二年A組
始業式の日はとても日差しがよく、ぽかぽかと暖かかった。また、まだ桜も満開で、まさに春爛漫といった一日だった。
昭和五十八年の春、涼子は小学二年生に進級した。
「わぁい、涼子と一緒だ!」
奈々子は涼子と手を繋いで喜んだ。涼子は二年A組になった。二Aの教室は、二舎の一階――一年生の教室の隣になる。
二舎というのは学校の校舎で、小学校の敷地の北部中央にある二階建ての木造校舎だ。一、二年の教室が一階にあり、二階は三年と五年だ。あれ、四年はどうした? と思うかもしれないが、四年は一舎にある。この一舎が最も古い校舎で、これは小学校の敷地の北東の端にある。ここの二階が四年生の教室だ。六年生は敷地中央に位置する新校舎にある。三階建の鉄筋コンクリート校舎で、校舎の中では一番目立つ。やはり六年生は特別だった。
涼子と奈々子はふたたび同じ教室の仲間になった。とても嬉しいことだった。が、残念なことに、同じく仲のいい典子は違った。典子はB組だった。涼子も奈々子も一緒に残念がっていたが、明るく人当たりのいい典子は友達が多く、涼子たちとは別の友達が同じくB組になっていたので、実はそれほど悲しくはないのかもしれない。それに家が近いのは変わらないため、帰りは一緒になるだろうという考えもあった。
涼子が教室の新しい同級生を眺めてみると、大体半分くらいが変わった印象だ。あの鬱陶しい持田もA組だった。それにいつもムスッとしている金子芳樹もA組だ。
担任教師は、森田信子だ。少しきつそうに見える顔立ちと、背の高さが特徴といえる。
「今日からみんな、二年生です。一年生の時と同じ学級になった人もいるでしょう。また違う学級になってしまった人もいますね。しかしそれは、新しいお友達との出会いもあります。さらにたくさんの友達を見つけましょう」
森田は精一杯優しい笑顔を作りながら言った。
さあ、二年A組ではどんな生活が待っているだろう。一年生は悪くない学校生活だった。涼子はわくわくしていた。
由高小学校には、あちこちに人目につかない場所がある。校舎や体育館の裏手の方など、人が来ること自体が少ないこともあって、あまり聞かれたくない話をする人にとっては都合のいい場所だ。
「まずは進級おめでとう、ってところかしら」
板野章子は、仲間であるらしい金子芳樹と田中秀夫を前に言った。
「おめでとうも何も小学生だぞ。誰でも進級できるだろうが」
芳樹は、何を当たり前のことを言っているんだ、と言いたいようだ。
「でも、これでまた滞りなく作戦を実行できるでしょ」
「まあな」
芳樹は、章子と秀夫をそれぞれ見た。そして、「奴はいつ頃転校して来るんだ?」と言った。
「今月らしいわ。もう間もなくね」
「これからが本格的になるだろうに、早々かよ。鬱陶しいな」
芳樹は不機嫌そうに、足元に転がっていた小石を蹴飛ばした。勢いよく飛んでいき、生垣の茂みの中に消えた。
「何らかの妨害工作もやったらしいけど。だめだったみたいね」
「そう簡単にはいかねえわな。奴らから仕掛けたんだから、アドバンテージは向こうにある」
「それはそうだけど……」
章子は困った顔をした。
「――それもやり方次第ですよ」
ふと誰かの声がした。
「誰だ!」
芳樹が叫んだ。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。僕です」
「……ちっ、お前か」
芳樹は声の方を睨んだ。
「これはどうも、金子くん」
物陰から、芳樹に声をかける人がいる。まだ幼い――芳樹と同じくらいの少年だ。優しそうな顔立ちだが、その言葉は明らかに大人の言葉だ。彼も『跳躍』しているのだ。
「何の用だ?」
「せっかく同じ学級になったのです。これからはよろしくお願いしますよ」
「けっ、いけすかねえな」
少年の方を睨んだ。
「おやおや、それは残念です」
しかし少年は、そんなことなどまったく気にしてはいない様子だ。
「それから、皆さんには、くれぐれも言っておくことがあります」
物陰の少年は落ち着いた物腰で、淡々を話している。
「はぁ? 誰にもの言ってんだ! 宮田の側近だからって、調子に乗ってんじゃねえぞ、門脇!」
芳樹は怒鳴った。門脇と呼ぶその少年に、いい印象を持っていないようだ。しかし、門脇という名前が出た瞬間、少年の表情は険しくなった。
「……その名前は、学校では呼ばないでいただきたいですね。作戦を邪魔するつもりですか?」
「けっ! いちいちうるせえヤツだ」
「それから——僕は僕で、あなた方とは別の任務がありますから。くれぐれも僕に親しくしないでいただきたい」
「だぁれが、オメェなんかと仲良くするかっ! キザ野郎!」
芳樹は予想通りに噛み付いた。よほど嫌っている様子である。少年は、表では芳樹たちとは関わっていない、という体裁を取りたいようだ。
「では、皆さん。頼みますよ。ふふふ」
物陰の少年は、そう言って立ち去った。




