戦う意思を己で示せ
「……おっしゃっている意味がわかりかねますが」
「三千院一尉はおるかね。君では話にならん」
「私ですが」
葵が起立して言うと、男は霧島の横をすり抜けて目の前まで歩いてきた。背筋がぴんと伸びているが、いかんせん体が貧相なのでもやしが一本で直立歩行しているようだった。
「君がここの責任者か」
「いえ、有園三佐ですね。都合よくめまいと頭痛をおこして寝てますが」
葵が皮肉を言う。男はふんと鼻を鳴らした。
「……実質的な管理をしておるのは君だろう」
「はい」
ここで肯定の返事をしたら、面倒が起こるのは目に見えていた。が、それでも有園のように自分の責任から無様に逃げるよりはましだ。
葵がひとつ頷いたとたん、男は意地の悪い笑みを浮かべた。よいカモを見つけたやくざはきっとこんな笑みをするのだろう。
「困るんだよ、こんな醜態をさらしては」
男はずっと右手で持っていたファイルを差し出した。ネットニュースの記事らしく、写真と文章が紙面を飾っている。
記事の一番上に掲げられた文は、太字でこう歌っていた。
『堕落した軍本部』
『事態未だに改善せず、期限まであとわずか』
「ほー、ずいぶん思い切った見出しですね」
葵は表情一つ変えずに目を走らせ、その後ぽいと横の方へファイルを押しやる。
「きちんと読みたまえ。全くそんなことだから」
「ご心配なく。全文読んで内容を記憶しております。お疑いなら質問でもしますか」
葵は記事のはじめから一言一句読み上げてやる。一枚目が終わったあたりで、男はようやく根をあげて「もういい」と仏頂面で言い放った。
「聞きしに勝る天才だな」
「自覚しています」
沈黙が流れた。
「しかし、君は人の気持ちがわからんようだ。それはね、指揮官としては最低だよ」
「前半は正解ですが、後半は部下と歴史が決めることです」
挑発したのに、葵がまったく怒らなかったので男はますます燃えて目をつり上げた。どうやったらこのガキが黙るだろうかと思っているのだろう。無様に相手に感情をさらす縦長の方がよほど指揮官には向いていないのだが、本人に正面から教えてやるほど葵は親切ではない。
「……結果は歴史を待たずとも明らかだ。人質が明日もわからず精神をすり減らし、実際命を落としているというのに、君らはぐうすか寝たあげくに大飯を食らっている」
男は天に向かって拳を突き上げた。
「その上、室内からは談笑の声まであがっているというではないか。君は、この任務をなんと考えているのだね」
「言ってもいいですが、小一時間お時間をいただきますよ」
「っ! ああ言えばこう言う!」
「ほめ言葉ですね」
「君が厳粛に受け止めるなら、私はかばってやってもよいと思っていたのだよ。そういう態度をとり続けるなら、こちらも対応を考えなければなるまい。一尉のイスともわずかなつきあいだな」
「へー」
葵は枝毛を抜きながら生返事をした。
「かばってくださる必要はありません。自分や部下のやったことは自分で責任をとりますし、やってないことに関しては俺は知りません」
「後からじっくり後悔するといい。査定が楽しみだ」
さんざん葵にこけにされた男は、手にした書類をばらまきながら足音高く部屋から出ていった。
「結局なにしにきたんですかね、あの人」
おお怖えな、と肩をすくめながら刑事が葵に聞いてきた。葵は散らばった書類を拾いながら言う。
「俺をしょげさせ、穏便に辞任させようとしてたんだろ」
「じゃあ、あそこで頷いてたら危なかったんですね」
「同意の上で引きずりおろされてたろうな」
「へー、じゃあ今はどうなるんです」
「強制的に引きずりおろされることになった」
「それ、ぜんぜんよくないじゃないですか」
「どーせあの男がここにくる前に尻尾切りは決まってたんだろ。だったらさんざんゴネたほうが精神衛生上いい」
「その手法、一尉くらいしか使えませんから部下に教えないでくださいよ」
ふんぞり返る葵を見ながら、あきれ顔をして霧島が言った。聞いていた刑事が、心配しなくても真似しませんよと苦笑いする。
「で、このまま何もしないおつもりですか」
「まさか」
葵は鼻を鳴らし、やおら立ち上がって霧島に言った。
「風呂に入る」
泊まりの職員のために作られた、真四角の豆腐のような浴槽からでてきた葵は、念入りに身支度を整えた。しわのよったシャツを着替え、軍服も大急ぎで実家からフルクリーニング済みのものを取り寄せた。
「ぼっちゃま、まだ動かないでくださいまし」
そして今、トヨにひたすら入念に顔をいじられている。




