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まったく貴族というのは厄介なものだと言う他ない。
息子がプロポーズ予告に来た直後に、その父親が仏頂面で訪ねてくるとはどういうことか。
話し合いの配置は先ほどと同じ。オーウェン将軍が座っていた場所に、ガレウス大将軍が座っている以外では。
この国で大将軍は軍部の最高責任者の位。レナード宰相などに匹敵する地位の人、というイメージで大体合ってるはず。・・・そう思うとなぜか大したことないような気がするが、そんなことは決してない。
オーウェン将軍が戦闘時に軍団の一つを指揮して戦う人なら、この人はすべての軍団の総指揮をとる人で、かなり偉いのだと、ジル姉に先程こっそり教えてもらった。いずれはオーウェン将軍も、その位に就くのだろうか。
ガレウス大将軍は、やたら迫力のある皺深い顔をリル姉に向け、腕組みし、まるで品定めでもするような目付きだ。非常に気に入らない。
「・・・そちらの娘がリディルであると聞き安堵した。が、いずれにせよ用件は変わらん」
最初に私をリル姉と勘違いし盛大に顔をしかめてくれた大将軍閣下は、今も苦々しい表情で吐き捨てるように話す。
「我が愚息の言を忘れろ。真に受けず断れ。以上である」
「お待ちくださいっ」
席を立つ大将軍を、私も立ち上がって止めた。以上、じゃねえよ。横暴の度を超えてるわ。
彼は渋々、座り直した。
「先に申しておきますが、こちらもオーウェン将軍のお気持ちを承諾したわけではございません。しかし、闘技大会で優勝した際には、姉に求婚することをあなたがお認めになったと伺いました。それなのに、後からこっそりやって来て、断れとおっしゃるのはどういうことですか」
すると、まるで疲れていることを伝えるように、大将軍は大仰な溜め息を吐く。
「そうでも言わねば引き下がらぬゆえ、方便を弄したまでだ。惨めに負ければ問題はない。アレは己の誓いに断固従う者だ。しかし、勝ってそなたが承知しては都合が悪い。ゆえに断れと命じておる。ソニエールに平民の血を混ぜる気はない」
取り付く島もないことを、堂々言ってくれる親父だ。
「では、はじめから断固拒否の意志をご子息に示してはいかがですか? 子に強く言えず、弱い立場にいる者を脅しに来るなんて、腑抜けの親馬鹿のようにこちらには思えてしまいますが」
「構わん。譲歩の余地はないのだ。蔑みも恨み言も謹んで受けてやろう」
挑発にも乗ってこない。潔く開き直ってやがる。
この人は、息子が敗退すればそれでよし、たとえ優勝しても、リル姉に断らせればよしとして、承諾したのか。無理に引き離すよりも、自ら納得して諦める方向に持っていく。ムカつくほどに合理的だ。
「そなたも、よもや結ばれることがあろうなどとは思っていまい」
大将軍はどこかかったるそうに、リル姉に語りかけていた。
「さほど野心のある顔には見えぬ。目先の欲につられたのかは知らぬが、名家の男は下町の娼婦が不用意に手を出していい相手ではない」
なん、だと・・・?
この人は何を言い出したのか。じっと黙っているリル姉は、何を聞かされているのか。
「我が家は王家にならい、妾を取らぬ。ゆえに淡い期待は捨てよ。捨てるに金がかかるならば出してやる。額を申せ」
「――っ!」
勢いよく、立ち上がると椅子が後ろに吹っ飛んで、調理場の竈に当たり灰が舞った。
かつてないほどの怒りが、とめどなく湧いて溢れて煮えくりかえり、のたうつ大蛇のように心の中で暴れてる。
拳を、強く握りしめた。
「お帰りを」
しかし、同じく立ち上がったジル姉が私の腕を掴んだ。
「そちらのご用件もお考えもよくわかりました。妹に対する侮辱はこちらの望むところではございません。これ以上はお引きとめいたしませんので、どうぞお帰りください」
鋭く相手を見据えながらも、ジル姉は冷静だった。
おかげで私の頭も冷える。しかし、一度噴き出した怒りを収めることはできない。収めようとも思えない。生まれる熱をエンジンにして、素早く思考を回す。
急げ、考えろ。こいつはリル姉を侮辱したのだ。
このまま帰してなるものか。
「――――お待ちください」
握った拳をゆっくり開き、私は、笑みを浮かべた。
すでに帰ろうとして内扉の前にいたガレウス大将軍は振り返り、眉をひそめる。
「・・・もう引きとめぬのではなかったか」
「申し訳ございません。閣下のご意見を拝聴し、一つご提案いたしたいことができたのです。あと少しだけ、お付き合いいただけませんか?」
朗らかな口調で相手の興味を惹く言葉を混ぜる。ガレウス大将軍閣下は逡巡した後、再び腰を下ろした。
「ジル姉、ちょっと席かわって」
交渉のため、客の正面に座りたかった。ジル姉が不安げな眼差しをくれたため、頷きで大丈夫だということを伝える。
竈に突っ込んだ椅子の灰を払い、こちら側も腰を落ちつけたら、私はテーブルに身を乗り出し、話を始めた。
「閣下のご要望は、もしご子息が闘技大会で優勝したとしても、こちらが求婚を拒否せよとのことでしたが、これにはいささか不安がございます」
まずは問題の提起から。大将軍の策にも穴はある。
「どういうことだ?」
「姉が交わした約束は、闘技大会で優勝したら『求婚を許す』というものだからです。『求婚を一度だけ許す』という約束ではないのです。つまり、ご子息が優勝してしまった場合、承諾を得るまで求婚を繰り返される可能性があるわけです」
「・・・まさか」
「と、言い切れますか? ご存知でなければお教えします。ご子息は以前、姉に遠回しながらフられているのです。にもかかわらず、このような行動に出られたのですよ? 大会で優勝し、確固たる自信を身に付けてしまえば、ますます諦めがたくなるとは思われませんか?」
父親が、我が子の話で思いきり顔を引きつらせている。ふ、否定できなかろう。この人はしつこさに負けて約束を取り付けられたのだから、その粘着質を身に染みて知っているはずだ。
「諦めさせるには、アレを敗退させねばならぬと申したいのか」
「そういうことです」
これが最も簡単な解決方法だ。リル姉が面倒なことをなんにもしなくていい。
「実を申しますと、私もこの結婚には反対なのです」
急に隣の視線を感じた。けど、今は、何もかもを無視して話し続けた。
「やはり問題が多いですからね。妹としては、あまり姉に苦労をさせたくはないのです。よって、私どもと閣下とで、ご子息が必ず負けるよう工作いたしませんか?」
悪役になったつもりで、誘いかける。
「閣下はご子息が惨めに負けたとしても、お気になさらないのですよね?」
「・・・ああ。愚行に応じたよい罰であると思っておる」
「負けることでお家の名に泥を塗ることになっても?」
「腕試しの負けはあやつ一人がかぶる泥だ」
「そうですか。では、ご助力願えますか?」
大将軍は腕組みし、こちらの心を探るような目線を送ってくる。
「一体何をする気だ」
「軍部が行っている闘技大会の進行に、私が所属する魔道具開発部をお加えください」
「すでに魔剣の準備で関わっておろうが?」
「もし他のところもあと少しおまかせくだされば、ご子息を完膚なきまでに打ちのめし、なおかつ、より大会が盛り上がるよう演出いたします。例えば」
ポケットから自分の魔石を取り出し、開封。小さな光の蝶を数匹、ガレウス大将軍の周りに飛ばし、大体どういうことをするつもりなのか暗示する。魔法に対して、彼は少しも驚いた素振りを見せなかった。私は魔石を封緘し、ポケットにしまう。
「後ほど詳細な企画書を提出いたします。大会にささやかな花を添える程度のご提案ですが、むろん、審議にかけていただき、採用いただけなかった場合は素直に諦め、ご子息にご依頼いただいた魔剣の細工のみを行います。その時は、ご子息の武勇が、大会用に威力を弱めた魔剣の力に勝らないことを、天に祈っております」
最後まで笑顔を崩さず言い切った。さあ、この人はどうする? 乗るか、あしらうか。
「・・・どうも食えぬ娘だが」
小さな呟きが聞こえた。
リル姉を一瞥し、ガレウス大将軍は不敵に笑う。
「姉のために怒り立つ妹ならば、間違っても姉が困る事態にだけはせんのだろうな?」
「当然です」
「よかろう。その祭りを盛り上げる案とやらを出してみろ」
彼は、乗ってきた。
「ありがとうございます。――では、最後に一つだけ訂正させてください」
頭を下げ、また上げた時には、私はもう笑みを消した。
「姉は王宮で医師補佐として誇りを持ち、誠心誠意、職務に取り組んでおりました。街の薬師となった今もそうです。ご子息はその姿に惹かれたのでしょう」
リル姉の人格を貶めることを、二度と言わせたくないがための訂正だ。
だがこれに対し、ガレウス大将軍はさして興味もなさそうに、
「そうか」
と返しただけだった。
そうして、彼が帰ってしまってから。
「・・・ふははは」
自然と私の口からは声が漏れていた。
「エメ? あの」
心配して話しかけてきたリル姉に、私は明るく応える。
「これで悩む必要なくなったね」
「・・・え?」
「あんな親父のいる家にはいかなくて正解だ。どこにでもある金と地位だけが取り柄の家に嫁ぐ価値なんてない。そもそも冷静に考えてみれば、闘技大会で優勝したら求婚させてくれっていう理屈がわからん」
「そこから否定していくのか」
「していく。こうなったら親子同罪だ。リル姉を散々困らせた挙句にこの扱いだよ? リル姉は景品じゃない。こっちが嫁ぐの前提で話が進んであっちは歩み寄ろうとする気配すらないって、絶対におかしいよ。名家だろうが英雄だろうが、こんな侮辱は許さない」
あの親父から謝罪の言葉は何もなかった。
これは、喧嘩を売られたと見なしていいだろう。
「――上等だよ、受けて立ってやる」
「なんかエメがこわいぞっ」
腹を決めた宣言に、なぜか家族が怯え、焦り出す。
「おい、何か良からぬことを企んでるんじゃないだろうな?」
「当然。あの親父の思惑通りにしてやるもんか」
「エメっ」
リル姉が慌てて私の腕に取りすがってきた。
「何をする気なの? オーウェン様にひどいことは」
「大丈夫。心配いらないよリル姉」
リル姉の手を外して、たぶん今、私の顔に浮かぶのは今日一番のいい笑顔だ。
「盛大に後悔させてやろう? 私たちはもう、何も持ってなかった子供の頃とは違う」
かつてはできなかったことをするのだ。
使えるものをすべて使い、リル姉の平穏を乱す輩を片っ端から蹴散らしてやる。
「ソニエール家、ぶっ潰す」
手のひらに拳を打ちつけると、小気味良い音が響いた。




