頭を下げぬは傲慢か
男が言った通り、離れた席に立っていた若い軍服姿の女が会見のはじまりを告げた。めいめい勝手な話をしていた会場がぴたりと静まりかえり、カメラのレンズがいっせいに正面を向く。
「このたびは、かかる事態を引き起こし、誠に申し訳ございませんでした」
葵から少し離れて座った、一番勲章の数の多い老人が口火を切った。それを合図に、警察・軍の指揮官たちが一斉に頭を下げる。
静かだった室内に、ざわめきが広がっていく。葵には、ぎゅっと緊張していた記者たちの顔がぽかんと弛緩していくさまがよく見えた。
頭を下げていた指揮官たちは、ここでようやく室内の異変に気づいた。お互い頭を下げながら自分の両隣と顔を見合わせ、周りと同じスピードでそろそろ頭をあげる。自分の上司より先に顔を上げると、呪われるとでも思っているのだろう。
「何か、ございましたかな」
指揮官たちがきょろきょろと室内や自分たちの様子を確認する。しかし、さっきとこれといって変わったところはない。戸惑う彼らに、最前列の大楠が遠慮のない一言をたたきつけた。
「何かも何も。真ん中の彼だけ、頭を下げずに突っ立っておられましたよ。お若いようだから緊張してらっしゃるんでしょうかね」
多分に嫌みを含んだ一言に、指揮官たちの顔色が青くなる。今度は周りの様子などみる余裕もなく、全員一斉に葵をにらみつけた。
「そ、そのようですな。彼は」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は緊張しておりません」
葵は有無を言わせぬ勢いで、マイクを奪い取りいつもと変わらない単調な声で話し出した。
「ではおひとりだけ頭を下げなかったのはどういうことですか」
「下げる必要がないからです」
室内の声は、一瞬でざわめきから怒鳴り声に変わった。記者たちの弾劾の声に混じって、「中止だ中止」とヒステリックにわめきたてる左右の指揮官たちの声も聞こえる。葵をこの場からひっぱり出そうと、後ろから襟首をつかむ手まで現れた。
「ちょっとちょっと。中止だなんてだめですよ。彼の真意を聞いてからじゃなくっちゃ。ねえみなさん?」
大楠が本当に舌なめずりしながら、後ろの記者たちをあおっている。普段なら、『お前ごときに指図される筋合いはない』と言われそうな一言だったが、今この場では熱狂的な歓迎をもって受け入れられた。
真実を知りたいものも、葵のせいにして事態を納めたいものも、このまま会見が終わってしまえばどうしようもない。説明を求める声は大きくなるばかりだった。
最初はなんとかしようとしていた指揮官たちも、怒号を聞いて気力が萎えてしまったらしく忌々しげに椅子に座り込んだ。
「では三千院一尉にお聞きします。なぜ、今回の事態で謝罪の必要がないとお考えなのでしょうか」
「その前にはっきりさせておきましょう。あなた方が今回問題だと認識している点は大きく言うと以下の二つで間違いないですか。ひとつ、妖怪側の要求に対し、鈴華だけを優先し立塚に対する配慮を怠ったこと。そしてそれに伴い死者が出たこと」
大楠は一瞬むっとした顔をしたが、腕組みをしたまま大きく頷いた。その様子を見ながら、葵は再び話しはじめる。
「ふたつ、事件対応にあたっている隊員たちの風紀の乱れ。大声で笑いあったり、交代制とはいえぐっすり眠ったり、A5ランクの焼き肉をむさぼったりしたこと」
「ええ。しかしA5の肉まで食べておられたとはねえ。こちとら長らく牛肉の顔すら拝んでいませんよ」
大楠がすかさず露骨な『庶民』演出をねじこんでくるが、葵はこれには関わるまいと決めた。
「認識がずれていないとわかって安心しました。それなら問題ありません。回答は同じ。今回の件に関しては、我々が頭を下げるべき問題ではない」
いっそう抗議の声が激しくなる。が、葵は涼しい顔で聞き流した。最前列で一番がなりたてていた大楠の声が枯れるのを悠然と待ってから話し始めた。
「まず、一つ目の問題ですが。これは守らなかったのではなく、守りようがなかったというのが真相です」
「お言葉ですが……、相手から通達された条件をみる限り、そんなにきつい条件には見えません。解放を求めている捕虜たちは、みな一般兵ばかりですし、食料や衣料品だけの供給ならば十分対応可能だったのではないですか?」
大楠が無駄に叫んで声をつぶしている間に、背後から違う記者の質問が飛んだ。今度は葵も、少し背筋を伸ばして発言者に相対する。




