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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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弾は飛ばずも、ここが戦場

あおい。偉そうにしたまま、大きくなるとだいたいは人に嫌われるもんだ」

「いいよ、別に」


 いわおにたしなめられ、葵はぷいと横を向く。やれやれと言いながら、巌は話し続けた。


「今は嫌われてもされることはかわいいもんじゃ。せいぜい先生や学校に告げ口されるくらいで、たいした被害にはなりゃせん。だが、大人になるとなー。嫌いな相手をノイローゼや自殺に追い込んだなんて珍しくもないんでな。なるべく人には好かれた方がいいぞ」


 巌にそう言われて、葵は言い返せなかった。確かに、大人になったときには最初から絶対的な権力を握れるはずもない。今やっているくだらない嫌がらせの延長が、あと数十年続くと思うと今からうんざりしてきて葵は髪をむしる。


「こら、禿げるぞ。そうじゃなあ、じゃあじいちゃんからプレゼント。偉そうにしても嫌われない方法をお前に教えてやろう」

「ほんと」


 横を向いていた葵は、巌に目をやる。


「下手に長く生きとるわけじゃないでな」


 屈強なじいさんのウインクはなかなか気味が悪かったが、葵はじっと祖父の次の言葉を待った。


「おう。まず、仕事ができることじゃな」

「そんなことでいいのか」


「できるって言っても、ちょっと周りよりうまいくらいじゃだめじゃぞ。ぶっちぎりもぶっちぎり、誰がみてもわかるくらい実力に差がないといかんのじゃ。それには、判断力も知識も経験も必要じゃし、間違いに気づいたらできるだけはやく方向転換する能力も含まれるぞ」

「わかった。思ったより簡単でよかったよ」


 葵があっさり納得すると、巌が顔をしかめた。


「話は終わっとらんて」

「まだあるの」


「もう一つ。これが重要じゃぞ。自分が正しいと思ったら、誰に対しても偉そうにしろ」


 巌はそう言いながら、葵の両肩に手を置く。ずっしりした重みが、葵の体にかかった。


「部下や反論できない弱いもんに偉そうにするだけなら誰にでもできる。今この瞬間だってどこかの誰かがやっとるじゃろ。しかし、それは確実に嫌われる。人間の屑しかそんなことはせんからな。お前はそうはなりたくないじゃろ」


 葵は首を縦に振った。性格が悪いのはもともとだが、卑怯者に落ちるのはごめんだ。


「そうなりたくなかったら、誰に対しても偉そうにしとれ。相手が首相だろうが大統領だろうが知ったことか、平然と対応してやるくらいの器になれ。絶対に相手にびびって、自分の背負ったものから逃げるな」

「うん」


 葵は祖父から目を離さず、言い切った。胸の中にたまっていた暗いものが、消えていくのを感じる。


「忘れるなよ。これを守っていれば、どこかで誰かがきっと助けてくれる。じいちゃんウソつかない」

「ほんとかよ」

「いつかわかるて。さ、メシにするぞ」


 そう言うと巌はさっさと立ち上がり、あっと言う間に視界から消えていった。葵は今のやりとりをもう一度反芻はんすうし、空に向かって大きくひとつ息をついた。




「……おーい。思い出したか。早くしてくれないとじいちゃんそろそろ死んじゃう」

「年寄りの死ぬネタはあてにならん」


「冷たい新人類め」

「黙れアラウンド棺桶かんおけ


 孫と祖父で一通り悪口を言い合ったところで、がははと巌が笑った。


「その感じだと思い出したな」

「ああ」


 電話越しでも、巌が満足しているのが手に取るように分かる。


「じいちゃんが言ったとおりにする覚悟はあるか」

「もちろん」

「それならいいんじゃ。しっかりやれよ」

「あ」


 電話は唐突に切れた。ち、と葵は舌打ちしながら空を見つめる。あの馬鹿、こちらに礼すら言わせないまま切りやがった。


「一尉、そろそろお時間です」


 さっきまで葵のすぐそばに立っていたはずの霧島きりしまが、少し離れた柱の陰から現れた。気をつかって外してくれたのだろう。


「わかった。霧島はみんなのところに戻っていいぞ」

「それは命令ですか? お願いですか?」


 霧島の目が、眼鏡越しにきらりと輝いた。葵はため息をついて両手を上げる。


「強制力はないな」

「ならご同行させていただきます。こんなおもしろいもの、見逃したら後悔しますから」

「好きにしろ」


 やけに嬉しそうな霧島と一緒に、葵は大股で歩き、ドアを抜けて階段を降りる。会議室に入ると、すでに中はマスコミでぎっしりと埋め尽くされていた。いっせいに葵に向かってカメラをむけ、フラッシュをたいてくる。


 葵は少し目を細め、室内の様子を確認した。だいたい予想通りの光景だったが、大新聞の腕章をつけた記者やテレビのカメラマンが居並ぶ中、あの大楠おおくすと呼ばれた貧相な男がちゃっかり最前列に陣取っていたことだけが意外だった。


 葵は部屋の一番奥に設置された、そっけない長机とパイプ椅子に近づく。センターの一席をのぞいて、すでに席はすべて埋まっていた。へえ。俺に中央に座れということか。結構結構。


 わざと時間をかけ、悠然とパイプ椅子をひく。そのまま腰をおろすと、左右両側からバナナを一週間煮込んでゴキブリと和えたような加齢臭がどっと押し寄せてきた。やれやれと首を振る葵に、左隣の白髪の男が葵に話しかけてきた。


「原稿は読んだか」


 そんなものがあったことすら今まで知らなかった。おそらく縦長が置いて行った書類の中に入っていたのだろう。まあ、そんなものはどうでもいい。葵は男に向かってうなずいておいた。


「ならいい。余計なことをするなよ。……始まるぞ」


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