作戦開始
「……要は加藤さんと奥田さんのふたりなんですけど、彼女たちと藤崎さんの関係です」
今回の『因果』は、加藤早苗と奥田美香のふたりと、涼子が友達になることだった。単に仲良くなればいいと言うわけではない。この七月六日の水曜日、放課後に奥田美香が販売(学校購買)に向かう。その後、涼子が偶然通りがかる。すると、奥田美香は姉の預かり物をなくしたと言って涼子と一緒に探すことになる。さらにその後、加藤早苗がやって来て三人で探す。そこで涼子が、その探し物を見つけて三人で仲良くなるという。
――前の世界においては、この時は再生会議の工作員の手によって妨害されている。涼子――涼太は友達に呼ばれて遊びに行き、奥田美香の探し物は別の子が探して、この出来事をそっくり別人でこなされていた――
これによって、孤立気味だった早苗と美香が他の同級生たちの輪に加わるようになり、その後にも影響を及ぼすという。どのような影響なのかは特には語らなかった。
「僕の考えでは、この日の、この出来事によって、加藤早苗と奥田美香が藤崎さんと友達になってしまえば因果は踏めたことになるはずです。それから……もちろんですが、再生会議が妨害を仕掛けてくるのは明白です。おそらくふたりと藤崎さんを会わせないように仕向けてくるか、最悪の場合には、誰かを連れ去って一時的に監禁しておくような強硬策もあり得ます」
「確かに。用心に越したことはないな」
佐藤信正は、ゆっくりと頷きながらつぶやいた。それに続いて悟も言った。
「ただ、今回は完全に学校内のことだ。そう派手なことはできやしない。下手にミスリードして、彼らに隙を与えないように気をつけないと」
「そうね。――それで、個々の役割はどうするの?」
「細かい行動は悟くんにお任せます。僕はそういうのは苦手ですから……」
加納慎也はそう言って苦笑いした。
「そんなことはないよ。加納くんの方が頭はいいし、ここまでやれているのも加納くんの力が大きいさ」
「何を言ってるんですか。将来VR技術で画期的な技術を生み出す天才には、まったく及びませんよ。ねえ、及川悟博士」
加納は悟を見て微笑んだ。
「そんなの、この世界ではどうだかわからないよ。……まあ、とりあえず僕は準備にかかるよ。加納くんは再生会議の情報収集を頼むよ」
「了解しました」
加納がそういうと、みんなガヤガヤと話し始めた。
涼子はポカンと口を開けたまま、ただ悟たちの会話を流し聞きしているだけだった。そこへ悟がそばにきて声をかけた。
「涼子ちゃん。それでね……どうしたの?」
「え? ああ、えっと……なんかすごいね」
「そう? でも僕たちは成功させないといけないんだ。これまでも、結構失敗しているんだ。再生会議は結構手強い」
「そうなんだ……」
そう言いつつ、涼子の頭はこの状況に置いていかれているようだ。なんだか映画みたいな状況に、戸惑いを隠せない。
「それじゃあ、細かい説明をするよ。ええとね……」
「涼子、今日の放課後だから。作戦通りにね」
横山佳代は、掃除のゴミ捨てに一緒に行った時、道すがらそう言った。
「うん。なんだか――緊張するね」
「そんなに肩肘張らなくていいよ。役割をちゃんとこなすだけでいいんだから」
ふたりは学校の焼却場までやってきた。他の教室の子が、用務員にゴミ箱を渡している。
今ではありえないだろうが、この時代はまだ学校に焼却場があって、そこで用務員が燃やしていた。もちろん生徒は燃やすことはできず、用務員に焼却してもらうようになっていた。用務員は男性のイメージがあるかもしれないが、女性の用務員もいる。この由高小学校も女性の用務員だった。
「はい、ゴミ箱を貸してね」
用務員の松田史子は、涼子と佳代の持ってきたゴミ箱を受け取って、焼却炉の中にゴミを捨てると、ゴミ箱を涼子たちに返した。
「わぁ、すっげえ燃えてる!」
上級生と思われる男子が二、三人、燃え盛る焼却炉の中を覗いている。
「こら、危ないから近寄っちゃいけません!」
現在、五十代半ばになる松田は、その男子に注意した。肝っ玉母ちゃんそのものの容姿と性格に、そそくさと行ってしまった。
次々とゴミ箱を持った生徒がやってくる。涼子と佳代は、教室に戻っていった。
帰りの会が終わって、生徒たちは皆ランドセルを背負って下校準備に取り掛かる。
「ねえ、涼子。一緒に帰ろうよ」
奈々子と裕美が涼子のそばにやってきて誘った。
「あ――ええとね、これからちょっと、佳代と用事があるから。今日はだめなんだ」
「そうなの? じゃあしょうがないなぁ。また明日ね、バァイ」
「ナナ、バァイ」
奈々子と裕美は涼子に手を振って、教室を出ていった。入れ替わるように、佳代と悟がやってきた。
「それじゃ、始めるよ」
「さなとみっちゃんは?」
「まだ教室の中よ」
佳代が言った。
「じゃあ、いってみようよ」
「うん」
加藤早苗と奥田美香が動き出した。販売に向かうようだ。ふたりともランドセルを背負って、手提げ袋を手に持つと、軽く談笑しながら教室を出ていった。
「ふたりが行ったわ。さ、涼子」
「う、うん」
佳代は涼子に声をかけると、すぐにふたりの後をつけて教室を出て行った。
涼子たちが行動を開始した頃、同じように再生会議も動き始めていた。
「よし、やるぞ」
金子芳樹は、田中英雄にそう声をかけて、加藤早苗と奥田美香の後をつけた。彼女たちは、これから販売へ向かう、そこで美香の姉と会って、封筒を預かるのだ。
世界再生会議は、このふたりと涼子が親しくなるのを妨害したい。さらに美香をこちらの都合のいい存在として引き込みたい。
涼子を何かで誘って引き離す作戦を、前の世界では使ったが、今回はそれは使えない。なぜなら、今回は公安の連中が動いているからだ。実際、公安のメンバーと判明している、横山佳代が涼子のそばに張り付いて、一緒に行動している。
可能性はあったが、公安が自分たちの正体を涼子に明かして、涼子を味方に引き込んでいるのでは、とも予想されている。いや、それはほぼ間違いなかった。再生会議の作戦参謀である門脇が、確証は取れていないが、おそらくそうなっていると睨んでいた。彼はどこでそういった情報をつかんでいるのか不明だが、単独でなんらかの行動をしていることから、芳樹たちにはわからない何かをやっているらしかった。
販売前の通路。五、六年生が数人歩いている。ひとりが販売に入って行った。そんな様子を物陰から見ている、背の高い女子がいる。矢野美由紀だ。
彼女は、ここで奥田美香がやってくるのを監視している。そして、何かしらの邪魔が入りそうなら、彼女が出ていって邪魔を排除する役割だ。
「矢野さん」
美由紀はふいに声をかけられた。少し驚いて振り向くと、B組の松村美都里だった。
「何?」
美由紀は、どうしてこんな時に――と思いつつも冷静さを保ったまま、言葉短かに返事した。
「こんなところで何してるの?」
「別に……なんでもいいでしょ」
「販売の方を覗いていたけど……あ、もしかして何か買うの?」
「別に……そういうわけじゃない。悪いけどひとりにしておいて」
美由紀は少し不機嫌になっていた。顔には出ていないが、これからと言う時に作戦を邪魔されているのには、さすがに少し苛立ちがかすかに見えている。
どうにかならないかと苦心している時、さらに追い打ちをかけるように第二波がやってきた。
「あら? ミドリ、何してんの? それに矢野さんも」
板野章子だった。板野章子は、再生会議のメンバーであり、実働部隊の工作員だ。美由紀は、――これは不味い――と直感した。
「アキじゃん。一緒に帰らない?」
「帰ろ。矢野さんも一緒に帰ろうよ」
「いや、私はまだ……」
「いいじゃん。帰ろ」
松村美都里と板野章子は、執拗に美由紀と一緒に帰ろうとする。ふたりとも家の方向が一緒なので、いつも一緒に帰っているし、板野章子とは地区も一緒なので登校も一緒になる。
「いや、ちょっと用事があるから――」
美由紀は、どうにかしてふたりを他所にやってしまわないと支障が出るため、このままふたりと一緒に帰るふりをしてこの場から離れるしかないと考えた。松村美都里はともかく、板野章子は間違いなく美由紀をこの場から引き離そうとしていると思いつつも。




