達成することの難しさ
「藤崎さん! 何をやってるんだ」
佐藤信正は慌てた様子で駆け寄ってくると、いきなり涼子に問い詰めた。その様子に涼子は驚く。
「か、佳代が待っててって……」
「横山さん? 横山さんはどこに?」
「悟くんか加納くんに会ってくるって」
「何かあったのか? ……いや、あったんだろう。時間的にはもう三人で封筒を探している頃だろうから」
「うん、それで……みっちゃんは来ないし、さなはひとりで帰っちゃうし、何が何だかわかんないよ」
涼子は、訳がわからないという表情で訴えた。
「そうか――すまん。いつものことだが、毎回こうなんだ。なかなかうまくいかん」
「そうなんだ。……佐藤くんはどうしたの? 佐藤くんもミーユみたいに見張ってるんだよね」
「ああ……それが、途中に先生に呼ばれてな。あそこにいてバレるわけがないのに。多分やられた。再生会議の連中が何か工作したんだ」
忌々しそうに顔を歪めてつぶやいた。
「悟くん!」
佳代は、ようやく見つけた悟に慌てて駆け寄った。
「横山さん、どうしたの? 何かまた――まずいことに」
「残念だけどその通りよ。さなとみっちゃんが一緒に帰らないらしいの」
「なんだって? やっぱり何か妨害がはいったか。だったら、ふたりはどう行動するんだ——」
悟は嫌な予感がした。
「みっちゃんは、お姉さんと一緒に帰るらしいわ。さなは普通に裏門に向かったらしいわ。多分、いつもみたいにナナや裕美たちと一緒に帰るつもりだと思う」
「完全に別行動か……どうにか引き戻せないだろうか?」
「どうやって? もう何をやってもわざとらしくなりそうだし、私には想像もつかないわ」
佳代は悲観的な視線を悟に向けた。その悟は、がっくりとうなだれるように頭を垂れた。
「こうなると、もう今回の作戦は失敗だ……と思う」
「そもそも、涼子とふたりが仲良くなるんだったら、今回でなくても大丈夫なんじゃ……」
仲良くなる、それだけならこんな出来事を介さなくても、と佳代は言う。しかし、それは失敗を誤魔化したいという現実逃避でしかない。
「そう思うかもしれないけど、一緒に探して仲良くなるっていう出来事が、後に響いてくるはずなんだ。ただ仲良くなっただけじゃ……多分厳しい」
因果は、その内容があってこその結果なのだ。結果だけ辻褄を合わせてもうまくはいかない。それは佳代もわかっているのだ。わかっているが……。
「難しいね……」
佳代は苦悶の表情で呻いた。
「とにかく、引き止めたほうがいいかもしれん」
佐藤は少し考えた結果、ふたりを何とか説得して連れ戻すことに決めた。やはりもう一度、ちゃんとした「状況」をこしらえてやる必要があると考えたのだ。それでうまくいけば、因果を達成できると確信していた。
「藤崎さん、加藤さんをどうにかして校内へ連れ戻してきてくれないか」
「どうにかって……どうするの?」
「例えば、奥田さんが呼んでるとか。嘘でもいい」
「ま、まあ。うまくいくかわかんないけど……」
「頼む! 俺は奥田さんをどうにかする!」
佐藤はすぐに走っていった。涼子は、どうしたものかと思いつつも、早苗の歩いていった裏門の方に向かった。
涼子は裏門までやってくると、そこにはもう加藤早苗はいなかった。もちろん奈々子たちもいない。すでに裏門を出て帰宅途中……もしくはもう家に到着しているかもしれない。追いかけるべきか、それとももう――涼子は迷った。結局どうしたらいいのか。訳がわからない。
そんな様子の涼子を見つけて近づいてきたのは、岡崎謙一郎だった。岡崎も今回は再生会議の妨害を排除するために動いている。
「藤崎さん、こんなところで何やってるの? 奥田さんと加藤さんはどうなったの?」
「実は……」涼子は現状を簡単に話した。
「それはまた……もしかして、今回も失敗かなあ」
岡崎は頭を抱えている。この時間遡行を決行する前には、相当に作戦を練り、それぞれの因果について完璧に準備を整えて行った。しかし、いざ過去にやってきて実際に行動に移ると、そう簡単にはいかない。自分たちもこんな小さな子供では行動の自由はきかず、また携帯電話すらないこの時代では、連絡を取りあうことすら困難だ。何事も簡単にはいかない。安易に考えていたわけではないが、そんな自分たちの想像を超える困難だった。
「僕は一旦、及川くんたちと合流するよ。藤崎さんは……加藤さんは諦めた方がいいかもしれない」
「……だよね」
やむなくふたりは校舎の方に向かった。
そんな中、矢野美由紀はふたりの同級生をどうにか振り切ろうと策を練った。その結果、単純な方法を考え、実行した。
「……ごめん、忘れ物をした。取ってくるから、悪いけど先に帰ってて」
美由紀はそう言うなり、すぐに駆け出した。ふいをつかれた板野章子と松村美都里は、「あっ、ちょっと」と言葉を発した頃には、美由紀はもう結構な距離を走り去っていた。
唖然として美由紀を見送る羽目になった、板野章子と松村美都里。呆然と立ちすくんでいた。
美由紀はすぐに、体育館脇から販売のある方に向かっていく。そこで前から女子がふたり並んで歩いてくるのを見た。
このふたりは、奥田美香とその姉だった。
すぐに塀に身を隠して様子を伺う。
――どうなってるの? 美由紀は予定と違う組み合わせが歩いてくるのを目の当たりにして、とても不味い状態にあることを理解した。
――また、失敗か。
そんな時、ふと、美香の姉が手に封筒を持っているのを見つけた。美由紀は、ある破天荒な考えが思いついた。かなり強引なやり方だった。しかし、うまくいくとも限らない。いや、もっと不味い事態になるかもしれない。
しかし美由紀は、考える前に行動に出た。




