年末の買い物
「お父さん、ジャスコに行きたい」
涼子は、炬燵に入ってのんびりテレビを見ている父に、自分の要望を伝えた。今日は十二月三十日木曜日。明日は大晦日で、敏行も今日から休みにしていた。なので、のんびりしているわけだが、子供たちはどこかに連れて行ってもらいたくて、必死に父を説得しようとする。
「涼子、家のお手伝いをしたのか? お母さんが掃除をしているだろう。ちゃんと手伝わないとだめだろう」
自分は掃除せずにのんびりしているにも関わらず、涼子には掃除を手伝えという。もちろんまったくしていないわけではなく、いまは一息ついていたところだった。
「ちゃんと手伝ってるよ。でも冬休みなのに、どこにも連れて行ってくれないんだもん」
以前からだが、前の世界と違って幼児である現在は、自由にどこへでも行くことはできない。親の目の届く範囲以上の場所には、いかせてくれないのだ。なので、ちょっと遠くまで行くには親に連れて行ってもらわなくてはならなかった。
「午後に正月のものを天満屋に買いに行くから、それでいいだろう」
「えぇ、天満屋……ジャスコがいい」
ジャスコは大きい。ジャスコはいわゆるスーパーマーケットだが、店舗の大きさが他と比べて、明らかに大きい。当時の岡山市民からしたら、単なるスーパーではない。それ以上の存在なのだ。ちびっこからしたら、遊園地に連れて行ってもらうくらいの存在だと言えば、言い過ぎだろうか。
「ジャスコは遠いだろう。天満屋で我慢しなさい」
敏行の言う「天満屋」とは、岡山県に本社を持つ百貨店「天満屋」の、スーパーマーケット店舗である「天満屋ハピータウン」のことだ。
天満屋は、江戸時代後期に、ここ西大寺で「天満屋小間物店」を創業している。今は岡山市の中心部に本店を写しているが、実はこの西大寺は天満屋の創業の地であったのだ。そして、この西大寺は「天満屋ハピータウン西大寺店」が現在も営業している。特にこの昭和の頃は、西大寺周辺の大きな店といえば、この西大寺店なのだ。
「それじゃあ行くぞ」
工場から車のところにやってきた敏行が、車の側で戯れている涼子と翔太に声をかけると、ふとまだ真知子がいないことに気がついた。
「お前たち、お母さんは?」
「え? まだ家にいると思うけど」
「何をやってるんだ?」
敏行が聞くと涼子は、鏡台の前で化粧に余念がない真知子に「先に行ってなさい」と言われて、先に車のところまで来ていることを思い出した。
「お化粧してるよ」
それを聞いて、――まったく女ってやつは……と家の方を見て思った。
「お待たせ」
真知子がバッチリ化粧を施してやってきた。スーパーに買い物に行くだけだが、ちょっと化粧が濃いように見えた。女性はいつでも周りの目を気にするものだ。
「もっと早くできんのか? 待ちくたびれたぞ」
「何言ってるの。このくらい当然でしょうが」
真知子からしたら当然らしい。
「やれやれ。まあいいや、早く乗ってくれ」
敏行が運転席に乗り込むと、着こなしを気にしてキョロキョロしていた真知子も、助手席に乗り込んだ。涼子と翔太はもう後部座席に座っている。
敏行はゆっくりと車を発進させた。
天満屋ハピータウン西大寺店は、吉井川の東岸側にある。そのため、永安橋を渡って向こう側に行くことになる。自宅からの距離は遠くなく、およそ二、三キロ程度しかない。
十分かそこらで到着すると、すぐに西側にある駐車場に止めた。この年末で買い物客が多いようで、駐車できる場所がないかもしれないくらい埋まっていた。
翔太は車から降りるとすぐに駆け出して、店内に向かう。
「こら、翔太! 待ちなさい!」
真知子が叫ぶ。
「翔くん、待ちなさいよ」
涼子が後を追って駆け出した。
涼子は、天満屋ハピータウンの正面入り口の前に立って見上げた。ここにはそう頻繁には来れない。前回はいつ来ただろうか? 二ヶ月くらい前だったような気がする。
ここはやはりデパートではなく、スーパーマーケットだ。都会の大きな店舗に比べると、かなり小さな店だと思うが、それでもこの小さな体から見上げる天満屋ハピータウンの佇まいは、なかなかの迫力を感じた。
「涼子、翔太は?」
真知子がやって来た。続いて敏行もやってくる。
「うぅん、見当たらないなあ……どうせ行き先はわかっているけど」
涼子は翔太がの行き先などすぐにわかる。
まずはガチャガチャの設置している場所。そしておもちゃ売り場。最後にゲームコーナーである。
ガチャガチャは、現在でもあちこちに設置してある、丸いカプセルに入った商品を、硬貨などを入れてレバーを操作し購入する、いわば自動販売機の一種だ。「コスモス」や「バンダイ」などのガチャガチャは至るところで見かけた。
涼子の近所にある「つるみ商店」にも数台設置してある。
ガチャガチャは、店内の数カ所にある。まず中央ロビーの西側にある階段の中間にあるので、そこに向かうことにした。早速向かおうとしたら、後からやってきた敏行が、
「おぉい、涼子。どこに行くんだ?」
と言った。
「翔太を探してくる!」
涼子はそう言って駆け出した。
涼子はすぐにガチャガチャのあるところまでやってきた。下から中間のガチャガチャが設置してる場所を眺めてみる。小さい子がいる――しかし、翔太ではないように見える。すぐさま階段を登って行くと、案の定違った。
――だとしたら、おもちゃ売り場か。
そう考えて、そのまま階段を上がって二階に向かう。おもちゃ売り場は、階段を上がってすぐ右手の方に曲がったところだ。
登りきって、おもちゃ売り場の方をみると……いた! 翔太がいる。




