じじまご会談
「塗りすぎじゃないか」
「いいえ」
「アイメイクもしましょうか」
「やめて」
トヨの手は葵の意思と無関係に動き続ける。拒否したのに結局アイラインまで引かれ、目の下のクマ隠しまで入念にされて少々辟易した。
しかし、そのおかげでさっきよりだいぶみられる顔になった。そこへ霧島が浮かない顔でやってきた。
「一尉。上から、釈明会見に同席するよう指示が回ってきましたが」
「ああ。出るぞ」
葵が答える。知らせを持ってきた霧島は、狐につままれたような顔をした。
「てっきり蹴られるものかと思っていましたが。あら一尉、ずいぶんさっぱりされましたね」
「ぼけた顔でテレビにうつるなんてごめんでね」
葵は顔の角度を入念に変え、最終チェックを行う。トヨの腕のおかげで、一点の毛穴もシミも見あたらない。見事なものである。
「三十分後に下で会見です」
「ふん、こういう時だけ妙に進行が早いな」
おおかた葵が準備もしないうちに謝罪させてしまおうとしているのだろうが、そんな手が通じると思っているとしたら、しっぺ返しをくうのは向こうの方だ。
「ぼっちゃま」
トヨが背後から声をかけてきた。葵の制服に入っていた電話をしっかりと両手で握りしめている。
「お電話が入っております」
「誰からだ」
「御屋形様から」
「……」
こんな時に祖父はいったい何をしにかけてきたのか、と葵はいぶかりながら通話開始のボタンを押した。
「よう」
電話口から、がらがらにかすれた祖父の声が聞こえた。無頼な外観に似合わず、酒もタバコもやらない巌には珍しい事態である。
「なにしてたんだ。老い先短いんだから変なことするな」
「都たちが心配で」
そうだ、この祖父は末孫を溺愛していたのだった。少し可哀そうになって葵は話を聞いてやる。
「ずっと泣いてたのか」
「そんな無駄なことはせん。仇への闘気を強めるべく、延々雄叫びをあげ岩を粉砕して気を整えておったのだ」
「どっちも無駄だよバカ」
同情したことを悔いながら、葵は冷たく言い放つ。
「あ、バカって言った。バカって言う方がバカなんじゃもんね」
「切るぞ」
小学生並のことをいう祖父に愛想をつかして、葵は電話を耳から離した。しかし、電話機から大音量で雄叫びが響いてきたので仕方なく耳を戻す。
「ふはは、勝った」
「うるせえじじい。早く用件を言え」
「相変わらず偉そうな奴じゃの。……覚えとるか。おまえが六歳の時、わしが言ったこと」
「あー?」
葵はあまたの記憶をめくって、該当するものを一秒で探り当てる。
「おまえはほんとに偉そうだ、と言われた覚えならある」
「ぴんぽーん」
受話器から高らかな声が聞こえてきたが、明るく言われても無性に腹が立つ。
「よくもまあ、いたいけな六歳児の精神をばっきばきに折ってくれたもんだ」
「おまえにいたいけという形容詞が使えたのは、生後半年までの間だけじゃったよ」
確かに、喋れるようになるやいなや何かと大人のまねをし、ありとあらゆる問題集を瞬殺していた自分の姿は一般的な幼児の枠にはあてはまるまい。
「それに続いて、言われたことがあるな」
「そうじゃろそうじゃろ」
「その先は忘れた」
「もっとましな嘘つけ」
確かに分かりやすい嘘だ。葵が黙り込むと、巌もそれにあわせて沈黙を保つ。葵がしゃべるまで待つつもりのようだ。葵の頭の中で、巌との過去のやりとりが蘇ってきた。
人間をいじめてやろうと思っているだろう真夏のじりじりした日差しがようやく一段落したころ、葵は図書館から帰宅した。
今日は以前から目を付けていた、どうしても読みたかった分厚い革表紙の歴史の本と一日首っ引きだった。あいにくと腕力が足りず、司書さんに引っ張りだしてもらわなければならなかったのが屈辱だが。
守衛にあいさつし、家の巨大な門をくぐる。ここから先、しばらく誰もいないのはわかっていたが、習慣でつい帰りの挨拶が口から飛び出た。
「ただいま」
「おかえり」
返事とともに、ぬっと庭に点在している岩の一つが動いた。葵は二センチくらい後ずさったが、すぐに岩の正体に気づいて、動いたのがばかばかしくなった。
「じじい、岩に擬態するのやめろ」
「だまされたろう。だまされたろう」
巌はわざわざ茶色っぽい着物を着て、茶色のかつらまでかぶって庭に座っていた。いつ帰るか分からない孫一人驚かすのに念のいったことだ。
「何か変わったことでもあったのか」
「おまえが留守の間になー、学校から連絡があってな」
「ああ……」
思い当たる節がある葵は言葉を濁す。
「先生困っとったぞ。向こうの親御さんがだいぶ学校に文句を言ってきたらしい」
「さすがあの腰抜けの親。直接俺に言えばいいものを」
「なにやった」
「先生が電話かけてきたならもう聞いただろ」
「おまえの口から聞きたい」
そう言うなり、巌は腕組みしてじっと葵を見下ろしている。逃げられそうにもないので、葵は腹を決めて話し出した。




