彼らが真剣に事件に対応することと、寝食忘れて髪の毛を振り乱すことは違います」
葵はぎろりと力をこめて室内を見据えた。この問題は、根深い。昔から、軍部や国内にしぶとくはびこり、その度に悲惨な結果を生んできた。さあ、今からそれと勝負をするとしようか。
「彼らは事件の対応にあたっては常に細心の注意を払い、早期解決に向けて全力を尽くしていました。必要な処置を必要な時期に行うという、もっとも基本的なことを地道にやっていたのです。一部の愚かな上司を除いて。
それなのになぜ、彼らが怠けただの不真面目だと言われるのか?
それは、日本人が昔から抱き続けたばかげた幻想があるからです。『長く働くもの、自分を削り無理をするほどこそ賞賛されるべき』という、呪いにも似た思考が」
葵は息を吸い込む。反論の声も上がらぬまま、演説は走り始めた。
「実際彼らが休憩も栄養もとらず、疲労を抱えたまま任務にあたっていたらどうなったでしょうね。眠気からうっかり重要な指示を聞き逃したかもしれない、もし急に突入の命令が下ったとしてもまともに動けないかもしれない。そんな状態で、たっぷり余力をたくわえた相手に対応することが本当に最善と呼べるのでしょうか」
誰も答えない。念のため、横に並んだ指揮官たちにも目を向けたが、彼らは葵の顔を見ようともせず、ひたすら堅いテーブルを見つめていた。
「私は、根性とか気力とか頑張りというものの存在まで否定はしません。全くない人間は、どこへ行っても通用しないでしょう。しかし、それが全てだという御託をふりかざし、部下に過剰な労働とストレスを与える組織は必ず崩壊します。休みなく働き続けられる人間など存在しないのだから」




