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 無数の金色の線が、頭上と私の足元と、さらにその下にも走っていた。

 縦横斜め、水平垂直、あるいは無軌道に入り組み、白い世界に果てなく続いている。

 その上を、たくさんの白い人影が歩いていた。

 どんなに目を凝らしてもシルエットしかわからない。天地の区別もなく、金色の線に沿ってそれぞれ好きな方向に行ったり来たり。

 ある小さな子供のような人影は、歩いているうちにみるみる背が伸びてゆき、やがて腰が曲がりまた縮んでいった。その逆の変化をする人影もある。縮んだり伸びたりを不規則に繰り返す者もある。


 ここは、どこだろう。

 こんな景色は見たこともない。なのに、なぜか懐かしい。私は以前もここに来たことがある気がする。

 少しずつ記憶を呼び覚ましていると、白い人影が一つ、滑るように傍へやって来た。

 その影は特に輪郭が曖昧で、煙のように形が定まらない。


『ありがとう』


 影が微笑んだ。目鼻口の区別もつかないが、その声音は笑みを含んでいた。

 男とも女とも、老人とも子供ともわからない声。たぶん一つではなく、複数の人の声が重なっているのだと思う。鼓膜を揺らさず頭中に直接届く。

 ずっと、私の魔石から聞こえていた声だ。

 かろうじて手だと思えるものが、頬に触れる。身じろぎもできずにそれを受け入れた時、記憶が蘇ってきた。

 

 ――かつて全身に強い衝撃を受け、私は高く、高く、昇って気づけば、この白い世界にいた。ここでは私という人間の形がみるみる崩壊してゆき、もうこのまま消えるんだと思うと誰かの手に包まれた。

 おそらく最初とは違う形に整えられ、そっと、手を離されて堕ちていく。

 やがては白い世界を出て、私は――


「――っ」

 完全に思い出し、白い影を見上げる。

 その背後に歓喜の声と、悲嘆の声と、どちらも聞き取れた。


『あなたの役目は終わり』


 頬に触れていた手が離れる。

 再び、視界が影も光もわからない白に塗り潰されていく。感覚を失っていくことが怖いのもあったけど、何よりこの世界から消えたくなくて咄嗟に手を伸ばす。

 だってまだ、私はここで真理に触れてない。私はまだ、ここに――


「エメっ!!」


 骨まで響く、肉声が聞こえた。

 強い意志のある力が、私を白い世界から引きずり出す。

 急速に闇が広がり、同時に痛み、轟音、血の匂い、息苦しさ、そして、抱きしめてくれる人を背に感じた。

 頬に冷たい床の感触。

 細かい破片がしばらく手の甲や顔を叩く。それを感じなくなってから、ゆっくり、目を開けた。

「・・・ギート? ギート、大丈夫?」

 二本の腕で苦しいくらい私の体を抱きしめて、上に覆いかぶさり、瓦礫の雨から守ってくれていた。

 彼のこめかみの辺りが切れて、赤い血が一筋垂れている。あー痛そう。でもちゃんと、生きてる。

「・・・お前は」

「なんともないよ。ありがとう」

 身を起こせば、跡形もなくなった天井から空が覗ける。大きな瓦礫は魔法が粉々に打ち砕いたらしく、私たちは幸運にも下敷きにならず済んだようだ。

 魔石からはまだ、白い光が天空へ伸びている。

 石の幅以上には広がらず、忠実なまでにまっすぐだ。やはり天は空の上にあるのだろうか。さっき私が光の中で見た光景が、はたして《天国》だったのだろうか。

 呆然と光を見つめていると、魔石から声がした。


『今度こそ、悔いのない人生を』


 とても楽しそうな、明るい笑い声を響かせ、やがて光は収束していった。美しい青が最後は黒く、くすんでしまった。

「・・・あー」

 そこまで見届けたら、私は仰向けに倒れた。朝日が眩しい。今日はきっと良い天気になるな。

 ひとまず疑問は後回し。体中の空気を安堵の溜め息にかえて吐き出す。


 世界は救われた。


 その結果さえ得られたならば、細かいことはどうでもいいのだ。



**



 空へ昇る光の柱に、戦場の誰もが目を奪われた。

 前線に立つアレクセイもまた、西の空に釘付けになる。尋常ならざる力がそこに働いているのは明らかだ。しかし、その光はいくら待っても遠く、ここまで来ない。

(――そうか)

 アレクセイがいち早く気づいた。彼や彼の兵たちが存在する現状こそが、彼女の試みの成功を示しているのだと。

「ロック」

 従者を呼び、アレクセイは前方を見据えた。

 今が好機である。光は徐々に弱まっているが、まだほとんどの者が戦場にあることを思い出していない今ならば、争いを確実に終結させることができる。

 息を整え、右手を掲げた。

「シャロゥ、ウォルティカ」

 光の柱が消えた直後に、金色の鳥が、両軍の間を羽ばたいた。

 縦横に広く布陣したガレシュ軍を覆い隠す程の、巨大な光の鳥が平原を低く飛ぶ。謎の光の柱を見た直後、迫り来た正体不明の魔法に兵士らは戦慄した。

 逃げ惑う人の群れを、鳥は優雅に割っていく。

 嘴が軍団の中央にいたウィルムヘルトの目前まで届き――突如、空へと舞い上がる。

 その影には、王子の懐刀が隠されていた。

「――っ!」

 周囲が気づいた時はあまりに遅い。

 ロデリックは単騎で駆けてきた速度を殺さず、馬上のガレシュ王の腹に短剣の柄を叩き込んだ。鎧の隙間を狙った正確な突きが王の意識を奪う。ロデリックは素早く相手の馬へ乗り移り、後ろからウィルムヘルトの首に白刃を添えた。

「全員、武器を捨てよっ!!」

 王を捕らえている者の言葉に、逆らえる者があろうはずもない。

 頑なに交渉に応じなかったガレシュ王も、目を覚ませば今度こそ、アレクセイらの話を大人しく聞くことになる。

 こうして、野望はあっけない幕切れを迎えたのだった。



**



 光の消えた西の空を見つめ、ルクスは愕然としていた。

「・・・えー?」

 口に出るのはひどく調子の軽い言葉だったが、実際は芯から驚いている。

 何を間違えたのか、どうしてこういう結果が表れたのか、瞬時に頭が回りいくつもの考えが浮かんでは否定される。ルクスは一度頭を振って、思考を払った。

(違う、僕が原因じゃない)

 その結論に至り、もはや溜め息しか出なかった。

「エメ、確実に君の仕業だろ?」

 すべての計画はそこから狂ってしまった。どんなに小さな歯車一つでも、失ってしまえば大業は成せない。ルクスは知っていた。知っていたが、ならばどうすれば良かったというのか。

 また頭痛が始まり、眉間を押さえると妙な風音が聞こえてきた。

「ツェルウォ」

 よく見もせずに、適当な方向へ魔法を放つ。

 すると、強風に揉まれて落ちていく影が一つ二つ見えた。しかしまだ、ルクスの視界にはボードに乗った白いローブの魔法使いたちが何人かいる。

「・・・僕のことは、ほっといてくれないかなあっ!」

 はじめて、ルクスは怒りによって声を荒げた。こんなにも苛立ちが募ったことは、これまでの人生で一度もなかったのだ。しかし。

「イグウォス!」

 その怒りを余裕で打ち消す声量で、クリフォードが炎球を放った。

 ルクスは前後を挟まれていたため、仕方なく迎え撃つ。

 トラウィス側に数の利がある。とはいえ、彼らのホバーボードはルクスの杖に比べて空中での安定度が悪い。体重移動を誤れば容易に舵は狂い、そのため陣形を築くのも維持するのも難しい。

 また、ルクスが一瞬で石から引き出せる魔力量は、彼らが束になっても敵わなかった。

「ヴァルカンティラ!」

 苛立ちを発散させるかのごとく、ルクスが巨大な炎球を頭上で爆発させた。

 爆風にクリフォードも吹き飛ばされる。だが、彼はエメの実験に何度も付き合っていたために、他の者よりはボードの操作に慣れていた。

 視界が逆さになっても慌てず、もう興味も失せたかのように去って行こうとする魔技師の背へ、狙いを澄ませる。

「――ランダロスっ!!」

 青白い光が彼の手から生まれ、瞬きの速さで敵を打った。

 雷撃により、ルクスの体は束の間、自由を失う。その間にクリフォードは態勢を立て直し目標の確保へ向かう。

 だが、急いで発動した魔法は魔力が足りず、ルクスが硬直していたのは一瞬のこと。杖を持つ手は離れたが、地上へ落下する前に、足を掛けていた突起の部分を掴めた。

 杖のほうを下へ引き寄せ、クリフォードが迫る頃には完全に立て直してしまう。

「ツェルウォ!」

 防御は間に合わなかった。魔法の威力も発動速度もクリフォードはルクスに勝てない。だが彼には、何者にも負けない執念があった。

「逃がさんっ!!」

 ボードを蹴り、向かい来る風の塊を避けて罪人へ両手を伸ばす。

「え――」

 まったく予想外の出来事に、ルクスは対処できなかった。

 己より上背のある青年の体当たりをまともに喰らい、受け止めきれるはずもなく杖から手と足が離れた。

 落ちていく。

 その間にルクスは魔石を奪われた。空中で揉み合ううちに、地上が迫る。

「ツェルア、レウ」

 最後は二人とも風のクッションに包まれ、静かに着地した。

 彼らを魔法で受け止めた別の魔法使いは、すかさず地面に転がっているルクスの肩を逃がさないように踏みつける。そして味方のほうには、へらりと笑みを見せた。

「ご苦労さん」

 クリフォードは素早く起き上がり、そんなハロルドをまず睨む。

「手柄は渡しませんよ」

「あっそう。助けなきゃ良かった」

 ルクスは抵抗する気力も湧かず、まだ自由な右腕を額に乗せて、日光から目を隠す。まるで泣いているようにも見える格好だ。実際、ルクスは少しくらい泣きたい気分だった。

「・・・ずるいよエメ。君は、友達が多過ぎる・・・」

 彼女だけを閉じ込めても無意味だった。

 目的は果たせず、肩は痛み、この後も散々な目に遭うだろう。考えれば気鬱にしかならない。

 ただ、魔石を取られて声が聞こえなくなり、頭痛がやや薄らいだことだけが、ルクスにとってせめてもの幸いだった。

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