悟の仲間たち
「あ、もしかして加納くん? こんなところで奇遇だね」
その顔は、B組の加納慎也だった。
「あ、藤崎さん。こんにちは」
加納は涼子に気がつくと、穏やかに返事した。
加納慎也は、二年B組の生徒だ。いつもにこやかで礼儀正しく、その様は涼子からしたら、子供とは思えないくらいの落ち着きだった。去年の時からとても勉強ができることで噂になっていたので、涼子も話したことはないものの知っていた。そして当然のことながら、持田が対抗意識を持っているようだが、彼はそれに感づいているのかはわからない。明るい性格ではないが、周囲の印象はいいらしい。
「加納くん、悟くん見なかった?」涼子が言った。
「もしかして及川悟くん? いえ、見てないですよ」
加納は表情が変わらない。彼は表情だけでなく、感情の起伏も少ない。いつもニコニコしている。
「そっかぁ、じゃあまだかな。それじゃあね、加納くん」
「ええ、また明日……と言いたいところですが、僕は藤崎さんに用があるんですよ」
「え、私に? でも私、悟くんに……」涼子は驚いた。
「僕もです。藤崎さんにも、悟くんにも用があるんです」
「どういうこと?」
「もうわかりますよ……あ、来ました」加納は、向こうの堤防の上に人影を見つけて言った。
「え? ああ、本当だ。悟くんだ――って、ええ?」
こちらにやってくる悟を見ていると、よく見たら悟の後に数人の子供がついて来ている。加納慎也は涼子の方を向くと、微笑みを浮かべながら言った。
「こういうことなんです、藤崎さん」
「涼子ちゃん、早かったね。それに加納くんも」
涼子は自分の目の前に集まる数人の少年少女に驚いた。皆知っている顔だった。そこにいたのは、みんな二年A組とB組の生徒たちだったのだ。
「あ、あの……悟くんの仲間って……え?」
「驚くのも無理ないだろうけど、僕たちはみんな、同じ目的のために活動している仲間なんだ」
悟の言葉に驚きを隠せない涼子。仲間といっても、まさか仲間というのが同級生だとは思ってもみなかったからだ。ただ、悟や金子芳樹たちのことを考えると、それもあり得る話だった。
「紹介するね。始めは加納くん。加納くんは作戦参謀なんだ。彼が作戦を考えて、僕らがそれを実行する」
「サクセンサンボ……」
「ああ、ごめん。作戦参謀というのはね、何かする時にね、どうやってやるかっていうのを考える役目なんだ」
「あ、ああ、そうなんだ」
涼子は決して作戦参謀という言葉を知らないわけではない。ただ、ただの同級生だったはずの子が、そんな役目をやっているということに驚いたのだ。もちろん悟と同じく、未来の記憶――大人の記憶を持った人なんだろうということは、容易に想像がついた。
「よろしく、藤崎さん。僕は、正しい未来に戻すために悟くんたちに協力しているんだ」
加納は相変わらずの表情で言った。優しそうな笑顔はいつも通りで変わらない。
「加納くんって凄いんだね。やっぱり頭いい人は違うなあ」
涼子は言った。加納は非常に成績がよかった。学級が違うものの、頭がいい男子の噂は聞こえていたのだ。
「僕は別に頭がいいわけじゃないです。皆さんとそんなに変わらないですよ」
「そんなことないよ。本当に」
涼子は感心している。そんな涼子を尻目に、悟は別の仲間の紹介に移る。
「佐藤くんだよ。同じ学級の佐藤信正くん」
「やあ、藤崎さん」
坊主頭に太った体。いや、太ってはいるがガッチリした体格は、小学生にしては随分とゴツい印象を受ける。目が細く、海苔を貼り付けたような太い眉毛が特徴の顔立ちは、涼子の幼稚園時代の問題児、ジローに印象が似ている気がする。性格は真反対のようだが。
涼子は、佐藤は普段と変わらないように見えて、どこか貫禄を感じた。彼も大人の記憶を持っているのだろうな、と考えた。
「佐藤くんは、元は岡山県警の刑事なんだ。この計画に賛同して、参加してくれたんだよ」
「佐藤くんって刑事だったんだ……。すごいね」
「すごくはない。ただ、奴らが許せんのだ。奴らのせいで、どれだけの人が不幸を被ったかと思うと……」
佐藤は細い目をさらに細め、その表情に怒りを滲ませた。
「まあまあ、佐藤くん。とりあえずみんなの紹介をするから」
「あ、ああ――すまん」
佐藤は黙った。割と熱血漢のようだった。
「それじゃあ……彼女はよく知ってるよね。横山佳代さん」
悟に紹介されて一歩前に出る横山佳代。佳代は「涼子、びっくりした?」と楽しそうに言った。
「え……か、佳代がぁ?」
涼子は信じられないという顔で、佳代の顔を見ている。ぽっちゃりした体型で、いつも明るく面倒見のいい佳代がそうだったとは。驚きを隠せない。
「そうなの。今まで黙っててごめんね。私も普通に生活しているようで、作戦行動中なのよ」
「彼女も公安――警察官なんだ。横山さんは作戦の発案者のひとりなんだよ」
「え、そうなんだ。佳代って、もしかしてすごい人?」
「ううん、そんなわけないわよ。計画を作った際にいたから、悟くんはそういうけど、私は言われたことを実行するだけの下っ端よ」
「そ、そうなんだ……」
涼子は、詳しい状態をよく承知していないので曖昧につぶやいた。
「それから矢野さん」
「ミーユ! ミーユも?」
涼子は驚いた。あの矢野美由紀が悟の仲間だったとは。普段からあまり多くを語らない、物静かな女の子だが、まさかそんな秘密があったとは。確かに佳代とは親しそうだったが、要するにそういうことだったのだろうか、と思った。
「藤崎さん。私たちは、必ず再生会議の悪巧みを阻止しなくてはならない。だから、協力して」
美由紀は表情を崩さずに言った。やはりというか、他の仲間と同様に、学校とはどこか雰囲気が違っていた。みんなやっぱり不信感を抱かれないように、子供らしく振る舞っていたのだろう。
「う、うん。でもミーユがいれば安心だね。ミーユはすごいし」
「そんなことはないわ。所詮は子供だし。でも、この戦いは負けるわけにはいかないのよ」
基本的にすまし顔でいることの多い美由紀だが、この時の真剣な眼差しはやはり、ただの小学生ではないことを証明していた。
「最後に岡崎くんだよ」
「や、やあ……藤崎さん」
岡崎謙一郎は、B組の生徒だ。一年生の時もB組だったので、涼子はよく知らない。矢野美由紀と同じくらい背が高く、痩せぎすな体格をしている。運動は得意ではなく、体力も自信がないこともあって、体力勝負な作戦には不向きだった。
「岡崎くんは、私よく知らないけど……よろしくね」
「うん、よろしく」
岡崎は言葉少なだ。これはしょうがない。教室が違うこともあって、当人同士で話したことがないのだから。
全員ではないが、この場で紹介されたのは、
加納慎也
佐藤信正
横山佳代
矢野美由紀
岡崎謙一郎
の五人だった。皆、同学年の生徒で、学校内には他の学年で数人いるという。また、学校外にもいるのだそうだ。涼子の身近なところにもいるという。今回この五人だけを紹介したのは、あまり数多く紹介しても、特に上級生などは涼子が怯えたら困るとの考えだった。なので身近の同級生たちに絞った。彼らは、涼子の意識が『前の世界のまま』であることを知らない。本当に、ただの小学二年生だと思っているのだ。
「今回はこの五人が君の身近でサポートするんだよ」




