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ライバル登場

 梅雨入り前の、暑い六月の上旬。まだ大したことなかった先月と比べ、本格的ではないにしろ、夏の暑さを感じる。今月の初めから、学校の制服は夏用になる。といっても上着を着ないだけだが、実は帽子が変わる。男子は工員の作業帽に似た白い帽子になり、女子は白い麦わら帽子だ。衣替えで服装が変わるとともに、季節もより暑い季節に移り変わる。来月に梅雨が明けたら、本格的な夏の到来である。

 そんな今日の体育は、A組とB組の合同授業だった。こういう合同の授業はあまり多くはないが、体育では時々行われる。こういうときは、対戦するスポーツなどが行われることが多い。

「今日は、A組とB組でドッジボールを行います」

 A組の担任、森田が言った。隣には、B組の担任、大饗がいる。大饗信江は、三十一歳の女性教師で、二年前からこの由高小で教鞭を執っている。森田と違って優しそうな顔立ちの女性で、生徒からも慕われているようだ。ちなみに「大饗」とは「おおあえ」と読む。全国的に希少で、割合として岡山に多い、かなり珍しい苗字だ。

「では、班で別れて始めましょう」


 体育の授業は体操服を着る。平成も半ば以降の頃は、男女ともにハーフパンツで男女ともに同じ体操服が大半ではないかと思う。しかし、この時代の体操服は男女で違った。男子は短パンで、女子はブルマーだ。短パンは、当時の男児がよく履いていた半ズボンと似た、股間ギリギリの丈のもので、ブルマーは説明の必要はないかもしれないが、生地の厚い下着のようなぴったりした形状をしていた。色は学校によるが、由高小は上が白で、下は紺だった。

 ブルマーはやはり形状がアレだけに、下着が少しはみ出して、いわゆる「はみパン」になることもあった。女子はそれが恥ずかしくて、よく気にしていたようだ。

 あと、頭に赤白帽を被る。裏表がそれぞれ赤白で、リバーシブルになっている、あの帽子だ。ちなみに、A組B組が一緒に授業なりをする場合、A組が赤でB組が白になる。ルールといったものがあるのかは不明だが全学年共通だ。


「ジュワ!」

 男子が赤白帽を開いて、帽子のつばを真上に向けて被っている。いわゆるウルトラマンのトサカを真似た格好だ。それで、スペシウム光線の際のポーズを真似て遊んでいる。

 赤白帽は、赤の面と白の面が別であり、二重になっている。これを広げて、つばに対して反対に覆うように形成すると、トサカを頭頂にのせたような形で被ることができる。色もあり、これがウルトラマンみたいになるため、当時の子供たちは、特に男子がよくこれをして遊んでいた。いや、今の子供もやっているかもしれない。

「そこ、早く集まりなさい!」

 先生の声で慌てて、同級生たちの中に入っていく男子。先ほど決まったチーム分けに従って、それぞれのコートに別れていく。

「ねえ、あなた!」

 ひとりの女子が、A組の生徒たちに向かって声をかけた。ガヤガヤと賑やかだったA組の生徒たちは、一斉に声の主の方を向いた。一体何事だろう? と不思議がっている。ポニーテールが可愛らしい女の子は、鋭い目つきでA組の生徒を睨みつけている。

「どうしたの?」

 近くにいた、A組の富岡絵美子が声をかけた。しかし、そんな言葉など気にもせず、

「わたしのライバル! でてきなさい!」

 と叫んだ。皆、一体何事だ? という顔だ。

「いやぁ。ライバル、ライバルって――ぼくに、なにかようかい?」

 持田がニヤニヤしながら、ポニーテールの女の子の前に出てきた。

 しかし、女の子は持田を怪訝そうに一瞥した後、

「あんたじゃないわ! あんただれ?」

 と、非情な宣告を下した。

「え? い、いや……ど、どういう……」

 言葉に詰まる持田。調子に乗って前に出てきて、恥をかいてしまった。

「藤崎さんよ。藤崎涼子さん!」

 女の子は言った。涼子に用があったらしい。

「え? わ、私?」

 突然、名指しされた涼子は驚いた。そして、みんなの視線が一斉に涼子に集まる。

「そう! 藤崎涼子さん! あんたよ!」

「一体、なんなの……」

 涼子は戸惑いを隠せない。そこへ去年B組だった太田裕美が近寄ってきて、涼子に声をかけた。太田裕美は涼子と同じ川口に住んでいるので、登下校でよく一緒に帰っている割と中のいい子だ。

「あれ、真壁さんよ」

「真壁さん?」

「うん、真壁理恵子さん。すごくまじめでがんばりやなんだけど……ちょっと」

「ちょっと?」

 涼子は、言葉を濁した裕美の様子に不安を覚えた。

「わたしは、真壁理恵子よ。藤崎さん、きょねんのうんどうかいはやってくれたわね!」

 真壁絵里子は、とても悔しそうな表情をしている。

 しばらく考えた末、涼子は思い出した。去年――一年生の時の運動会で、五十メートル走で競争した子だ。涼子は足が速いので、結構余裕で一等になったのだが、二位に甘んじることになった、B組の子が半泣きで、大層悔しそうにしていたのを思い出した。

「いや、別に――」

 涼子は戸惑った。なんだか面倒そうな子で、厄介なのに絡まれたなあ、と感じた。

「しょうぶよ!」

 絵里子は叫んだ。

「ちょっと! あんたなに?」

 ふと、奈々子が涼子の目の前に立って、理恵子を正面から睨みつけた。

「涼子はあたしのトモダチよ。涼子にようがあるんだったら、まず、あたしにいってよね!」

 彼女らは仲間意識がとても強い。ひとりが何か困ったことをされると、仲間たちが集団で防衛してくる。気がつけば、A組の女子たちが、七、八人集まって奈々子と一緒に真壁理恵子を睨んでいた。

「そんなのしらないもん! 藤崎さんにだけようがあるんだから!」

 負けずに対抗するが、明らかに自分より背が高い奈々子の迫力に圧倒されかけていた。しかし、いつの間にかB組の理恵子と仲のいい女子が五、六人集まってきて、奈々子たちA組の女子を睨んでいた。

「なによ! リエはわたしのともだちなんだから!」

「そうよ! なんかしたら、ただじゃおかないから!」

 いつの間にか、涼子と理恵子以外の女子たちがエキサイトしている。

 ――なんなのよ、これ……。

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