翌日は雨
昼食の後、さらに食料品などを回って買い物を済ませると、駐車場の車のところまで戻った。
「さあて帰るか……あれ?」
みんな乗り込んで、敏行がキーをひねってエンジンを掛けようとしたところ、どうも掛かりが悪い。
「どうしたの?」
「いや、最近どうも調子悪いな。エンジンが掛かりにくい」
「大丈夫なの?」
「まあ――この間もだったが、バッテリーは問題ないし、セルかな?……また修理屋に見せんといかんな」
「修理って、またお金がかかるの?」
「そりゃあな、古い車に乗ってりゃしょうがない話だ。やっぱりそろそろ買い替えだな」
「買い替えって、もっとお金がかかるんじゃないの?」
「そうだが、運転中に故障して事故になったら大変だろう。仕事も安定して儲かってきたし、来年の車検はやっぱりやめて車を買い換えよう」
「うぅん、でもねえ……」
真知子はやっぱり煮え切らない。ただ、「事故」という言葉を聞いて、買い替えの方向に傾きつつあるようだ。
「お父さん、車買うの?」後部座席の涼子が言った。
「うん? ああ、そうだな。来年の春頃には……なあ、母さん」
敏行は、助手席の妻の顔をチラリと覗いて表情が緩んだ。
「ま、まあそうね。お父さんがそう言うなら――」
「わあ、楽しみ! どんな車にするの?」
「ははは、それはこれから考えることだ」
と言いつつ、敏行の考えは決まっている。
「まあ、ともかく帰ってからじっくり考えようか」
藤崎家のちょっと調子の悪い軽自動車は、家族を乗せてのんびり帰路についていく。
「セキシャ! うちゅうけいじ、シャリバン!」
翔太はシャリバンの真似をして得意になっている。そんな翔太の背後にそっと近づく涼子。
「それ、シャリバンクラッシュ!」
涼子はそんな翔太に向かって、孫の手で軽く頭を叩いた。
「もうっ! ぼくがシャリバンなのに、お姉ちゃんがやったらだめ!」
「いいじゃん、私だってシャリバンやりたいし」
「お姉ちゃんはギャバンにして!」
翔太は涼子に、シャリバンは自分がするから、ギャバンにしろという。勝手なもんだ、と涼子は呆れる。
宇宙刑事シャリバンは、この昭和五十八年の三月から放送している、前作「宇宙刑事ギャバン」の「メタルヒーローシリーズ」の第二弾の特撮番組。
基本的なスタイルはギャバンを周到しており、必殺の武器も同じレーザーブレードである。ギャバンの「蒸着」が「赤射」になるなど名前を変えているものの、根本的には似たようなものも多い。
翔太はこのシャリバンが特にお気に入りだった。ギャバンはメタルといいつつ光沢のないマットな質感のスーツだったが、このシャリバンはキラキラと輝く赤い光沢のある派手なスーツの出で立ちだ。
翔太はアニメのヒーローも見るが、やはりこういう特撮ヒーローが大好きなようである。
「――涼子、翔太、ご飯よ」
部屋の外から真知子の声が聞こえた。
「はぁい。翔太、ご飯だよ。行こ」
「うん――モトシャリアン! トォ!」
翔太は、モトシャリアンに跨るシャリバンの真似をしたまま部屋を出ると、姉の横を追い越して居間の方に走っていった。
「待ちなさいよ、翔太!」
涼子も後を追って走った。
「こらっ、走らないの!」
すぐ後に、母の叱る声が家に響いた。
翌日、涼子はラジオ体操に行くために早起きする。起きると、隣の翔太はまだ寝ていて、翔太の向こう側で敏行もまだ寝ていた。反対に寝ていた真知子はすでに起きていて、台所からかすかな朝の音が聞こえていた。朝食を作っているのだろう。
どうやら雨が降っているようで、ザアザアという大きな音が部屋の中にも聞こえてくる。かなり降っているようだ。
涼子は窓の側に行くと外の様子を確かめた。土砂降りとまではいかないものの、結構降っている。しばらく眺めてみるが収まる様子はない。寝室を出て台所にやってくると、涼子用の小さな茶碗に白いご飯をよそいでいる。
「お母さん、おはよう」
「おはよう。涼子、ご飯を居間に持っていって。こぼさないように気をつけてね」
「うん。……お母さん、雨降っているよ。ラジオ体操どうするんだろう?」
「どうするも、これだけ降ったら中止でしょ。外なんだからできないわよ」
「えぇ、でも裕美に帽子見せるつもりなのに」
昨日、買ってもらうことを喋っており、裕美は羨ましそうにしていたのだ。今日のラジオ体操に被っていって、見せるという話をしていた。
「別に今日でなくてもいいでしょ。明日、雨が降ってなかったら裕美ちゃんに見せてあげたらいいでしょ」
「でも、裕美は明日から叔父さんの家に遊びに行くっていってたんだよ。一週間くらい会えないんだから」
一週間も経ったら忘れてしまうかもしれない。せっかく自慢できたのに、なんというタイミングの悪さだ、と嘆いた。
「しょうがないでしょ。みんな事情があるんだから、我慢しなさい」
「もしかしたら、雨でもラジオ体操やるかもしれないよ」
「馬鹿なこと言わないの。こんな雨の中でやるもんですか。風邪を引いたらどうするの」
「でも屋根のあるところで……」
「去年も中止だった時があったじゃないの。いいから、ご飯持っていきなさい!」
「……はぁい」
真知子のカミナリが落ちた。やむなく涼子と翔太の茶碗を持って居間に持っていく。
居間に行くとテレビがついており、朝のニュースが流れている。ニュースは山陰地方の豪雨を報道していた。二、三日前から梅雨前線が南下し山陰地方で大雨が降った。この二日後の七月二十三日には激しい大雨で、特に島根県などで河川が氾濫、土砂崩れまで発生して大勢の死者が出ている。近県である、涼子の住む岡山県は「晴れの国」などと言われたりするが、結局降るときは降る。今日も一日止みそうにない。
「はぁ、どうして雨降るかなあ。間が悪いんだから」
涼子はご飯をテーブルに置いて窓の外を眺めた。
「――ま、しょうがないか」
ちなみに翌日は雨が止んで晴れたため、どうして昨日だけ! と朝起きて憤慨する涼子だった。




