昼は外食
「おお、涼子。その帽子が欲しかったやつか。うん、似合うぞ」
妻と娘と合流した敏行は、涼子の被る麦わら帽子を見て言った。
「今日はずっと被ってるもんね」
「ははは、えらく気に入ったんだな」
敏行は涼子の頭を帽子の上から撫でてやると、「さあ、飯にするか」と言った。
「そうね、それじゃ行きましょ」
天満屋ハピータウン西大寺店の二階には、アップルというフードコートがあった。二〇一八年現在は百均コーナーに変わっているが、当時このスペースに和洋様々な店舗があった。
フードコートの入り口に各店舗の見本が並んでいる。翔太は「ぼく、カレーがいい!」とショーケースの向こうにある、カレーライスの食品サンプルを凝視している。
涼子は迷っていた。涼子もカレーライスは大好きだが、外食ではなるべく家で食べる機会がない料理にしたい。あまりない外食の機会に、目を皿のようにしてサンプルを見ている。
「私は、ハンバーグ……いや、カツ丼がいいかな、ああでも」
「何にするんだ? 涼子、早く決めろ」
あれでもない、これでもない、と迷っている涼子を見て、敏行はつまらなさそうに言った。
「でも……オムライスもねぇ、いや、エビフライ……」
「お前なあ。それは結構、量が多いぞ。全部食べられるのか? 涼子はお子様ランチでいいだろ。幼稚園の時は好きだったろう」
確かに幼稚園の頃はそれでよかったというか、お子様ランチくらいでちょうどよかった。が、それも幼稚園児の話だ。
「それは幼稚園だからなの! もう幼稚園じゃないから、こっちがいい」
涼子はうな重のサンプルを指差した。
「いくらお姉ちゃんぶっても、まだチビなんだからまだ早い。そもそも、お前はうな重が何かわかっているのか? それは大人の食いもんだ。こっちにしとけ」
敏行は、翔太の選んだ子供向けのカレーライスを指した。これは子供向けに量が少なく、かなり甘口の子供が食べやすいものだった。よく見たら、おまけの玩具がついている。駄菓子のおまけ程度のしょうもないものだが、翔太はその「おまけ」に釣られたようだ。
しかし、涼子はそれは気に入らない。どうせカレーにしても、大人のものにしたい。お子様カレーの隣にあったカツカレーを希望した。
「私はもう小学生だから、こっちがいい!」
「お前なあ、そんなの食べきれんだろ。絶対残すだろう。それに辛いからな。お母さんの作る甘口とは違うぞ」
「そうよ、涼子。翔太と同じカレーでいいでしょ」
真知子まで言う。
「えぇ、でも……」
涼子は不満だ。しかし、大食らいではない涼子には、大人用の量は多すぎる。実は去年、買い物で訪れた際に敏行が食べているのを見て、どのくらいの量かは覚えている。絶対に残すボリュームだった。
「おかあさぁん、おなかすいたぁ」
涼子が何にするか迷って、なかなか決められないせいで、翔太はしびれを切らしたらしい。
「ほら、涼子。翔太と一緒でいいじゃないの。何が気に入らないの?」
「幼稚園の翔太と一緒は嫌」
プイとそっぽを向いてつぶやいた。
真知子は、まったく子供の考えはこれだから……と苦笑いした。
「だったら、お子様ランチでいいだろう」
敏行も、いい加減に決めろと少し強い口調で言った。
ちょっと考えて、しょうがなしに決めることにした。
「……カレーにする」
涼子は、どうしてもお子様ランチは嫌らしい。高学年ならまだしも、低学年の涼子では誰も変に思う人などいないだろう。しかしなぜか、お子様ランチは恥ずかしいと感じている。それならカレーの方がと思った。実際にはお子様カレーも同じようなものだが、いくらかマシだろうと考えたらしい。
「よし、じゃあ行こう」
敏行は、一目散に駆け込んでいく翔太の後に続いて入っていく。
少し不満げな涼子も、続いて入った。
中は割と閑散としている。平日だからだろう。すぐに適当な席に座ると、真知子がそれぞれの店に注文に向かった。敏行と子供たちは席で待っている。注文を終えて戻ってくると、翔太が「まだぁ?」と聞く。
「今注文したばっかりなんだから、もうちょっと待って」
「えぇ、おなかすいたぁ」ぐずる翔太。
「すぐできるから、おとなしくしてろ」敏行が翔太を咎める。
真知子は涼子が帽子を被ったままなのに気がついた。
「涼子、行儀が悪いわよ。帽子を脱ぎなさい」
「はぁい」
涼子はしょうがなく麦わら帽子を脱いだ。気に入っているのでしばらく被っていたかったが、やはり食事中は注意された。




