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墓参り

「よし、そろそろ墓参りに行くか」

 敏行はそう言って妻子を見まわすと、ゆっくりと腰をあげた。

 祖父母や哲也たちも一緒に動き出す。どうやらみんなで一緒に行く話になっているようだ。

「ほら涼子、日射病になるから帽子を被りなさい」

 真知子は涼子に麦わら帽子を被せた。今年、涼子が欲しい欲しいと言い続けて買ってもらったやつだ。余談だが、実は岡山県は麦わら帽子の産地として有名だったりする。

 藤崎家の墓は祖父母宅から近い。歩いて五分かそこらで到着する。この地域は、本当に遠くまで田んぼが続いている平野だ。そんな田んぼと田んぼの間にぽつんと広くない敷地の墓場がある。いつもそうだが、みんなで一緒に歩いて行くのだ。

 蒸し暑い夏の日差しが涼子たちに照りつける。外にいるだけで汗が滲んでくるが、時折吹いてくる微風が、湿った肌を心地よく撫でてくれる。

「ともちゃん、どっちが速いか競走!」

 涼子はふいをつくように、いきなり駆け出す。

「あ、涼子ちゃぁん、まってぇ」

 知世もひと足遅れて涼子を追いかけた。

「まってぇ! しょうくんもぉ!」

 翔太も、慌てて走り出す。

「こら! 車が来たら危ないでしょ!」

 真知子が走って行く子供たちを叱った。

「ははは、チビたちは元気いいなあ。俺はあんなに走れんなぁ……」

 走っていく涼子たちを見て、哲也は苦笑いした。

「まだまだ若いもんが、年寄りみたいなことを言うな」

 隣を歩いていた祖父が哲也の背中を叩いて笑った。


「私はこっちに置くよ」

 涼子はお供えの菓子を、並んでいる先祖の墓に置いていく。

 お供えの菓子と言えば、大抵の地域で同じような菓子が供えられるのではなかろうか。四角いゼリー、砂糖をひと口サイズに固めたもの、ビスケットに砂糖をコーティングしたものなど。どれも、地域のみならず、この昭和の時代だけでなく、平成の時代でもお供えの菓子の定番だ。しかもこれらはお供えだけでなく、祖父母の家に行くと大抵出されるお菓子でもある。もちろんこの藤田の祖父母宅でも、祖母が「涼子ちゃんも翔くんも、お菓子食べられぇ」と笑顔で出される。翔太は、ビスケットに砂糖をコーティングした菓子(動物ヨーチ)が好きで、喜んで食べている。涼子は、これらの古くからある菓子は、あまり好きではなく、あまり気乗りしない。

 祖母も最近それに気がついたのか、今日なども、チョコレートやクッキーなどを買ってきている。これらは涼子も美味しく食べてくれるからだ。

「あっ、しょうくんもおく!」

 翔太も涼子の後を追うように菓子を置いていく。翔太は涼子の真似をしたがる。どこの弟もそういうものだ。

「もう、そこは私が置いているんだから、同じところに置かないでよ」

 涼子は自分がお菓子を置いた墓に、同じように置こうとしている翔太を注意した。

「でもぉ、しょうくんもおきたいの!」

「別のに置けばいいじゃない。そっちとか」

 涼子は、まだ置いていない幾つかの墓の方を指差した。しかし、それを見た祖父が言った。

「涼子、そっちはよその墓じゃよ。うちのは、ここと、ここまでじゃ。……翔太、こっちにおいで。おじいちゃんと一緒に花を供えような」

「うん!」

 翔太は祖父の元に歩いて行って、一緒に花を供えている。この墓場はあまり広くはなく、墓も全部で十数基しかない。同じ地域の家が複数集まって墓場を作っているようだ。

 この藤田という土地は、実は干拓地だ。この辺りは昔、海だった。明治に藤田傳三郎が、岡山藩時代から計画されていた干拓事業を引き受けて、長い年月をかけて完成させた。この辺りの、藤田という地名は、この藤田傳三郎に由来する。

「涼子。遊んでないで、こっちでお掃除しなさい」

 真知子が、よその立派な墓を見ていた涼子を呼んだ。

「はぁい」

 涼子は雑巾を渡されて、知世が掃除している墓で一緒に拭いた。

「きれい、きれい」

 知世は嬉しそうに表面を拭いている。何だか楽しそうだが、涼子には何が楽しいのかわからなかった。結構暑くて大変な気がするが、人数がいるので大したことはない。

 気がつけば終わりそうなので、さっきからずっと鳴いている蝉の姿を探した。アブラゼミの鳴き声がずっと聞こえているので、どこかにいるんじゃないかと思ったのだ。

「りょうこちゃん、なにしてるの?」

 後ろから声がしたので、振り返ったら知世がいた。

「蝉を探してるんだ」

「セミ? どこ、どこ?」

「うぅん、あの辺で鳴いてるみたいなんだけどね……見えないなあ」

 涼子は、五、六メートルはある木の上の方を覗き込んで探したが、どうもその姿を捉えることができなかった。

「あ、あっちもセミいるかも」

 知世が、墓場の隣の、畑のそばに立っている木の方を指差した。

「あっちにもいそうだね」

 涼子がそう言ったら、知世が嬉しそうな顔をして、その木の方へ歩いて行った。

「ちょっと、勝手に行ったら怒られるよ」

 涼子が止めようとしたが、その上から「ともちゃん、そっちに行ったらだめでしょ!」と、大きな声で注意する声がした。知世の母、弘美の声だ。知世は以前から、ふらふらと知らない間にどこかに行ってしまうことがある。なので母親の心配は絶えない。

「はぁい」

 母に注意され、しょうがなく引き返してくる知世。

「なあ、そろそろ戻るか」

 敏行は、手ぬぐいで額の汗を拭きながら言った。墓場でやることはすべて終わらせた一行は、みんな汗ばんでいる。やはり真夏は暑いのだ。

「そうだな。——親父、戻ろう」

「おう、そうだな。ああ、真知子さん、それは持って帰ってくれんかな。それから……」

 哲也に言われて、祖父は返事すると、持って行ったバケツなどを持ってみんなに指示した。

「ともちゃん、帰るよ」

「うん。ねえ、あそこにおさかないる!」

 知世は涼子の服を引っ張って、用水路の中を泳ぐ小さい魚を指差した。

「本当だね。あっちにもいる」

「わあ、ほんとう!」

「ねえねえ、どうしたのぉ?」

 翔太がやってきた。子供たちだけで、用水路のところでワイワイやってるのに気がついた真知子が、「こら、何をしているの! 置いて帰るわよ!」と、子供たちを叱ったので、涼子たちも慌てて大人たちを追いかけていった。



「じゃあ、明日は午後に迎えに来る」

「ええ、事故しないように気をつけてね」

 敏行は車の中から、そう言って軽く手をあげると、車を発進させた。それをみんなで見送った。

「おじさんたいへんなんだね」

 知世が言った。幼稚園児で、どの程度理解しているのか不明だが、ともかく不思議そうな表情であった。

「そう……大変なんだ」

 涼子は見えなくなるまで、父親の車を見送った。

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