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 早朝に起きて、その日の予習。朝食を済ませたら、昼までぶっ続けの授業。わずかの休憩を挟み、さらに授業。放課後は与えられた課題をこなし、日が暮れたら寮に戻って夕食をとり、就寝前にその日の復習。

 受験生時代を思い出す、そんなスケジュールが日々遂行されていった。

 たった一年で完璧にミトア語をマスターしなければならないため、授業はハードに進み課題が山ほど出るのだ。

 それでも十日に一度の休みには時々リル姉に癒されに、もとい、会いに行った。大げさな別れ方をしたくせに再会早いなとは言うなかれ。だって心配だし会いたいし、時間ができればそりゃ様子見に帰るさ。私が元気でやっているとこも見せたいしね。もちろん課題も予習も復習もこなした上で、である。魔法学校でも変わらず私は優秀だ。加えてリル姉に会うためだと思えば課題もはかどるというもの。

「仕事はどう? 無理してない?」

 アンナさんの下宿屋の一階で、温かいお茶を飲みながら近況を聞く。リル姉もけっこう忙しく、患者がいるとほとんど休みなど取れないから、お互いの休みが合った時は出かけたりするよりも、二人でゆっくり話すほうが多かった。

「毎日楽しいわよ」

 リル姉のほうは順調、らしい。たださすがに、まったくトラブルがないというわけではなく。

「前に言ってた偏屈な上司とはうまくやれてるの?」

 リル姉が主に補佐として付いている医師、いわば直属の上司が気難し屋で厄介な性格をしていると以前に聞いてから少し心配していた。

 だがこれを尋ねた時には、すでに色々と解決していたらしい。

「ジェドさんだったら、もう平気よ。最近はあの人の扱い方がわかってきたの」

 何かを思い出したように、リル姉はくすくす笑っていた。その様子を見ていたら、本当に強がりでもなんでもなく、うまくやれているんだなあと実感できた。こっちの顔も思わず緩む。

「そっか、よかった。―――変なことしてくる人なんかはいない? 不用意に触ってくるのはもちろん、男はいるのとかどんなのが好きなのとか聞いてきたり、何もないのに贈り物してきたり、断ってるのに帰り送ってくれようとするようなのも、だめな奴だからね?」

 正直、半分は冗談で言ったことだった。そんなベタなセクハラする奴いないよなあと思って。

 ところが、リル姉の表情が途端に変わったのだ。

「・・・リル姉?」

 ちょっと、なんで挙動不審になってるの? 名前呼んだだけでびくっとしないで。

「まさか、そのジェドって人に」

「ち、違うわ!」

 慌ててリル姉が大きな声を上げた。

「ジェドさんなんかじゃないわ。そんなことする人じゃないもの」

「ジェドさんじゃないなら誰?」

「そ、それは・・・」

 さながら容疑者を追い詰めている刑事の気分だ。言い逃れは絶対に許さない。じっと黙って見つめていたら、やがてリル姉は観念した。

「ほんとに、深い意味はないのよ? オーウェン将軍は誰にでもお優しい方なの」

 ・・将、軍? 

 相手の地位が予想を軽く飛び越えて斜め上へ突き抜けてるんだが。将軍って、確か軍隊の一つを指揮できるくらい偉いよね?

「どこで知り合ったの?」

「ほら、前に魔石の暴走事故があったでしょ? あれを起こしたのがその人の部隊だったの。それで部下の具合を見にいらっしゃった時に、たまたま私が対応して、それから姿を見かけると声をかけてくださるようになっただけ」

 いやいやそればっちり気に入られちゃったってことだろう。リル姉十九歳、近頃とみに美しくなっています。

「その将軍はいくつなの?」

「え? そうね、いくつなのかしら。でもまだお若い方よ? 三十にもなっていないんじゃないかしら」

 おや、役職のわりに意外と若い。いっそ若過ぎるくらいだ。ってことは、スタートがそもそも上流貴族で親父の跡継ぎました的な? 生粋のボンボンなのかもしれない。

「―――で、その将軍に恋人がいるのかとか聞かれたり、贈り物されたり手握られたりしたわけ?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「あるでしょ。この流れでなんにもないわけないよ」

「っ、お、お話をする中で自然と話題に出ただけよ? 贈り物って言ってもお屋敷の庭に咲いてた花とかお金のかからないものだし、全然、特別なことじゃないわ。て、手を握ったのも、私がうっかり話に夢中になっちゃって、転びそうになったから、咄嗟に受け止めてくださっただけなのよ」

 つまり二人で仲良く並んで歩きながら話をしていたと? 高価な贈り物はリル姉が絶対断るから、花にしたんじゃないのか? ってかそれらを勤務中にやってんの?

 大方、用事にかこつけてオーウェンとやらが医療部に現れてはリル姉を構っているのだろう。仕事しろ。

 うわー大丈夫なのかなあ、これ。普通に考えれば玉の輿だが仕事中に女口説いてる貴族のボンボンってどうなんだ? 人格疑うぞ。他に美人を見つけたらすぐそっちに移ったりしない? なんたって特権階級どもは妾がアリらしいからな。この国に民法なんてあるわけない。

 やっぱ傍に付いてないと不安だよリル姉。ガード役が医療部にもあればいいんだが、ないものねだりしてもしょうがない。

 今は、数々の男を泣かせてきたリル姉の神懸かり的スルースキルに賭けるしかない。相手の気持ちが一時的なものなら、リル姉の心が完全に傾く前には離れるだろう。重要なのはその前に間違いを起こさせないこと。

「絶対に早まっちゃだめだよ。人気のないところに行こうとしてたら即逃げてね。立場は考えなくていいから。リル姉の身が第一なんだから」

「もう、エメったらいつも心配し過ぎよ。相手はとっても偉い人なのよ? 私なんて何もない人間だもの、気まぐれで構ってくださっているだけよ」

「うん、もしかしたら気まぐれかもしれないけど、リル姉は何もない人間じゃないよ。自己評価が低いのは自信過剰と同じことだよ? 冷静に自分と相手を観察して、肝心なところでは主導権を握らないと。気づいたらベッドに連れ込まれてたじゃ洒落にならないからね?」

「な、なんてこと言うのよ・・」

 ぱっとリル姉の顔が赤くなるが、他人はこんなこと言わないだろうから、身内が注意しなきゃ。

「頼むよ?」

「だ、大丈夫よっ。エメだって、学校で何もないの?」

 反撃か話をそらすつもりなのか、リル姉の尋ねには溜息を返す。

「ないよ。誰も彼も私のこと虫ケラと同列で見てるもん」

 本当になんでもないことだったから軽く言ったのだが、リル姉の表情が曇ってしまった。

「・・・いじめられてるの?」

「ううん。課題が忙しくてそんな暇もないみたいだよ。せいぜい無視されるくらいでまったく問題ない」

 初日こそ面倒だったが、授業が始まったら誰にも余裕がなくなったのだ。そういえば、日本でも受験戦争が苛烈だった時代はいじめが少なかったと聞いたことがあるなあ。

 授業で隣に座るとまだ嫌な顔をされるが、どうせ最終受け入れ先にアレクセイがいるので、あっち行けとは言われなくなった。よって不安そうなリル姉に、なんでもないよと笑いかけておく。

「いざとなったら噛みついてやるから平気。リル姉も将軍さんにそのくらいの気でいなよ」

「わ、私には何もないってば」

 動揺してるなあ。

 もしかして、リル姉もまんざらじゃないのかな。十九歳・・・まだ早いように思うが、この世界でなら普通に結婚を考える年だ。

 今回の将軍じゃなくても、いつかリル姉が心から愛する人を見つけて、その人と結婚したら、ジル姉とリル姉と三人でずっと暮らすのはできなくなるのか。想像するだに寂しい。が、時の流れと人の心ばかりはどうしようもないから、仕方ないんだろうな。

 とはいえ簡単には認めてやらんけどな! スサノオノミコトもびっくりの頑固親父ばりに婿を見極めてやる。

 そうとなれば、さっそく情報収集だ!

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