一難去ってまた一難
「まったく、どうなってんだ?」
十人くらいの生徒たちがあちこちを探し回っている事態に、戸惑いを隠せない様子の芳樹。
「おい、説明しろ」
芳樹は板野章子に向かって言った。
「わけがわからないわよ。例の封筒をなくしたとか言って、探してたら人数が増えたって……」
「こんなの予定にないぞ。公安にやられたか」
「可能性高いわね……」
少し考えた芳樹は、
「お前はここで探すふりしながら動向を探れ。俺は他を探って状況を確認する」
「わかったわ」
「あっ、涼子! こっち、こっち!」
佳代は、どうしたらいいか迷ってオロオロしている涼子を見つけた。やってきた佳代に、ことの次第を説明しようとするが、どう言ったらいいかわからず口ごもる。
「佳代。あのねぇ、ええと……」
しかし佳代は少し興奮した様子で言った。
「そんなことより涼子、体育館の裏! 体育館の裏に行くのよ。そこでミーユがいい作戦を考えたのよ!」
「作戦?」
「そう。まだよ。まだ失敗じゃないわ。さあ、行きましょ!」
佳代に手を引っ張られて、慌ててついて行く涼子。しかしその時、頭の中に何かが浮かんできた。
それは二宮金次郎像の前で、奥田美香と加藤早苗のふたりと共に封筒を探している自分の姿だった。見てきたように鮮明な記憶は、涼子の胸に今すぐこれを実行しなさいと、誰かが教えてくれているかのようだった。
「佳代、待った!」
急に立ち止まる涼子に、佳代は「どうしたの?」と、今にも走り出そうと焦りながらも聞いている。
「二宮金次郎のところに行こう」
「どうして? 場所は体育館よ」
「ううん、体育館じゃない。二宮金次郎だよ!」
涼子の真剣な目に、佳代は何かを感じ取ったようだ。
「わかった。それじゃあすぐに行きましょ」
矢野美由紀は、探し回っている生徒たちの中に紛れて、さりげなさを装って、奥田美香に近づいた。
「……奥田さん、どうしたの?」
「あっ、矢野さん。ええとね、お姉ちゃんが……ふうとうをおとしちゃって……」
「もしかして私も原因があるかな……」
美由紀は申し訳なさそうに言った。
「そ、そんなことはないよ」
「でも……私も探すね」
「ありがとう」
美香は、のんびりした笑顔で美由紀の協力に感謝した。美由紀の目が一瞬光った。
それから少しして、美由紀は美香を呼んだ。
「こっちはもう探したの?」
美由紀は北の方、二宮金次郎像のある方を指差した。
「ううん。そんなとこにあるかなあ」
「わからないよ。そっちはみんないるから、こっちもみてみよう」
美由紀に促され、二宮金次郎像の方に歩いていった。二宮金次郎像の前は今回の因果の現場であるが、今向かうのは博打だった。なにせ加藤早苗と涼子には、このことを伝えられていない。ふたりが来るとは限らないのだ。でも現状では、どこに連れて行けばいいかなどわからない。こうするしかなかった。
「この辺はどうかな」
「どこかなあ」
美香は、連れてこられた二宮金次郎像の近くでキョロキョロと周辺を眺めて探し始めた。それを見計らった美由紀は、すぐに涼子と早苗を探し出すためにその場を離れた。
販売の方までやって来た時、渡り廊下の向こうからふたりの女子がやってくる。
涼子と佳代だ。
「涼子! 佳代!」
美由紀が駆け寄ると、それに気がついた涼子たちも駆け寄ってくる。
「ちょうどよかった。今、二宮金次郎像のところで奥田さんがひとりで探してる。涼子、探してあげて」
「ちょっと、本当に? 涼子って超能力者?」
佳代は、涼子がこっちにくることを強行に主張したのが正解だったことに驚いた。さらに、改良された作戦が始動していることにも驚いた。
「あとは、さなね」
「そう、加藤さん」
悟たちは、さりげなく植木の片隅に、例の封筒を置いておいた。程なく生徒のひとりが、「奥田さん、これは?」と美香の姉に聞いた。
「あ、それそれ! ウソォ、どこにあったの?」
「あそこの植木のところに落ちてたよ」
「ええ? そうなの? そこは探したと思ったんだけどなあ。まあ、いいや。みんなありがとう! あったのよ! 本当にありがとね!」
それを聞いた捜索中の生徒たちは、「よかった、よかった」と口々に安堵して散り散りになった。
「あれ? 美香は?」
どうも妹の姿が見えないことに気がついて、美香を探し始めた。
「なあ、奥田。もう先に帰ったんじゃないのか?」
隼人が言った。
「うぅん、そんなことはないと思うんだけどなあ……」
「まあいいや、じゃあ俺はあっちを探してやるから、お前は向こうを探してみろよ」
隼人はそう言って、自分は校舎の方に向かって歩いて行く。反対に美香の姉は、プールなんかのある方へ向かって歩いた。
「加藤さんを見かけたって?」
悟は驚いた顔で加納に聞き返した。
「ええ、何か忘れ物をしたようで、教室に帰って来ました。そのあと、先生に話があるとか言っていました。もしかすると、まだ職員室にいるかもしれません」
「……これは、いけるんじゃないか! 加納くん、いけるじゃないか!」
佐藤信正は、興奮した様子で叫んだ。そして、加納の首に腕を回して喜んだ。
「行ってみよう!」
しかし、それを阻もうとする声がした。
「おっと、そうはいかねえな!」
不穏なセリフを突然聞かされて、目の前に現れたのは、芳樹たち、再生会議だった。
「……金子くん」
「公安の犬ども! させてたまるかよ!」
芳樹以外に、田中英雄と数人が悟たち三人を囲む。
「通してくれ、と行っても無理だろうね」
「当たり前だろ。はいどうぞ、って通すアホはいるか!」
「このテロリストどもめ! いつも、いつも――!」
佐藤は歯ぎしりして芳樹たちを睨みつけている。
せっかくのチャンスが今にも潰されそうになっている。




