噛み合わない歯車
「まだ、みっちゃんたちは来てないね」
涼子は販売の近くまでやって来て、周辺を眺めてつぶやいた。
「――涼子」
「何?」
ふいに佳代から声をかけられた。
「ミーユがいない。おかしいわ。ここで見張ってるはずなのに」
「お便所に行ったんじゃない?」
「そうならないように、ちゃんと準備した上で行動してるのよ。いくら今は小学生であっても、そんなヘマはしないわ」
佳代はそう言うが、しかし……ふたりで周辺を探してみたが、やっぱりいなかった。
佳代は少し焦りを感じ始めた。必ず妨害が入ると考えられ、今回、それを排除するのが矢野美由紀の役割だ。このままでは、販売に奥田美香がやって来た際に何かされる可能性がある。いや、もしかすると、すでに手を打たれて、逆に何かされたために美由紀がいないのかもしれない。そんな不安が頭の隅をよぎった。
「あっ、みっちゃんが来たよ!」
涼子が、向こうから美香が歩いてくるのを見つけて、佳代に言った。美香は販売の方へ向かっている。
「涼子。私がミーユの代わりをやるから、涼子は二宮金次郎のところで待機してて」
「わかった」
涼子はすぐに二宮金次郎像の下に向かった。
販売のある建屋は、教室のある二舎と体育館の間にあって、渡り廊下で繋がっている。建屋には、販売の他に理科室と音楽室がある。この建屋の東側、新校舎との間に二宮金次郎像がある。
現在では二宮金次郎像は撤去されたり、歩きスマホの問題などの影響で、座って本を読んでいる姿に変わっていたりするという。もちろんこの時代の像は、薪を背負って、歩きながら本を読んでいる姿の像だ。
奥田美香と加藤早苗は、一緒に販売に行って美香の姉から封筒を預かって、一緒にこの二宮金次郎像の前を通ってやってくる。そこで……うん? ちょっと待った。涼子は、先ほどのことで何か違うことに気がついた。
――加藤早苗がいない。さっき販売の方に向かうのを見たのは、奥田美香ひとりだけだった。事前に聞いていた話では、一緒に向かっているはずだったのに。
気になった涼子は、販売の方に回り込んで確認しようとした。その時、涼子に声をかけてきたものがいた。その人――生徒をみて驚いた。加藤早苗だった。
「え? ……さ、さな?」
「どうしたの? 藤崎さん」
早苗は、驚く涼子の様子に、何事かと尋ねる。
「あ、ああ……いや、別にどうもないんだけど」
「ふぅん。ねえ、帰ろうよ。みんな待ってるよ」
「実は佳代と約束があって、それがあるから今日は一緒じゃないんだ」
「そうなの? まあいいや、じゃあ私は行くね」
「うん。じゃあね……じゃなくて! あの、さな!」
これはまずい、と考えた涼子はすぐに引き止める。そして何を喋るか考えた。
「どうしたの?」
「……みっちゃんは?」
「みっちゃんは、後でお姉さんと一緒に帰るって言ってたよ」
「え? そうなんだ。……うぅん。え? どういうこと?」
――姉と一緒に帰るって、どういうことなのか? そんな話にはなっていないはずだけど……どうして? 涼子には訳がわからなかった。
「ねえ、何か言った?」
「いや、何もないよ。うん、何もない」
涼子は迷った。加藤早苗は裏門の方に向かって歩き出している。このままでは帰ってしまう。だからと言って、早苗について行って帰ってしまっては、奥田美香が封筒を探している場面に立ち会えない。
――こんな場合、どうしたら……。
ふと販売の方を見るが、ここからでは佳代の姿は見えない。しかも反対を見れば、早苗の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。オロオロしながら自分ひとりだけで、どうしたらいいのか困り果てていると、佳代が慌てた様子でこちらに向かって走って来た。
「涼子、まずい!」
かなり焦った様子だった。しかし、それは涼子も同じだった。
「どうしたの? 実はさっき――」
「みっちゃんが来ない。もう封筒を受け取って、三人で探している最中と言ってもいい時間なのよ!」
佳代はまくし立てるように早口で言った。予定通りに行っていないことに焦りを感じているのが手に取るようにわかる。
「何かあったのかな? さっき、さなとも会ったんだよ」
「え、さなと? みっちゃんは?」
「それがいないのよ。後でお姉さんと一緒に帰るって」
涼子は、先ほど早苗から言われたことを説明した。
「どういうこと? おかしい。全然違うじゃないの。どうなってるのよ!」
どうも予定が狂ってしまっているようだ。これは、再生会議が邪魔をしているのか、それともこれまでの因果の具合で微妙に変わってしまっているのか。どちらも可能性があった。特に再生会議の妨害は。
「私はどうしたらいいの? さな、もう行っちゃったよ」
「……どうしようもないわ。とりあえず、涼子はここにいて。私は及川くんか加納くんと連絡をとってくるわ。――不便ね。こんな時、スマホがあれば」
「え? スマホ?」涼子は懐かしい言葉を聞いた。そうなのだ。佳代も今から三十年以上も後の未来からやって来たのだ。その時代なら、確かにスマホですぐに連絡ができる。
「あ、ああ――何でもないのよ。ちょっと行ってくるから」
佳代は急いで走っていった。スマホなんかないから、直接会うつもりなんだろう。
さて、ここで待ってろというが、どうしたものかと思った。正直なところ、どう行動したらいいのか詳しいことはわからず、こんなところにひとり残されても困る。
涼子が途方に暮れていると、今度は佐藤信正がやってきた。




