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53からどうぞ。
「いやー、まいったまいった」
椅子に座った老兵は、暢気に笑っている。肩から派手に流血しながら。
「動きなさんな」
「おう、すまん」
ジェドさんやリル姉たちが、十数名の負傷兵たちに手早く包帯を巻いて処置している。
村に逃げ込んできたというグエンさんに会うため、民家に入って見たのはそんな光景だった。
グエンさんはすぐに私たちに気づき、怪我をしていないほうの手を挙げた。
「よ、嬢ちゃん」
「大丈夫ですか!?」
「心配ねえよ。情けねえとこ見せちまったなあ」
本人は至ってけろっとしている。見た目ほど重症ではないのかな。それならまだ良かったけど。
「俺よか嬢ちゃんは無事だったか? ギートは役に立ったかよ?」
「ええ、とても。ただもう少し女性の扱い方を覚えてほしいとは思いました」
「っるせえな」
ギートに唸られても撤回はしない。グエンさんは楽しそうに笑っていた。
「そうかそうか、悪かったなあ。よーく教えとくよ」
「お願いします。でもその前に、面倒な事態を片付けないといけませんね」
場を和ます冗談はこのくらいにして、本題に入ろう。
「交渉決裂したんですか?」
「ああ。爵位持ちの相手を問答無用で牢にぶち込む権限は俺にゃねえからよ、穏やかに話し合いと思ったんだが、逆にこっちが牢にぶち込まれかけたぜ」
それで応戦し、負傷してしまったらしい。多勢に無勢だったことだろう。誰も死ななかったのは幸いである。
「まさか本気で私たち全員殺すつもりなんでしょうか?」
「いやあ、どうなんだろうな。村を囲んで止まってるとこを見ると、とりあえず王宮に報告させねえように、閉じ込めておこうとしてんじゃねえかな」
「はあ・・・本人もどうしたらいいのかわからなくなっているんですかね」
さすがに王宮兵士まで皆殺したら国家反逆の域だ。そこまでの度胸はないだろう。しかし王へ報告されたくもなくて、意味のない時間稼ぎをし始めたか。
うっとうしい!
すでに魔法陣の大枠が完成し、鉱山に腐るほどある魔石を手配すりゃすぐにでも問題を解決できるのに、ここで足止めなんてごめんだ。さっさと片付けるべし!
「領主は館ですか?」
「たぶんな」
「話を聞いてくれないのなら、奇襲でもかけて問答無用で捕まえるしかないですよね。包囲を抜けることはできませんか?」
「力づくじゃあ難しいだろうなあ、兵力差があり過ぎて。できるとすれば、何かで敵の注意を引きつけて、その間にこっそり、ってとこか」
「あ、じゃあ私がやりますよ」
さっそく立候補すると、グエンさんがつぶらな瞳を瞬いた。
「敵の気を引けばいいんですよね? たぶんできます」
「嬢ちゃんが囮になるのか?」
「魔法を使えば簡単に気をそらせると思いますよ。蹴散らせと言われると難しいかもしれませんが」
「ああ・・・」
多くの人にとって魔法は未知のものであり、恐ろしい力だと認識されている。こんなちっぽけな私でも、十分に兵士たちを脅かすことができるはず。
「あ、危ないわ!」
グエンさんは納得しかけていたが、リル姉が慌てて反対してきた。まあ、心配になるか。
「大丈夫だよリル姉。兵士みたいに敵の中に突っ込むわけじゃなくて、離れたところから魔法を見せてあげるだけだから」
「・・・本当に? 危なくないの?」
「絶対安全ではないかもしれないけど、うまくやるよ」
「だけどそもそもお前、敵の気を引けるくらい派手な魔法が使えるのか?」
私の魔法下手を知っているギートが痛いところを突いてきた。
「いや、私だって大きな魔法を使えないことはないんだよ? 発動に時間がかかるから、連発は難しいけど」
「エメは魔法が苦手なの?」
自然と会話に入ってくるこの場で唯一の部外者ルクスさん。彼も状況確認のため私たちの後を付いて来ていたのだ。そういえばこの人はどうなのだろうか。
「ルクスさんは魔法は得意ですか?」
「そこそこかなあ。最近はずっと使ってないし。でも、見た目が派手な魔法ならいくつか知ってるよ。手伝おうか?」
こちらがお願いする前に、ありがたいことに、ルクスさんのほうから言ってもらえた。
「お願いできますか?」
「喜んで協力させてもらうよ。君と作った魔法陣の調整だって、まだ終わってないからね」
「ありがとうございます! 魔石は私のを半分に割りますね」
普段、ほとんど使っていないので半分にしても魔力量は十分だ。
魔法使いが二人もいれば、なんとかなるんじゃないかな。つくづくルクスさんがいてくれて助かった。
「では、私たちが敵の気を引いている隙に、領主館に奇襲をかけてもらうということで良いですか?」
「おう、承知した。さっそく準備しよう」
グエンさんは立ち上がり、すぐさま部下たちへ指示を発する。
「エメ・・・」
皆が動き出して騒がしくなると、リル姉が私の傍に寄ってきた。やっぱりまだ、不安そうだな。完全に安心してもらうのは無理なんだろう。
なんて言おうか考えていると、リル姉が手を自分の後ろに回し、何かと思えば、例の将軍からもらった青い石の首飾りを差し出してきた。
「何もできなくてごめんね。せめてこれをお守りに付けていって」
「え、いや、いいよ、大丈夫っ」
私に首飾りを握らせようとするリル姉の手を、押し戻す。心遣いは嬉しいが、激しくいらない。
「でも」
「いいよ。あの人の念がこもってそうで気持ちわ・・・いや、えーっと、私には必要ないって」
うっかり将軍をディスりそうになるのを堪え、リル姉に明るく笑いかける。
「あのね、魔法使いは神に愛されてる人々なんだってさ。だから滅多なことはないよ。ルクスさんもいるし」
「うん・・・くれぐれも怪我はしないでね?」
「まかせて」
こうしてなんとかリル姉には首飾りを引っ込めてもらえた。ふう。
さてその間にグエンさんの采配が決定していた。動けはするものの、負傷している兵士たちは村に残って警護にあたり、領主館へは元気な兵士が行くそうだ。というわけでギートは奇襲隊に組み込まれた。
「ギート、大将のほうは頼んだよ」
仲間とともに準備に向かう彼に、声をかけておく。
「私の分も恨みをぶつけといて」
「おうよ、まかしとけっ」
拳を手のひらに打ちつけて、ギートはやる気満々だ。君もけっこうムカついていたんだね。あの人の立場を思えば憐れでもあるんだが、仕方がない行動だったとは言えない。
「お前はヘマすんなよな」
「まかせて!」
明るく答えて、ギートを見送った後は、ルクスさんの工具を借りて自分の魔石を割ってしまう。もったいないとは思わないよ。緊急事態だからね。
「開封の呪文はミンフェアレ。封緘の呪文はアルマです」
前者は教えなくてもわかるが、後者は持ち主が教えないとわからないので、どちらもまとめて最初に伝えておいた。
「ミンフェアレに、アルマ、かぁ。おもしろい組み合わせだけど、封緘の問いはなんだったの?」
「『夢を見るのは』でした」
「へえ?」
ルクスさんは興味深げな声を出す。
「『滅びの日、夢を見るのは、人間』?」
そうして、くすくす笑っていた。繋げたらなんか不吉だな。
「君は本当におもしろいねっ」
「別に私が考えたわけではないですよ」
なぜウケてるのかまったくわからない。にしても、緊張感のない人だ。
夜の平原に、松明の光がいくつも浮いている。村を囲む柵から十数メートルばかりの間隔をあけて、人の囲いがなされていた。
「多いなあ」
閉じた入口近くの柵に梯子を立てかけ、見つからない程度にわずかに頭を出し、偵察。
村の背後に川が流れているため、囲まれているのは三方だとして、何百人くらいいるんだろうか。しかしそれならそれで、領主館の警備が薄くなって好都合。
「ルクスさん、準備は良いですか?」
「いつでも良いよ」
隣の梯子に腰かけているルクスさんに確認し、私は柵の上に立った。
「――エールアリーの兵士たちっ!!」
声の大きさには自信がある。すぐにざわめきが兵の中に広がった。
尖った柵と柵の間の溝に足を挟み、左手は入口の門の支柱を掴んで立ち位置を安定させる。そして隠れたままのルクスさんから右手で松明を受け取り掲げ、己の居場所を明確に示した。
魔法で脅かすその前に、私は彼ら一人一人に尋ねてみたかった。
「疫病の原因は判明し、解決法もすでにわかりました! それでもまだ、あなた方は主の命に従いますか!?」
さらに、ざわめきが大きくなる。
ほんとはちょっと、危ないことをしている。矢で射かけられる可能性もあるのだから。だけどできれば私は彼らの意志で、包囲を解いてほしいのだ。兵士と言えど、何も考えられない人形ではないだろう。
「救える命を失うことよりもっ、同じ地に生きる人々が目の前で苦しみ悶えることよりもっ、王の耳に主の失態が届くことのほうが怖いですか!?」
兵たちの、ざわめきが静まった。
「あなた方に意志と勇気があるならば、武器を置いて包囲を解いてください!」
願いを告げて、少し、待ってみる。
だが彼らは、動いてくれなかった。こんなことに意味がないのはわかってくれていると思うのだが、誰かも知らん小娘の言葉には従えないか。もしかしたらと、わずかに期待していたのだが。
仕方がない。
「ならば、あなた方は私たちの敵です」
右手の松明を彼らのほうへ突き出して警告し――――あらかじめ身に溜めておいた最大限の魔力を解放した。
「インヴァルティカ!」
松明から伸びた炎が巨大な龍になり、兵士たちの前方を凪いで、天を泳ぐ。
激しく舞う炎に、忠実なる兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。
ふ、私だってたっぷりローディングの時間があればこのくらいできるんだぜ! いきなりだと悲しいほどにしょぼい魔法しか使えないけどな!
もちろん兵士たちを傷つけるつもりはなく、脅かすだけだ。炎が消えるまで存分に攪乱し、包囲は緩く、だいぶ遠くなった。この分なら、注意を引くだけの囮じゃなくて包囲を完全に破ることができるかも。
「ルクスさん、お願いします」
「わかった」
再びローディングせねばならない私はルクスさんにバトンタッチ。
ルクスさんは柵の上に頭だけ出して、小さく呪文を呟いた。
「ヴァルカンティラ」
瞬間、空が爆発した。
兵士の後方頭上で、太陽かと思えるほどに大きな火の玉が爆発四散し、火の粉が雨のように地上へ降り注いだのだ。それらが草や木々に燃え広がり、辺りがみるみる明るくなっていく。
「っ、ルクスさんやり過ぎです燃えてます!!」
「わあ、ごめんっ」
このままでは村に燃え移る!
ところが、慌てて水の魔法なんかを唱えようとした私よりも、ルクスさんのほうが早かった。
「アレウス、トエ」
背後から、ごごご、と凄まじい音がして、見上げれば村の上空を大量の水が流れていた。
まさか、川の水を引っ張って来てる!?
村を飛び越えて燃え盛る平原に落ち、兵士たちまで押し流す。火が消えたせいで暗くなり、水は黒くうごめく何かにしか見えない。それが次々と悲鳴を飲み込んでいくという、恐ろし過ぎる光景。
「ルクスさーん!?!?」
「大丈夫、死んでない死んでない」
しかし、水が引いた後には死屍累々。ほんとに? ほんとに死んでない?
「あなた一人で包囲突破できたじゃないですか・・・」
「そうだね。今日は調子が良かったみたいだよ」
日によって変わるもんじゃないだろうに。何が、そこそこだ。魔技師としてもただの魔法使いとしても、この人は並外れて優れているじゃないか。
これで、奇襲隊はまったく無事に領主館へ辿り着けるだろう。私、いらなかったな。
「そのすごい呪文も全部、自分で作ったものですか?」
「君の師匠から得たものが元になってるよ」
何気なく訊いたことに対し、その時ルクスさんが言った。
目の色とか、顔立ちとか、雰囲気とか、魔技師であることとか、全部合わせてそんな気がしていた。はじめから、ずっと。
だから、不意に洩らされたその言葉に、さして驚きはしなかった。
「やっぱり、あなたはフィン老師の息子さんなんですね」
彼は肯定も否定もせず、独り言のように続ける。
「君の描く魔法陣に彼の癖が見えて、そうなのかなと思ってたけど。そっか、まだ、あの人はトラウィスにいたんだ」
ルクスさんはさして興味もなさげに呟いて、それ以上のことは、私に尋ねようともしなかった。




