バカは体よく遊ぶに限る
「クラスで、僕に向かって『おまえカンニングしてるんだろ。毎回毎回百点とれるなんておかしいぞ』と因縁を付けてきた奴がいたんだ」
巌は無言でうなずいた。聞いているから続けろという意味だろう。
「違うと何回言っても聞きゃしない、しまいには今から自分がテストしてやるといって無理矢理僕を机に座らせた」
クラスメイト全員が注目していたので、さすがに暴力まではふるわれなかったが、読もうと思っていた本を途中で中断された葵はこの時点でかなり苛立っていた。しかもそいつは廊下へ出ていったきり戻ってこない。
どういうことだバカ、と悪態をつき貧乏揺すりをしながら、仕方なく堅いイスに座る。しばらくたって、ようやく問題の生徒が足音高く帰ってきた。
「おまえ、ほんとに天才でズルしてないのなら、六年生の問題くらいわかるよな」
興奮のためか、ただでさえ大きい鼻の穴を三倍くらいに膨らませながらバカが言う。背後には、そいつを一.五倍に膨らませたような同じ顔の少年が立っていた。ははあ、兄貴をつれてきたなと葵はつぶやいた。
「わかるよ」
「言ったな? わかんなかったら、嘘ついてごめんなさいってみんなに土下座するんだぞ」
土下座、ねえ。葵は肩をすくめた。
「いいよ。でも、大人を呼んでくれなきゃ僕は答えない」
「なんでだよ」
自分の思い通りにならないのに苛立ったバカがきいきいとまくしたてる。それを完全に無視して葵は続けた。
「当たり前だろ。そうじゃないと、ちゃんと正解したかどうしてわかるんだ。サッカーだって野球だって審判がいるだろ。それと同じだ」
「同じじゃねえよ」
幼稚な同級生は足を踏みならして抗議した。威圧になると思っているのだろうが、大きな物音が自分にとって命取りだとわかっていないようだ。
「うるさいぞ、なにしてるんだ」
案の定、騒ぎを聞きつけた先生が教室に入ってきた。うろたえるバカを尻目に、葵はさらりと言う。
「クイズをするんです」
「そうなのか?」
イスに座った一人をクラス全員が取り囲んでいる異常な状況に気圧されて、先生が周囲を見回す。見つめられた生徒たちは、どこか後ろめたそうにこっくりと頷いた。
「先生、審判やってよ」
「えー……ちょっとだけだぞ」
「ほら審判見つかったぞ。どうぞ」
完全に自分が思っていた流れとはかけ離れてしまって、顔を真っ赤にしている目の前の兄弟に葵は冷ややかなまなざしを投げる。一瞬兄の方がひるんだが、気を取り直したのか前に進み出て、葵の前にプリントを置いた。
「じゃあ、この図形の体積はいくらだ」
「一○八立方センチメートル」
瞬きもしないうちに葵は答えた。皆、あまりの早さにぽかんと口をあけている。葵の態度が、まるで問題が「1+1=」だったかのようだったからだろうか。
「せ、正解」
先生もあっけにとられていたが、葵の発言からしばらくしてようやく一言だけ口にした。
その後も葵に答えられない問題など一問もなく、兄弟の顔は青ざめていく一方だった。最後の方になると、葵は余裕しゃくしゃくで両手を机の上に出し、服のすそをひらひらいじっていた。これでカンニングをしていると言ったらそっちの方がバカみたいである。
十数問答えたところで、兄貴の方が先に根をあげた。金切り声をあげてわめく弟の腕をひっつかんで教室から出ていき、その日結局二度と姿を見せなかったのだ。
「……と、いうわけ」
「向こうが言うてきたのとだいぶ違うな。自分が勉強できるのを鼻にかけて、無理矢理クイズをしてうちの子に恥をかかせたと電話口では言ってたらしいが」
「大嘘つきめ」
葵は石を蹴飛ばした。小石は跳ねて池に落ち、とぷんと間抜けな音をたてる。
「わかった。学校にはじいちゃんからほんとのことを言っといてやるよ」
「裏はとらなくていいのか」
葵が言うと、巌は体をふるわせて笑った。
「ははは。ほんとにお前は理屈っぽいな。そんなことせんでも、お前がそんなすぐバレるウソなんぞつくようなタマか」
豪快に笑う巌を見て、なんとなく今日はおもしろくない気分だった葵の気持ちが少し明るくなった。しかしそれを言うのもなんだかしゃくなので、ぷいと横をむいてごまかす。
「しかしなあ、じいちゃんちょっとこれからのお前のことが気になるなあ」
「なにが」
「そーいう生き方してると、嫌われやすいぞ」
「知ってる」
にべもなく葵は答えた。そんなこと言われなくても、入学三日で全クラスメイトに遠巻きに見つめられるようになった時点ですでに悟っている。
「それがイヤなら、もうちょい愛想よくして人の気持ちをくんだほうがいいな。お前はどっちがきつい。友達がいないのと、愛想よくするのと」
「愛想よくする方」
「迷わず言い切りおった」
巌はじーっと葵を見据え、珍しく真剣な表情で話しかけてきた。




