猛烈小学生、真壁理恵子
「それでは……はじめ!」
森田が号令すると、四つのコートで一斉にドッジボールが始まった。
学級の班ごとに別れているが、この女子たちの対決のために、周りが代わってくれたりして、涼子の友達チームと理恵子の友達チームが対戦することになった。別にチーム分け自体は特に重要視していないようで、教師たちも特に何も言わなかった。
「いくわよ! それっ!」
奈々子がボールをとると、すぐに相手コートに向けて投げた。奈々子は割と運動は得意で、投げたボールはすぐにB組の子に当たった。当てられた子も、ふいを突かれて驚いたような顔をして、ボールをキャッチすることもできなかった。
「やったぁ!」
奈々子が思わず声をあげると、周りのA組の仲間も嬉しそうに声をあげた。真壁理恵子は、あっという間の出来事に唖然とした。
「ナナ、やるぅ!」
涼子が奈々子に抱きつくと、奈々子も同じように抱きついて喜んだ。
先ほどのボールは、B組が拾うことができず、B組陣地の外側(ここでは外野と呼んでいるようだ)のA組の子が、ボールを拾った。
「やった!」
拾ったのは中村孝子だ。よく喋る明るい性格で、友達も多い。
「孝子、やっちゃえ!」
A組陣地にいる横山佳代が叫んだ。
「よぉし……とりゃあ!」
ヘンテコな掛け声で思い切り投げたが、中村孝子はあまり運動は得意ではない。手を離れてすぐにワンバウンドすると、一気にスピードを落としてポンポンと数回跳ねていった。それをすかさずB組リーダー、真壁理恵子が飛びついて捕まえた。必死なのでガニ股の変な格好だったが、そんなことは気にしている場合ではようだ。
「とったわ!」理恵子は手にしたボールを頭上に掲げて、得意な顔をしている。
「ああ!」
孝子は思わず声が出た。申し訳なさそうな顔をして、「ごめぇん、みんな」と言った。
「ドンマイ! まだまだよ!」
奈々子は、笑顔で言った。
「ふっふっふ……やってくれたわね……見てらっしゃい!」
理恵子は気迫の表情で涼子に狙いを定めると、思い切りボールを涼子に向けて投げた。割と速くまっすぐ飛んで行く。理恵子は割と運動は得意なのか、明らかにうまく投げていた。
しかし涼子も、腕っぷしは大したことなくても、運動自体は得意だ。
「何の!」
涼子は軽々とボールを受けた。がっちりと落とさないように、ボールを包み込むようにキャッチした。それを見た理恵子は、驚愕の表情のまま固まっていた。信じられないという言葉が、彼女の頭の上に浮かんでいるようだ。
「さっすが、涼子!」
奈々子や、他の仲間たちが歓声をあげた。
「もう! なんでとるのよ!」
理恵子は悔しそうに地団駄踏んでいる。しかし、そんなことは意に介さず、涼子はすぐにB組陣地の当てやすそうな子を狙って投げた。
「きゃあ!」
ふいをつかれたB組の子は、キャッチすることもできずに右腕に当てられて、そのままボールは跳ねて外野の方に転がった。
「やったあ、チャンス!」
「ああ、もう! どうしてっ!」
理恵子はまたも悔しそうに叫んだ。腕をぶんぶん振り回し、目を丸くして「信じられない」という顔をしている。
今度は横山佳代がボールを取って、「取ったあ!」と叫んだ。そして、そのまま動揺しているB組の子に狙いをつけて投げつけた。そんなに速い球ではないが、初めから逃げ腰の子は取ろうともせずに、簡単に腕に当てられた。
「イエェイ、佳代やるぅ!」
奈々子は、拳を振り上げて大喜びだ。あまりの呆気なさに、完全に沈黙しているB組の生徒たち。
「うぐぐ……」
理恵子はさらに悔しそうに顔を歪めた。そして、涼子に向かって指を指すと、「まだしょうぶはこれからよ!」と叫んだ。その次の瞬間、またひとり当てられた。驚きの表情のすぐ後に、青ざめていく理恵子。
「ちょ、ちょっと! まって、まって!」
理恵子は慌てて、転がるボールに飛びついた。なんとかA組の外野に取られる前にボールを手に入れたが、もう三人もやられてしまった。意気込んで自分の方から挑んだにも関わらず、こちらの方が劣勢という、なんとも格好の悪い有様だった。ゆっくりと立ち上がると、理恵子はボールをしっかりと両手で掴み、目の前の涼子を睨んだ。
「こ、このぉ!」
すぐに涼子に向かって投げつけた。しかし、涼子は自分に向かって投げてくることがわかっていたので、余裕で構えていた。が、ボールは涼子にはこなかった。劣勢で動揺していたのか、まっすぐ狙い通りに投げ損ねたようで、隣にいた須賀正美のところに飛んでいったのだ。運動が得意でない須賀正美は、当然キャッチすることができず、胸に当たってそのまま落とした。しかもそのまま跳ね返ってB組の陣地に転がってきた。
「やったぁ!」
B組の女子たちが次々に嬉しそうな声をあげた。
「須賀さん大丈夫?」
涼子はへたり込んでいた須賀正美が立ち上がるのを助けた。
「ご、ごめん……当たっちゃった」
「ドンマイ、須賀さん。まだまだこれからだし」
須賀正美はトボトボと外野に向かい、代わりに中村孝子が入ってきた。
「ふっふっふ。これからが……ほんばんよ!」
理恵子はボールを掲げて、得意げによくわからないポーズをとると、格好つけて狙いを定めた。
開始から二十分ほど経ったころ、A組もB組も残り三、四人程度になっていた。すでに勝敗がついたチームから何人かの生徒が観戦しにやってきている。
「涼子ちゃぁん、がんばれぇ!」
悟が嬉しそうに応援している。涼子は手を振って応えた。
B組の子が思い切り投げつけた。なかなか速く、そう簡単にはキャッチできそうにないボールだったが、狙われたA組の子は簡単にボールをキャッチした。
「ミーユ! さっすがぁ!」
取ったのは矢野美由紀だ。彼女は運動神経抜群で足も早い。背も高く、奈々子とどちらが高いか、というくらいだ。ただ、大人しい性格で、本当に親しい同級生は少ない。しかし運動がとても得意なので、男子にも女子にも一目置かれた存在だった。
美由紀はすぐに、自分に向けて投げた子に向かって投げた。その球速は段違いに速く、B組の子は避けることもできず、当てられてしまった。あっという間に反撃を食らって、悔しがることもなく唖然としているB組。
理恵子は頭をブンブン振って涼子たちを睨み付けると、
「まだ、まだだもん! ぜったいあててやるんだから!」
と叫んだ。もうなりふり構っていられないようで、しきりにあれこれ叫んでいる。涼子には、理恵子の周囲に「執念のオーラ」ともいうべきものが見えたような気がした。苦笑いする涼子。
理恵子とともに陣地内にいるB組の子が、ボールを手に入れ理恵子に渡した。理恵子の迫力に圧されてしまっている様子だった。
「しょうぶよ!」
理恵子の執念の一撃が放たれた。




