悟と芳樹
「――どっちも考えることは一緒だな」
芳樹はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。その挑発的な目つきはあまりにも露骨で、ともすれば、それ自体が目的であるかのようだった。
「君たちも、こうやって学校に入り込んでくるとはね。君たちの妨害は想定しているけど、なかなか一筋縄ではいかないようだね」
悟も余裕を見せるかのように微笑する。
「お前らの好きなようにはさせないぜ。調子にのるなよ。ふいをついて出し抜いたつもりだろうがな、俺たちも予測はしていたんだ」
「そうだろうね。君たちは優れたシミュレーターを持っていた。僕たちだって、ことが簡単に成し遂げられるとは思っていないよ」
「ほう、それはそれは。公安の連中は用心深いことで」
「宮田英則はどこにいる? 彼もこの学校に潜り込んだのかい?」
「宮田さんは学校にゃいねえよ。指揮官だしな」
「ふふふ、臆病な宮田のことだ。自分は動かずに、君たち働きアリばかりに仕事をさせるわけだ」
悟も挑発するような言葉を発した。それに釣られるように、芳樹は激昂した。
「はぁ? テメエ、ナメてんのかっ!」
「違うのかい?」
しかし、悟はまったく動じない。
「……まあ、否定はしねえな。ってか、そういうことじゃねえ!」
芳樹は、宮田にいい感情を持っていないようだ。これまでも、何かとたて突くような態度が多かったのもそのせいだ。時間の経過と共に、ますます悪感情を抱き続けているようである。
「去年はやってくれたね。北川くんが赤井くんと仲良くなっているとは……不味いとは思っていたけど、どうしようもなかった」
「北川と、オトモダチになれなくて残念だったなぁ! そもそも俺たちは、まず未来を変えてんだ。都合のいいようにな。どうやったら同じ未来に繋げられるか、よく知ってんだよ!」
「――そうだろうね。しかし、僕たちもちゃんとわかっているんだ。本当の未来をね。君たちに都合のいい未来には、もうさせるつもりはない」
芳樹と悟の話は、一体何を意味するのだろうか。芳樹たちが未来を変えて、悟たちが変わった未来を元に戻そうとしている。そういう風に聞こえる。
涼子は、彼らの不思議な会話内容に、思わず緊張が走った。どう考えても、彼らは小学一年生の会話ではない。芳樹はともかく、悟も容姿は完全に小学生だが、喋っているのは……まるで別人が喋っているようだった。
何かこう――SFものの、テレビドラマのワンシーンでも見ているかのようだ。
「……お前たちは、どうやって元の未来を知った?」
「君にそれを伝えることが、僕たちに有利になるとは思えないな」
「ふん、まあいい。まだまだ俺たちは負けていない」
芳樹が悟を睨んだ。
「どうかな。僕たちはすべてを思い出している」
悟はそれを軽く流した。
「はっ、どうだか」
芳樹はそうひとことだけ言って黙った。
学校の裏門で奈々子たちが、涼子と悟を待っていた。一緒に帰る方向が同じ女子数人もいる。男子も二、三人いる。絵の上手い奥田美香や、美香と仲がいい加藤早苗。学級は変わったが、友達の典子もいる。去年B組だったが、今年はA組になった太田裕美や篠原優子も一緒だった。
「ねえ、これかわいいでしょ」
太田裕美が典子に、少女漫画の付録のメモ帳を見せびらかしている。典子も「わぁ、かわいい。いいなあ」などと言って、篠原優子と一緒になって見せてもらっている。
「おねえちゃんにもらったの。すごくたいせつなのよ」
裕美は自慢げに言う。典子と優子は羨ましそうにしている。
隣では加藤早苗が、奥田美香に好きな漫画について話している。
「ときめきトゥナイト、おもしろいよね」
ときめきトゥナイトは、少女漫画誌「りぼん」にて連載されていた、池野恋の少女漫画。昨年、昭和五十七年の七月号から連載がスタートしている。アニメ化も早く、同年十月から約一年放送されている。連載期間は約十二年ほどで、池野恋の代表作とも言える。著名な少女漫画だと思うので、読んだことはないが漫画のタイトルは聞いたことがある、と言う人も多いのではないかと思う。
「うん、おもしろいね。らいげつもたのしみだよね」
「そうだよね。それで……」
早苗は「りぼん」派で、美香は「なかよし」派らしく、ふたりでまわし読みしているようだ。先ほどの裕美は「ちゃお」派らしく、ここのメンバーで唯一のようだ。ただ、彼女の場合は買っているのは裕美ではなく姉である。ちなみに、彼女たちのなかには「ひとみ」の読者はいないようだ。
奈々子は校舎の方をジッと眺め、涼子と悟の姿を探した。先生の用事が長引いても、そろそろ終わってもいい頃だろうと思った。しかし、まだ姿が見えない。しかも、同じく一緒に帰るはずの悟の姿も見えない。
「涼子と及川くん、おそいね」
奈々子が言うと、近くにいた男子の岡崎光治が、
「どうしたんだろ?」
と同じように校舎の方を見た。まだ姿は見えないようだ。
「お前にサービスしてやる。……俺たちの仲間が、この学校の生徒に五人いる。どうせお前らも、何人か仲間がいるんだろう。でもな、お前らだけじゃねえ。わかったか!」
芳樹は凄んで悟を睨んだ。しかし、悟は極めて冷静に答える。
「それは貴重な情報ありがとう。随分、余裕だね」
「ふん、お前ら公安の犬どもがどう足掻こうたって、簡単にはいかねえぜ」
「せいぜい足掻いてみるさ」
「ふん」
芳樹は、くるりと反対を向いて、ゆっくりと歩き出した。話はもう終わりのようだ。しかし、すぐに頭だけを振り向かせて、悟を見てニヤリと笑った。
「まあ、そういうこった。――及川、いや……杉本聡美さんよぉ」
「――!」
涼子は耳を疑った。
――杉本……聡美?




