ワガママ翔太
翔太は、ガラスケースの前で、中に展示してあるおもちゃを一心不乱に見ている。
「何見てるの?」
「あれ、ほしいの!」
翔太は、キラキラ光る箱型ロボットのおもちゃを欲しがっているようだった。
これは「ゴールドライタン」というテレビアニメだ。ちょうど一年前には放送していて、この昭和五十七年の二月まで放送していた。
四角いメタルの箱状のライターから、手足が出てきてロボットになり敵と戦う。他にも仲間がいて円筒状のものから箱状のものまで様々だ。それぞれスコープライタンだとか、デンジライタンとかいう名前でゴールドライタンを含めて五、六体いる。
当時、これのおもちゃがすごい人気だった。クリスタルカットというダイヤ状の表面加工がされ、それに金メッキを施されたそのおもちゃは、キラキラ光って、とても子供の目を引いた。当時で三千円という結構高価だったにもかかわらず、かなり売れたという。
翔太は当時これを欲しがっていたが、買ってもらえずにいたら、いつの間にか宇宙刑事ギャバンの人形に心奪われて、興味を失っていたようだ。
が、今日また目の当たりにして、再び欲しくなったようだ。
「だめだよ。買ってくれるわけないし」
「ほしいの! ごーるどらいたん!」
翔太の目には、その金メッキのおもちゃが焼き付いて、忘れられないようだ。完全に釘付けになっている。
「そんなこと言ってもねえ……お母さん、怒るよ。多分」
「だってほしいんだもん! ほしいんだもんっ!」
人目も憚らず、叫ぶ翔太。
「ちょっと、みんな見てるじゃないの。あっち行こうよ」
「ごーるどらいたん!」
「もう! 聞き分けないと、怒るよ!」
涼子は、ゴネる翔太が苛立たしく感じて怒鳴ると、翔太の両頬をつねった。翔太の顔が横に伸びる。すぐに涙目になった。
「わぁぁんっ! いたぃ! いたぃ!」
とうとう泣き出す翔太。
「もう、うるさい! すぐ泣くな!」
涼子の言い方も訳が分からなくなっている。なだめるどころか、逆に怒鳴ってしまう。なので翔太は余計に泣いてしまう。周囲の人が、何事かと姉弟に注目している。
そんなふたりのところに、中年の小母さんがやってきて、泣き喚く翔太の頭を撫でて言った。
「ぼく、どうしたの? ほら、もう泣かないで」
小母さんは涼子を見ると、
「お姉ちゃんが弟をいじめたりしたらだめでしょ」
と言って、涼子の頭を優しく撫でた。
「でも、翔太がワガママだもん!」
涼子も翔太の我儘に半泣き状態だった。涙を目尻に浮かべながら、じっと俯いている。鼻水が少し垂れてきた。小母さんは翔太をなだめて涙を拭いてやると、涼子の涙と鼻も拭いてやった。
「姉弟なんだから、仲良くね」
そう言って、ポケットから飴玉を取り出すと、ふたりにそれぞれあげた。翔太は、飴玉をもらったのが嬉しかったのか、泣き顔が少し明るくなった。
「おばさん、ありがとう」
涼子は小母さんにお礼を言った。小母さんは「それじゃあね」と言ってどこかに行ってしまった。
「あんたたち、どうしたの?」
ふいに声がしたかと思うと、真知子が驚いた表情でそばにやってきた。翔太は随分泣いていたようだし、涼子まで泣きそうな顔をしている。とりあえず、おもちゃ売り場から連れ出して、近くのベンチに座らせて何があったのか涼子に聞いた。涼子はそれまでの経緯を話した。
「翔太にも困ったものねえ。……それで、そのおばさんは?」
「知らない」
「そう、お礼が言いたかったけど……」
真知子は周囲を見回してみたが、涼子の言うような女性は見当たらない。どうにもならないので、諦めた。
「……お、いたいた。買い物は済んだのか?」
少し経ってから敏行がやってきた。
「まだこれからよ。ねえ、ちょっと聞いて。それでね……」
真知子は夫に経緯を話した。敏行は困ったような、面倒臭そうな、微妙な表情をしながら言った。
「やれやれだな。まあ、なんだ。――よし、涼子、翔太。みんなでアイスクリームでも食べるか」
「アイス!」
翔太が嬉しそうな顔をする。涼子も少し表情が明るくなった。
「じゃあ行こうか」
アイスクリームを食べたら買い物だ。正月用のものが集められているコーナーがあったので、そこでいくつか買い物をした。そして、それを入れた袋を涼子が持たされると、翔太が「翔くんももつ!」と言って、自分も荷物を持ちたいと言い出した。なので、袋の中からひとつ取り出して、別の袋に入れて持たせてやった。翔太は満足そうだ。
「そうそう、服を見たいからちょっと待ってて」
駐車場の車のところまで戻ってきたとき、真知子が荷物を車に積みながら言った。
「なんだ? 早くしろよ。俺は車にいるからな」
敏行は来ないらしい。いつもそうだが、敏行はあまり買い物に同行しない。「そういうのは女のすることだ」などと言っていたこともある。この当時の父親は、こういった考えの人は多かったろう。まだ、父が外で仕事、母が家庭を守る。そういう時代だった。すぐに運転席に座って、シートを倒すと、眠たそうに目を瞑った。
「じゃあ、あんたたちは一緒に来なさい」
真知子は、涼子と翔太を連れて再び店内に入って行った。




