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「もし、殺してしまうことに理由がなければ納得できないというなら、そういうことにしてもいいけど」

 まるで我儘な子に譲歩するような、優しい口調だった。

「復讐ではないと?」

「んー・・・僕が思うにね? すべての行動の根本は、衝動なんだ。復讐っていうのは要するに世間への言い訳で、ただ誰かしらを殺したいだけなんだよ。笑いたいから笑ったり、泣きたいから泣いたりするのと同じ。殺したいから殺すんだ」

 別になんでもないことだと、言ってのけた。

「僕の場合は、知りたいから試すだけ。結果として死者が出るかもしれないってだけの話だよ。それに対する世間の許可は必要なく、よって言い訳も必要ない。そもそも、殺人を禁止する明確な根拠なんてないんだ」

 彼はせせら笑う。

「その規則は矛盾を孕んでる。不思議なことに、単純に人を殺せば罰せられるけど、戦争で数えきれないほど殺した者は英雄として崇められる。すなわち、殺すこと自体が悪なんじゃなくて、行動の理由に衝動以外のものを置いているかどうかが重要なんだ。国のためとか、家族のためとか、正義のためとかそういう、いくらでも後付けできるような理由だね。それになんの意味がある?」

 つまり特別理由がなくたって、人を殺してもいいのだと、言っているのだ。

「僕が見る限り、人はいつも衝動に正当性を持たせられる理由を探して生きてる。見つけたら、それを振りかざして欲求を発散させる。正義の盾がなければ誰も何もできない。不思議だね」

 体を傾けて、私を覗き込む。

「僕は正しくなくても行動できるよ。君は? もしかして君も、皆と同じで『正しい』ことしかできないの?」

 悲しそうな、憐れむような、そんな目で見てくる。

 私のほうも似たようなものだ。もしくは、もっと強い力を込めて見つめ返していた。

「・・・正しさなんて知ったこっちゃないです」

 ほんの少しの悲しさをはらんだ怒りが、胸の底からせり上がってくる。

「復讐なら許すつもりだったわけじゃありません。どんな理由があろうが、なかろうが、私は許しません。たとえ世間があなたを正義と称しても。私だけは、あなたに同調しない」

 殺人を否定する根拠、確かにそれは曖昧なのだ。時代によって場合によって、同じ行為なのに称えられたり厳罰に処されたりと様々で。あるいは後者の場合でも、罰さえ受ければ殺人は許容されるとも取れるのだ。

 けど、たとえ論理的にはそうであっても、人を殺してもいいなんて、どうして言えるだろうか?

 私たちには、時間をかけて作り上げてきた血と肉の人生がある。

 その中で、我が身より大事にしてきた家族、手を差し伸べてくれた人々、さらには、その人たちを救ってくれたまた別の人々――想像していけば、誰もがかけがえのない、私を形作る一部だ。

 それらを奪い、踏みにじる行為を、どんな理由で許せと言うんだ。

「待ってよエメ、それは論理的じゃない。君らしくないよ。よく考えて? この研究を完遂させれば僕らは素晴らしい成果を」

「どんな成果も、命と天秤にかけられる程のものではありません」

 言い訳を重ねる人を睨みつける。

 わかった。この人の世界には、自分以外に誰もいないんだ。心の中に誰も置いていないから、人の死に対する、身を切られるような実感を持っていない。

 彼が持っているのは、目の前の道の果てを望む、純粋な探究心だけだ。それは、私の中にあるものと似てるけど違う。

「私にとって、知の探究は世界全体の幸福のためにするものです。好奇心を満たすためだけじゃない。人の幸福を考えないあなたの研究は研究とは言えません」

 研究者は、自分の世界に没頭し興味本位だけで真理を追う狂人じゃない。常に大きな視野で世界全体を見渡し、偉大な先人たちの知恵と自らの発想をもって、人々を救う志を持つ者だ。

 だから、この人は研究者じゃない。ずっと、憧れていたけれども。


「私は、あなたを軽蔑します」


 両の拳を強く握る。

 対して彼はまだ何か言い募ろうとしたが、私の目を見つめ、やがて、力なく肩を落とした。


「・・・僕も君には失望した」


 疲れたような溜め息と共に。

 吐き出された言葉によって、せり上がった怒りが急に、すとん、と元の場所へ落ちたようだった。無意識に、拳が開く。

 私はまだ彼を凝視していたが、彼のほうはすでに私から視線を外し、首の後ろなどを掻いている。

「こんなはずじゃなかったんだけどなあ」

 無防備に背を見せて、壁際の机に向かう。

「・・・っ」

 私は奥歯を噛み締めた。

 結局、何も伝わらなかったのだ。おそらく、はじめから無理だった。どんなに言葉を重ねても平行線を辿るだけだろう。

 ならば、取るべき行動は一つしかない。

「ミンフェアレ」

 小声で胸元の魔石を開封する。深く息を吸うと共に魔力を最大限引き出し、素早く右手を青い魔石へかざした。

「ツェルウォ」

 次の瞬間に暴風に殴られ、壁に全身を打った。

 左右と上下がわからなくなり、立てなくて、丸まって咳き込む。衝撃に痺れて感覚器官が機能しない。ただ黒い影の形が近くに見えた。

「荒事はあんまり得意じゃないんだ。大人しくしててよ」

 やっと視界の揺れが収まってきた頃、胸元を探ると魔石は取られて、すでに離れた場所にいるルクスさんの手の内で弄ばれていた。

 それを取り返す間もなく、数人の兵士が突如部屋に駆け込んできた。物音を聞きつけたのか、ルクスさんが何かで呼んだのか。兵士はルクスさんの指示のもと、まだ床に伏す私の腕を後ろに捻り上げる。

 ガレシュ語のやり取りの内容はよくわからなかったが、「牢屋」という単語が聞こえた気がして、組み伏せられた体勢で顎を浮かす。

 机に寄りかかり、ルクスさんは手元の魔石に視線を落としたままで、また溜め息を吐いた。

「とりあえず、牢屋にでも入ってて」

 トラウィス語で告げられた。

「協力しないなら邪魔しないで」

 もう、こっちを見もしない。

 どんなに身をゆすって、腕を引き抜こうとしてもできない。立たされ、無理矢理に引っ張られていく。抗えない。そんな力は、どこにもない。

「っ、待って!」

 気づけば叫んでいた。

 青い魔石と魔技師が遠ざかっていく。

「待ってっ!!」

 だめだ、今連れ出されてしまっては。

 牢屋に入れられてしまえば、本当に止められなくなる。だって魔石もなかったら抜け出せない。この大陸に生きるすべての人が死ぬことになる。

 彼のせいで――私のせいで。


 これが、二度目の人生の結果?

 家族の幸せを願って、周りを笑顔にしたくて、世界全体がほんの少しでも豊かになるように努力した末、皆殺しにして、死ぬ。

 嘘でしょう?

 こんな事態を招いて、ここで死んでしまうなら、私はなんのために生まれたんだ?

 私がしてきたことは、なんだった?

 時に泣きながら、駆けずり回って、必死に喚いて、意志を貫き生きてきたすべてが、この結果を導くためのプロセスだったとでも?

 神だかミトアの民だか知らないが、今すぐ答えろ。


 私は、世界に滅びをもたらすために転生したのか?


 魔石がないせいか声が聞こえない。あるいは奇跡が起きない状況こそが、答えであるのかもしれない。

 だとするならば・・・こんなに、不幸なことはない。

「待っ、て・・・っ」

 こんな結末、認めたくない。でも、誰も待ってくれない。止められない。どうしようもなく。

 私には、なんの力もない。彼を殴って言い聞かせるどころか、指一本すら触れられず、言葉の一つも届かない。

 無力で無能で、余計なことだけをした。

 それなら、あの鉱山で、彼に出会う前に、魔法陣を思いつく前に。


 死んでしまえば良かった。


 そうじゃなきゃ、死んだままが良かったんだ。

 私は、きっと。









 抵抗する気力も失くして、うなだれた耳元に、うるさい足音が飛び込んできた。

 部屋から連れ出される寸前だ。

 反射的に顔を上げた。入れ替わりに、開いたままだった扉の外から、勢いよく押し入れられたものが足元に倒れる。押し入れたガレシュの兵士は何やら興奮した様子でルクスさんの名を叫び、倒れたものの頭を掴んで持ち上げた。まるでやっと捕らえた獲物をひけらかすように。

 その、獲物は、肩の辺りから足首まで、かんじがらめに縄で縛られ、布を噛まされ、非常に迷惑そうに顔をしかめている、若いトラウィス人。


「・・・ギート?」


 まさかいるはずもない。

 でも、見間違えようがない。彼のほうも私の声に反応し、藍色の両眼を向ける。「なんでお前が!?」って目で言ってる。こっちのセリフだけど。

「え・・・何を連れて来たの?」

 困惑しているルクスさんが、時々トラウィス語の独り言を織り交ぜながら、ギートを取り押さえる兵士と話し始めた。途中で二人とも私を指して、「エメ」だとか「エマ」だとかしばらく言い合った後、ルクスさんは、がっくりとうなだれた。

「・・・自分が賢者だとは言わないけど、どうして世の中には馬鹿ばっかりいるんだろう」

 盛大な溜息を吐き、ルクスさんは私のほうへ投げやりに語る。

「君をここへ連れて来るように、ずーーっと前にその人に頼んだんだけど、なんでか彼、君のことをエマっていう別人だと勘違いしてたんだって」

 エマは、しょっちゅう間違えられる名前だ。

 なぜなら、王妃様が例の戯曲で私の役をその名前にしたから。

「ちゃんと特徴も伝えてたのにね。それでわからない時は、ギートっていう義眼のトラウィス兵にでも訊いてって言っといたら、そいつも連れて来いって言われたんだと勘違いしたってさ」

 ルクスさんが作った義眼は目立つから、私を知っている人の中では、ギートが一番見つけやすいと判断されたんだろう。でも、意図がうまく伝わらなかったと。

「これって僕のガレシュ語がおかしかったのかな? それとも彼の耳か頭がおかしいのかな?」

 そんな答えのわからない問いかけは無視して、足元を見る。

「ギート、間違えてさらわれてきちゃったの?」

 トラウィスの王都からガレシュの王都まで、順当に行っても二か月はかかる。私が船で王都を出たのも大体、二か月くらい前のことだ。

 つまり、同じ頃にギートはトラウィスで捕まって、私がエールアリーにいる間にも運ばれてきて、ちょうど今、ここに着いたってことか?

 彼、まっったく関係ないのに。

「・・・ふっ」

 我慢なんか、できなかった。

「っ、あっははは!」

 笑いが止まらない。

 今回ばかりは巻き込まれてやれねえって、言ってたくせに!

「君、どんだけ運ないの!?」

 こんなに不運な人っているだろうか? また私に巻き込まれて、勘違いで誘拐されて!

 こんな・・・こんな幸運、あるだろうか。


「・・・ま、どうでもいいや」

 ルクスさんは蠅でも追い払うような手振りで、私たちを連れて行くよう兵士に促す。

 私は拘束されたまま後ろからせっつかれ、ギートは床を引きずられていく。

「ルクスさんっ!!」

 最後に呼びかけたが、扉は未練の欠片もなく閉じられてしまった。

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