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「もう動けるか?」
小声で私の状態を確認しつつ、ギートは剣の柄に手をかける。
私は答えるかわりに立ち上がってみせ、ギートの後ろから坑道の奥を窺った。火の玉は消し、体に魔力を溜めておく。
ドワーフに似た鉱夫、ヒューゴさんは私たちの警戒している様子を見て立ち止まった。彼の背後に他の人影は見えず、本人もランプを持っているだけだ。仕事のためにここへ来たとは考えにくい。もしかすると鉱夫たちも領主の命令で私たちを探していたのかも。
となれば、ヒューゴさんを逃がすわけにはいかない。仲間を呼ばれたら終わりだ。
一発殴って――――いや。
危ない危ない。いつの間にか思考が物騒なほうに偏っている。
私は封緘の呪文を唱え、前に出てギートの剣の柄を上から押さえた。訝しむ彼には無言で目配せし、暗闇に佇む鉱夫に話しかけてみる。
「あなたに危害を加えるつもりはありません。ですからどうか、領主に差し出す前に私の話を聞いてもらえませんか? もし、あなたに家族がいるのならば、なおさら」
ヒューゴさんがわずかに反応を示した。
彼らだって、本当はわかっているはずだ。私たちを殺したところで、何も解決しないということを。
「・・・どうにかできるのか?」
低い声が洞内に反響する。わずかな期待が込められているように感じるのは、おそらく気のせいではない。わざわざ私たちの前に姿を現し、すぐに仲間を呼びに行かなかったのは、きっとそういうことだ。
「できますよ」
今度ははっきりと淀みなく答えてみせる。
「廃鉱にせず、水を浄化し、土を取り戻す方法はあります」
「え、あったのか?」
ヒューゴさんよりも、ギートのほうが大仰に驚いていた。
「だったら早く言えよ」
「言おうとしたら殺されかけたの。もちろん大変は大変だけど、そんなに難しい話じゃないよ。例えば、水は溜池作って塩化鉄――ええと、酸で溶かした鉄の液体を放り込めば、ヒ素と鉄がくっついて沈殿するから、上澄みはきれいな水になる。それをまた別の溜池に流れ込むようにして、そこで酸を中和すれば飲み水にできると思うんだよね。土はもったいないけど作土層を取ってしまうか、雨がよく降った年は作物が枯れないって言ってたからあるいは」
「わけわからんが、とにかく、なんとかできるんだな?」
説明途中でギートにまとめられてしまった。これでもかなり噛み砕いているんだが、わけわからん? ま、結論が伝わったならいいや。
「そういうこと。だからヒューゴさん」
彼の暗い瞳に、勇気を問いかける。
「今、私たちを助けてくれるのならば、あなた方には何も失わせません。誓います。どうかこの地に住むすべての人のために、何よりあなたの家族のために、力を貸していただけませんか?」
剣の柄に置いていた手を、ヒューゴさんへ向けて差し出した。
残念ながら、その手を握ってもらえることはなかったが、
「麓に戻って、そっからどうするつもりだ」
かわりに前向きな返答を得られた。
「協力していただけるんですね?」
「・・・どうにかしなきゃならねえのは、わかってたことだ」
苦々しくヒューゴさんは言う。
「だがここが廃鉱になったら大勢の俺の仲間が路頭に迷う。あんたの言葉でこの街から人っ子一人いなくなることになるんだ」
「私を殺しても同じことになりますよ。わかっているんでしょう?」
「領主様は鉱山で働く奴には別のところから取り寄せた物を喰わせてくれてる。領民全員分を用意するのはさすがに無理なんだろうが」
そういうことか。どうりで鉱夫には病人が少ないわけだ。
「では、昔からこの地に住んでいる農民たちは死んでしまっても良いと言うんですか? あなた方も、まったくここの水や食べ物を口にしていないわけではないはずです」
多くの人が鉱山で働いているのだ、彼らに十分な食事と水を毎度領主が用意できているとは思えない。
「いずれは症状が現れますよ。次の世代ではもっと重篤になっているかもしれません。そして鉱山を掘り尽くした後で、誰も住めなくなってしまった大地をどうするつもりなんですか?」
「どうしようもねえだろう。だから」
ヒューゴさんが凄む。
「できるかもじゃだめだ。どうにかできなきゃ許さねえ」
今度は彼のほうが私に覚悟を問うている。
私に協力するということは、彼にとっては主を裏切る行為。それをするだけの価値があるのか見定められている。
「望むところです」
返答を悩む余地すらない。私には他の選択肢などないのだから。
「最初から、私は解決するまでここを離れるつもりはありませんでしたよ。じゃなきゃ、鉱脈を調べ終わった後に村の調査なんて行きません」
すると、かえってこれにヒューゴさんが眉ひそめた。
「なんで、そこまでやるんだ? あんたは俺らとなんも関係ないだろうに。殺されかけてまで」
「関係ありますよ!」
びっくり、そんなこと言われると思わなかったもんで、つい叫んでしまった。
「領地や国の境なんて、人が勝手に線を引いてるだけで実際は繋がっているんですよ? 離れた場所にいて他人事だと思うのは見当違いも甚だしい。今回被害に遭ったのはあなた方でしたが、これが私の家族だったとしてもおかしくはありません。というか事実、同じく王都から派遣された私の姉がキクス村で村人たちを絶賛看病中です。それ放って帰れませんよっ」
「・・・」
「それに、魔石の採れる貴重な鉱山が廃鉱になってしまうのは国としてもまずいことです。再三繰り返しますが、今回のことはこの土地の人たちだけの問題ではありません。大体、廃鉱にしただけで毒が消えてなくなりはしませんよ。操業を続けるにしろ続けないにしろ、絶対に浄化施設は必要なんです!」
わかってくれ、頼むから。そんな願いを込めて力説した。
「――どうにかしてくれるってのは、本当にハッタリじゃねえんだな」
ヒューゴさんが薄く笑みを浮かべた。
まだ疑ってたのね。私は彼にちゃんと見えるように、大きく頷いてみせた。
「わかった、あんたを信じる。だがさっきも言った通りだ。結局できなかった、じゃ済まさねえ」
「できますよ。生きてる限り、なんだってやってやります」
再び差し出した手は、鉱夫の分厚い手に固く握り返してもらえた。
こうして無事、仲間を増やし、私たちは今後の行動を相談することにした。
「領主様の命令で俺たち鉱夫も山狩りさせられてる。中には俺と同じ考えの奴もいなくはねえが、全員じゃねえ。ここで匿っても小遣い欲しさに告げ口する奴は絶対いる。とはいえ山を降りたところで、街にも領主の兵はいるぞ」
まずヒューゴさんから彼の持つ情報を得た。ふむ。
「領主の保有する兵の数がどのくらいか知ってます?」
「知らん。が、王都から来た兵団よりはいるんじゃねえのか」
今回王都から派遣されたのは小隊が一つ、せいぜい50名程度だ。確かに領主ならもっと兵がいても良いくらいかな。
「ギート、グエンさんたちの配置わかる?」
「キクス村で病人運びの手伝いをしてんのがほとんどだ。残りは周辺の村で病人が出てないかの巡回。街のほうは領主の兵が担当するっつってたな」
「じゃあ、潜伏先はキクス村で決まりだ。ヒューゴさん、村に近くて街からなるべく遠い麓に連れて行ってください」
疫病の村ならチェックが入ることはないだろうし、そこなら味方がたくさんいる。身を隠すにはちょうどいい。リル姉たちにも早く水に問題があることを伝えなきゃだし。
「村のほうにも領主の兵がまったくいないわけじゃねえぞ。お前も見たろ」
すかさずギートの注意が入った。
「まあね。でも街よりは少ないし、こっそり中に入っちゃえばバレないでしょ。それに今のうちなら私たちの捜索に人数割いてるだろうし」
「潜伏してどうすんだよ?」
「すぐグエンさんに連絡を取る。それから領主をどうにかして、土と水を浄化する施設を作るんだ」
「どうにかって・・・ふん縛って牢屋に放り込むか?」
「それをやるにしても、簡単にはいかないだろうね。その辺のことはギートたちにお願いすることになると思う」
本当は、腹立だしい気持ちを置いといて、領主にも協力してほしいところなのだが、ここまでのことをした人がどんな行動を取るのかわからないし、今さら私の話を信じてくれるかどうか。こっちがすでにあの人のことを信じられないのだ。
まさか証拠隠滅のため、グエンさんたちまで全員殺そうとするなんてことには、さすがにならないと思うが・・・そこはかとなく怖い。
「ちょうど、ここをまっすぐ下っていきゃあ街のはずれに出られる」
ヒューゴさんが廃坑道の外を指す。まったく道など残っていないように見えるのだが、長年ここで働いている鉱夫に付いて行けば大丈夫だろう。私たちはなかなか良い場所にいたようだ。
「んじゃ、さっさと行くか」
ギートが岩の出っ張りに引っかけてあった私のローブを投げてよこす。
「え、あ、もう行くの?」
「早くしねえと見つかるぞ。雨が弱まってる今のうちだ」
ヒューゴさんにまで急かされた。彼はすでにランプの火を消し、腰のベルトに吊り下げて準備万端だ。
ぐずぐずしていられないことはわかっている。わかってはいるが・・・
「雨雲がなくならないうちは雷の落ちる可能性大なんだけど」
「まだ言ってんのか」
「怖いんだからしょうがないじゃん!」
ギートに呆れられているのを承知で抗議。うぅ、ヒューゴさんも「は?」って顔してる。
「あのなあ、悠長に居残って領主の兵士に見つかって死ぬのと、どっちが良いと思う?」
「早く下りたほうが良いと思う! わかってるんだよ!」
「なら行くぞ」
「わかってるけど待って!」
ギートが私の首に腕を回して無理やり引きずっていく。横暴だ!
――あ、でも、そっか、思い出した。この状態は一つの解決法になる。
「ちょっと、首じゃ歩きにくいから手繋いで」
「は、あ?」
腕の下をくぐって抜け出し、こちらから彼の手を掴む。
「お前・・・マジでガキみてえだぞ」
溜息吐かれても背に腹はかえられん。
「金属を身に付けていれば雷が落ちても助かるんだよ、より通電性の高いほうに流れるから。鎧を着てるギートに触ってれば私に落ちても助かるはずっ」
貴金属や武器の類は一切持っていないのだ。魔石は付けてるけど、これ金属かどうかすらよくわからん。
「いや、あのな、これだと剣抜けねえから、やめろ」
ところが困ったようなギートにやんわり拒否された。それもそっか。大人しく手を離す。
「じゃあ何か金属製のもの貸してくれない?」
「急に言われても」
「じゃあヒューゴさん、手繋いでくださいお願いしますっ」
ヒューゴさんもピックのような金属製のものを腰にさげている。ところが、寄っていこうとするとギートに襟首を掴まれ、
「誰でも良いのかお前は」
耳元で唸られた。何か怒られてる私。
「誰でも良いよ金属持ってる人だったら。君に対しても特に下心はないよ」
「それはそれでムカつくが―――じゃなくて、簡単に警戒解いてんじゃねえよ」
一応、護衛役であるギートは、まだ完璧にヒューゴさんを信用したわけではないらしい。というより、するわけにいかないのか。
「真面目だねー」
「お前と違って慎重派なんだ。ほら、これで良いだろ」
結局、ギートの短剣を借りることで落ちついた。最初からそれよこせ。
「・・・ほんとに大丈夫なのか? あんた」
一連の情けないやり取りを黙って見ていたヒューゴさんの、じと目が痛い。
「大丈夫です!」
みっともない姿を晒すのはここまでだ。もう雷なんて怖くない! たぶん!
人々を救うため、小雨のそぼふる中を私たちは強行下山に及んだのだった。




