作戦変更
悟と美由紀は、物陰から奥田姉妹を見ている。
「探しているね。しかし、奥田さんのお姉さんが……」
「ええ。どうにかしたいけど……こればっかりは」
「とりあえず涼子ちゃんを連れてくることが先決だよ。それから決めよう」
「ねえ、美香。あった?」
「ううん、ない」
美香の姉は青い顔をして、周辺を探している。美香も一緒だ。
「おかしいなぁ……どうしてないんだろ。ちゃんと持ってたのに」
姉のつぶやきに、美香は――早めにランドセルに入れておけばいいのに……と思ったが、それを口に出して姉の機嫌が悪くなると嫌なので言わなかった。
「何やってんだ?」
ふいに声をかけられた美香の姉は、そちらを見ると同級生が立っていた。涼子の家の近所に住む少年、曽我隼人だった。
「ああ、曽我くん。……えっと、別に何でもないけど」
「何でもないってことはないだろ。なんか探しているように見えたけど」
「べ、別に探してなんか……」
美香の姉は少し顔が赤い。美香の姉と隼人は、同じ六年B組の同級生だ。
「ふぅん、まあいいか。じゃあな」
歩き出そうとする隼人を引き止めるように、美香の姉は慌てて言った。
「ち、違うの。ちょっと、落としちゃって……妹が」
「……!」
美香は、なぜか自分のせいにされてしまい、姉に抗議したかったが、どのみち姉には勝てないので、言い出せなかった。
「本当かよ。さっき自分で落としたようなことを、お前自身が言ってたよな」以外と鋭い隼人。
「え? そ、そうかしら……」しどろもどろになる美香の姉。
「まあ、いいや。何を探してんだ? 俺も探してやるよ」
隼人は、何と協力を申し出た。急に嬉しそうに顔を綻ばせる美香の姉。どうもこの姉は、隼人に気があるらしい。
「えっと、ありがとう……それでね、このくらいの封筒なのよ」
奥田姉妹と曽我隼人の三人で探している。あちこち探し回っているが、見つかるわけがない。それはもちろん、その様子を陰で見ている矢野美由紀が持っているからだ。
「厳しい事態になったね……」
「ええ、まずいわ」
やはり作戦は失敗か、と諦めかけたとき、悟と美由紀の前にふたりの仲間がやってきた。加納慎也と佐藤信正だった。ふたりは、悟たちを見つけると駆けつけてきた。
佐藤は、奥田を探しに行った際、現状を確認するべくちょうど教室から出てきた加納にばったり会った。それで今起こっている状態を説明して、一緒に奥田美香を探しに行ったところだった。
「悟、そっちは今どうなっているんだ?」
「厳しい事態に陥っているようですね……」
「見ての通りだ。実際、ちょっと厳しい事態に陥っている。それより、ちょうどよかった。加納くん、現状を説明するよ」
物陰の四人の周囲には、重苦しい空気が漂っていた。
「矢野さんの行動は悪くないけど、ややこしい状態にありますね」
「ごめん。どうにかしないと、と思ったから……」
「いや、いいんです。それをしていないと、作戦失敗はもう確定でしたから」
加納はそのまま、顔を伏せたまま押し黙った。この事態を収めるべく思考を巡らせている様子だ。
そうしていると、いつの間にか探し物をしている人数が増えている。奥田姉妹と隼人に加えて、六年生と思われる男子三人と女子が二人だ。八人に増えていた。
「まずい、大ごとになっている。どうにかしないと……」
佐藤はその様子を苦々しく見ながらつぶやいた。
「加納くん、どうにかならないの?」
美由紀がすがるような目で訴えた。
「ううむ、厳しい。とても厳しいが……」
体育館の裏で奥田美香を見つけたとき、その周辺で起こっている事態に板野章子は驚いた。とりあえず、顔を知っている奥田美香に声をかけた。
「あの――奥田さん、これは?」
「えっと、お姉ちゃんがふうとうをなくして……それでみんないっしょにしさがてくれているの」
どうも今、封筒がなくなったらしい。どういう話でこういうことになっているのか検討もつかなかったが、本来だと加藤早苗と藤崎涼子が一緒に探しているのに、そのふたりは居なくて別の人間が数多く探している。わけがわからない事態だった。
――もしかして、公安の連中がやったのかしら? いや、でもそんなことをして何の得が……。
狂い始めた歯車は、なかなかうまく回らない。この事態に、どう行動するべきか、動くに動けなかった。
考え込んでいた加納は、ふと何かを閃いたように顔をあげた。そして悟に話しかけた。
「悟くん、考えたんだけど――探し物は、あれでなくではならないわけじゃないはずなんだ」
「どういうこと? あの封筒じゃないなら――」
「いや、そうじゃない。別の封筒でいいのでは、と思ったのです」
「別の……?」
加納の提案だと、あれと同じ封筒を別に用意して、それを探し物の封筒だと偽って美香に探させるということだった。その後は同じで、涼子と早苗が探し物に参加して、涼子が見つけるということだ。
「奥田さんを誰かが別の場所に連れ出します。こっちにあるはずだ、とか言って。そこで、はじめの計画通りに行動するのです。偽の封筒は奥田さんが持って帰って、それは違うものだとお姉さんから言われるかもしれませんが、藤崎さんたち三人が仲良くなることには変わりありません」
「でも、それだったら、本物を奥田さんに渡した方がいいのでは?」
「まずあの事態を納めなくてはなりません。奥田さんの知らないところで、一旦探し物は見つかって、解散してもらいます。それから始めるんです」
それがうまくいくのか、悟には判断がつかなかった。しかし、そうするしかない。
「それでいこう」




