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翔太のばか!

「持ってくるわ」

 真知子が料理を取りにいく。涼子も一緒についていった。それを見た翔太も一緒に行こうとする。

「翔太は座ってろ。お母さんとお姉ちゃんが持ってきてくれるから」


 注文した料理が揃ったので、皆食べ始める。

 涼子は、はじめはブツブツ文句を言っていたが、食べ始めるとそれも収まった。

 翔太は食べる前に、おまけの入った小さな箱を開けている。やはりカレーよりも、おまけの方が重要だったようだ。

「きいろだ! きいろがいた!」

「きいろ? あら、それは何?」

 真知子は、翔太の手にしたおもちゃを見て言った。黄色いプラスチックで三センチ程度の、雪だるまみたいな小さな人形だった。色も塗られているわけではなく、かなりチープなものだ。所詮おまけであり、こんなものだろう。

「しらない。きいろ!」

 翔太の知らないキャラクターのようだが、特にがっかりする様子もなく、カレーライスそっちのけで、黄色いプラスチックのおもちゃで遊んでいる。

「こら、先に食べなさい」

 真知子に叱られて、しぶしぶ食べ始める。しかし、おもちゃが気になってしょうがないようで、おもちゃを見てはスプーンを持つ手が止まる。

「お姉ちゃん、なにがはいってたの?」

「知らない。翔太も子供ね。そんなしょうもないもので喜んで」

 涼子はすまし顔でカレーを食べている。実際におまけなど興味ないが、自分は違うんだというところを大人たちに見せたいのだろう。


「ほら、カレーがついてるわよ」

 真知子が翔太の頰についたカレーを、紙ナプキンで拭いてやっている。

「まあまあね。所詮はお子ちゃまカレーだけど」

 涼子はすました顔して料理を批評した。

「ははは、涼子は一丁前に料理の味がわかるのか。グルメだな」

「もちろんだよ。これでも味にはうるさいんだから」

「そうかそうか」敏行は笑っている。所詮は子供がテレビか何かの真似でもしている、としか思っていないようだ。

 ふと、翔太が調子にのってスプーンを振り回した。その時、隣に置いていた涼子の麦わら帽子にスプーンが当たった。もちろんスプーンにはカレーがついている。淡い黄金色の麦わら帽子に……カレーがついてしまった。

 もちろんそれを、しっかりと目撃してしまった涼子は、一瞬時間が止まったようだった。そして、

「……あ、あぁ――っ!」

 大声を出して麦わら帽子を手にとった。頭頂部から少し外れたあたりに、カレーが少し付いている。

「しょ、翔太のばかっ!」

 激昂した涼子は、立ったままオロオロしている弟を軽く突き飛ばした。拍子に尻餅を着くように椅子の座面に座らされると、すぐに泣き出した。

「涼子!」

 真知子が驚いて声をあげた。そして翔太を抱いてあやしている。近くの客が、何事だろうと涼子たちを見ている。

「おい涼子、そんなに怒ることないだろう」

「だって! 買ってもらったばかりなのに!」

 ワナワナと少し震えている。敏行は涼子の頭を撫でながら言った。

「すぐに洗えば大丈夫だ。なあ、母さん」

 敏行は真知子に促すと、真知子は翔太を夫に預けて、涼子から麦わら帽子を受け取って、フロアの隅にあった洗面器で付いたカレーを流すと、お手拭きで綺麗に拭いた。あまり付いていなかったので、匂いも大したことはなかった。帰ってちゃんと洗ったら問題ないだろう。

「ほら、もうどこか汚れているかわからないでしょ。もう大丈夫よ。こんなのすぐに綺麗になるんだから」

 真知子は涼子に、綺麗になった麦わら帽子を被せた。涼子はまだ納得せずにふくれていた。

「まだ食べ終わってないでしょ。冷めないうちに食べてしまいましょ」


 涼子と真知子が戻ってくると、翔太が恐る恐る姉の姿を伺っていた。

 涼子は無視して自分の席に座ると、半分ほど残っていたカレーライスを食べ始めた。そのとき、翔太がそばによってきた。

「……お姉ちゃん、ごめんなさい……」

 今にも泣き出しそうな表情で謝った。そして、おずおずと先ほどのお子様カレーのおまけを差し出した。

「お姉ちゃんに、あげる……ごめんなさい」

「……」

 涼子は難しい表情で固まっている。どう反応したらいいか迷っている。敏行と真知子は、子供たちの様子をじっと見守っていた。

「……わかった。洗ったから、もう汚れていないし。それもらうよ」

 涼子は弟の手からおまけの人形を受け取ると、それをテーブルに置いて、自分のカレーについていたおまけの箱を手にとった。そして、それを翔太の前に差し出した。

「翔太が謝ったから、仲直り。だから今度は、私がこれをあげる」

 翔太は驚いて、おまけと姉の顔を交互に何度も見た。

「いいの……?」

 翔太の問いに、涼子は黙って頷いた。翔太はすぐに笑顔になって、おまけの箱を受け取った。

「まあ——涼子はやっぱりお姉さんね。偉いわ」

 真知子はこの涼子の対応に、嬉しくなって褒めちぎった。

「いつまでも子供だと思っていたが、立派なもんだ」

 敏行も笑顔で涼子の頭を撫でてやった。

「当然だよ。私、もう『大人』だし」

「ははは。そうだな、涼子は大人だ。ははは!」

 涼子の言う大人には、いろんな意味がありそうだが、そんなことは周りの人間にはわからない。

「翔太、何が入ってたの?」

 涼子は、翔太がおまけの入った箱を開けているのをみて言った。ゴソゴソと、小さな箱から中身を取り出した。プラスチックのおもちゃが出てきた。

「スーパーカーだ!」

 それはF1カーに似た形をした車のおもちゃだ。ボディもタイヤも一体の、ガチャガチャで手に入るのと変わらない程度の雑な安物だが、翔太は大喜びだった。

 涼子は、黄色い人形を翔太の前に「うりうり」と突き出してからかう。翔太も対抗して、F1カーを涼子に突きつけている。

「こら、早く食べてしまいなさい。冷めてしまうでしょ」

 真知子に咎められ、ふたりとも残りを食べてしまう。

 ちょっと一悶着あった昼食だが、なんとか平和に収まった。

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