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ミーユの作戦

「……大変だ、忘れ物をした」

 美由紀は小さな声で、そう言って駆け出した。脇目も振らずに必死に走っているふりをして、奥田美香の姉をチラリと見た。

 そして、ふたりの存在に気がつかないふりをして、美由紀は美香の姉にぶつかった。

「きゃあっ!」

 自分と同じくらいの背丈の美由紀に体当たりされて、そのまま尻餅をついた。そして、封筒を地面に落としていた。

 ――チャンスだ!

 美由紀の目が光った。素早く封筒を手に持って、反対の手に持っていた自分の手提げ袋に突っ込んだ。我ながら、華麗すぎるほどの鮮やかさだった。

「お姉ちゃん、だいじょうぶ……?」

 驚いた美香は、尻餅をついた姉のそばでオロオロしている。どうやら美由紀が封筒を隠したのに気がついていないようだ。

「ちょっと何?」美香の姉は不機嫌そうに美由紀を睨んだ。

「あ、あの――ごめんなさい、ごめんなさい」必死に申し訳なさそうな、泣きそうな顔をして謝る美由紀。

「あ、矢野さん……」美香が言った。

「何、美香の知ってる子?」

「うん、おなじきょうしつなの」

 どうも妹の同級生らしいと知った美香の姉は、立ち上がりつつ、半泣きの美由紀に「どうしたのよ? そんなにあわてて」と聞いた。

「忘れ物をしたんです。それで……」

「ふぅん、そうなの。まあ、美香の友達じゃあ、あんまり言うのもね……気をつけなよ。車だったら危ないよ」

「ごめんなさい」

 美由紀は何度も頭を下げて謝った。しかし、妹の友達と思った美香の姉は、「急いでるんなら早く行きなよ」とすぐに解放してくれた。

 美由紀はすぐに駆け出した。うまくいった。


 美由紀は、体育館の片隅に隠れて、手提げ袋の中に入れた例の封筒を取り出した。これを使って、あることを思いついたのだ。

 今頃、奥田姉妹は封筒を探しているだろう。そして、その封筒は見つからない。当然だ、美由紀がこうして持っているのだから。そしてここからが問題だ。これで加藤早苗と涼子を連れてきて、この封筒を探させ、事前に涼子と示し合わせておいて、涼子に発見させるのだ。

 問題は、涼子と早苗がどこにいるのかということだ。携帯電話でもあればすぐに連絡はつくだろうし、大人であれば色々と行動できる選択肢も増えるかもしれない。つくづく思うが、過去に戻るというのは色々と困難がつきまとう。

 ――探しに行かねば。

 美由紀はすぐに行動に移した。



「矢野美由紀はどこに行ったの?」

「そんなの決まってるでしょ。学校に戻ったのよ!」

 板野章子は、松村美都里の手を引っ張って学校の方に戻っていく。

 ふいを突かれて矢野美由紀に逃げられた。彼女がどういう役割を担っているかははっきりしていないが、何をしでかすかわからない。

 世界再生会議の、今の時点ではとても順調だった。

 まず加藤早苗を、「先生が呼んでいる」と偽って奥田美香から引き離し(その前に、付近で張り付いていた佐藤信正も先生を使って排除した)、奥田美香の姉には、妹が一緒に帰りたがっていたと伝えた(この時、矢野美由紀を販売の場所から排除した)。

 このあと、加藤早苗に声をかけて、奥田美香は姉と帰るからと、ひとりで帰らせた。あとは、金子芳樹が封筒を奪い、板野章子と松村美都里が、封筒を見つけて渡す。それで奥田美香と親しくなり、すべては世界再生会議の思惑通りにいく……はずだったが、油断した。矢野がそこでふいをついて行動を起こそうとは。

 この作戦は門脇が考案した。さすがは世界再生会議のブレーン、門脇だ。彼は姿も見せないため、何者なのかわからない。しかし、ありとあらゆることを事前に予測し対策を提案する。もちろん完璧などなく、うまく行かない場合もある。しかし、あの気取った性格を嫌っても、能力自体は認めざるを得ないくらいに優れていると認識されている。

 今回の時間遡行を予測し、十分な準備ができなかったにもかかわらず、ある程度は間に合ったのは門脇の手柄だった。

 ――今回は、どうなることやら。

 板野章子は、頭の片隅に漂う不安を振り払うことができない。



 横山佳代は、悟とともにどうしたものか考えていた。この状態からうまく因果を踏むことは、非常に困難だと言えた。

「やっぱり加納くんに考えてもらった方がいいんじゃ……」

「確かに。加納くんは教室だったね」

「うん、教室にいるって言ってたけど……でも、移動してるかもしれないわ」

「うぅむ、僕は教室を見てくるよ。横山さん、涼子ちゃんを」

「わかった――あ、及川くん!」

 佳代は、体育館の方を指差して悟を呼び止めた。その先には、矢野美由紀がいた。美由紀も佳代と悟に気が付いたようで、こちらに向かって駆け寄ってきた。

「矢野さんじゃないか」

「ミーユ、どうしたの?」

 佳代が尋ねると、美由紀はそっと手提げ袋の中から、例の封筒を少しだけ覗かせた。

「なっ、それは――」悟は驚いた。佳代も驚愕の表情だ。

「これをどこかに隠して、藤崎さんに見つけてもらう。藤崎さんと加藤さんは?」

「涼子もさなも、今どこにいるのやら……私、涼子に向こうで待ってるように言ったんだけど……。いないのよ」

「佐藤くんや岡崎くんもいない。もしかしたら涼子ちゃんと一緒に行動しているのかもしれない」

「私、探してくる。悟くん、そのミーユの作戦でいこうよ。もうそれしかないわ」

 佳代はそれだけ言って駆け出した。悟は美由紀に言った。

「そうだね。矢野さん、奥田さんはどこに?」

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