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昭和五十八年、夏休み前

 夏休みが近づいてきた七月十一日の月曜日。来週半ばの二十日からなので、子供たちは夏休みの話題で持ちきりだ。特に、どこへ連れて行ってもらうか、ということにみんな興味津々で、休憩時間の度にそのことが教室のあちこちで話題になっている。

「ねえ、とうきょうディズニーランドってしってる?」

 奈々子が言った。一緒におしゃべりしていた涼子は、

「ああ、知ってる。この前テレビでやってたね。翔太が連れてって! ってわがまま言ってて困ったのよ」

 と言って苦笑いした。ついこの間、翔太がテレビのコマーシャルを見て駄々をこねていたのだ。実は涼子も、前の世界でも行ったことがなかったので、一緒に駄々をこねてみたのだが、それは伏せておいた。

「やっぱり涼子んちも? うちもねえ、行きたいってなくんだもん。それでおとうさんはおこるし」

「ミッキーマウス、かわいいよね」

 一緒にいた富岡絵美子が言った。そういえば、絵美子はミッキーマウスのぬいぐるみを持っていた。いつだったかに遊びに行った時に見せてもらった。絵美子はディズニーに限らず、サンリオなどといったキャラクターものが好きなようだった。家にはたくさんあったはずだ。

「かわいいよねぇ! すてきだわ」

 奈々子も同意している。

「行ってみたいよねぇ」

 そして偶然、みんな同じタイミングでその言葉が出た。


 東京ディズニーランドは、日本の会社であるオリエンタルランドが運営する遊園地だ。それがどういう内容の遊園地かは、もはや説明の必要もないだろう。この年、昭和五十八年四月十五日に開園した。

 先ほども書いたが、この東京ディズニーランドは、日本の会社が運営を行っている。これは世界中にあるディズニーランドの中でも、ここだけである。これは、ディズニーランドの海外進出に消極的だった当時のディズニーに、フランチャイズ形式で運営を行う形で実現した経緯があるようだ。この運営形式は現在でも変わっていない。

 人気は開園当初からで、翌月の半ばには百万人、一年後には一千万人の入場者があった。子供たちの憧れともいう場所だろう。

 涼子たちのような田舎の子供は、はるか遠く関東の地にあるディズニーランドをテレビなどで知って、行ってみたいという思いはあるが、岡山からでは遠すぎて簡単には連れて行ってもらえない。そんなこともあって、あまり現実味がないせいか、あまり会話には出てこなかった。

 翔太がいくら駄々をこねても、藤崎家の収入ではとても連れて行ってやれなかった。


「わたしねえ、夏休みにワンダーランドに連れてってもらうのよ」

 絵美子は嬉しそうに言った。

「いいなあ、私も行ってみたいな」

「涼子は連れてってくれないの?」

「うん、多分無理かなあ……エッコが羨ましいな」

 涼子は諦めの表情でつぶやいた。ちなみに、エッコというのは富岡絵美子のあだ名だ。


 ワンダーランド――「きびの郷ワンダーランド」は、昭和五十五年に開園した遊園地だ。岡山県西部の高梁市にあったが、バブル崩壊などの景気悪化の煽りをうけて低迷し、平成八年に閉園した。高梁市自体が都市部から外れた田舎の町である上、この遊園地のある場所は、さらに山の上という交通の便の悪さも不味かったのではないかとも思われる。

 岡山県では、当時テレビで「カモン、ワンダーランド!」の掛け声で始まるコマーシャルをよく見かけたのではないかと思う。当時を知る人は「ワン、ワン、ワン、ワンダーランッ!」というフレーズを覚えている人は多いのではないだろうか。


「あたしはねえ、わしゅうざんハイランドにつれていってもらうのよ」

 奈々子が言った。どうやら奈々子も遊園地へ連れて行ってもらえるらしい。

「えぇ、いいなあ。うらやましぃ!」

 一緒に話をしていた太田裕美が言った。涼子も同じように思った。


 鷲羽山ハイランドは、昭和四十六年に開園した遊園地だ。岡山県倉敷市にあり、現在でも営業中だ。地方の遊園地ではあるが、何度かテレビのバラエティなどで紹介されたこともあり、他県でも知っている人がいるかもしれない。現在は「ブラジリアンパーク 鷲羽山ハイランド」というのが正式名称になっているようだ。

 様々なアトラクションがあるが、スカイサイクルという自分で漕いで進むアトラクションがあり、色んな意味で、これが一番有名かもしれない。

 ここもワンダーランド同様に山の上にある遊園地で、園内から瀬戸大橋が見えるという景色のいい場所にある。もちろんだが、瀬戸大橋が開通するのは昭和六十三年なので、この時代にはまだ見えない。もう工事は始まっているが。


 盛り上がっている涼子たちを遮るように、授業開始を告げるチャイムが鳴り響く。バタバタと、みんな慌てて自分の席に戻っていく。

 涼子は次の授業の、国語の教科書とノートを机の上に出しながら、

 ――はぁ、私もどこか行きたいなあ……。

 と近づきつつある夏休みの予定を想像して、思わずため息が出るのだった。



「悟くんは夏休みって、どこかにいくの?」

「僕? うん。東京のおじいちゃんの家に遊びに行くんだ」

 悟は東京に行くらしい。母親が東京出身で、実家もそちらにある。父親の方は涼子の母方の祖父母と同じ備前市にある。

「いいなあ。私もどこかに連れて行って欲しいな」

「おじいちゃんの家にはいかないの?」

「行くよ。行くけど……どっちも岡山だし。悟くんみたいに東京とかにはいないし」

 涼子は今の所、岡山県から出たことがない。前の世界では、何かしらで他県に行くことはあったが、この世界における今の時点では、まだ狭いこの世界だけだった。

「でも遠いと大変だけどね。涼子ちゃんもどこかに連れて行ってもらえるといいね」

「うん」

 涼子が頷くと、悟はそれに続いて、思い出したように口を開いた。

「そうだ。ちょうどいいや――涼子ちゃん、実は話しておかないといけないことがあるんだ」

 悟はそう言って、あとで会う約束をした。

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