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必殺、スカートめくり

 ――まったく。隼人って何でこう、意地の悪い感じになってしまったのか!

 涼子は憤っていた。最初会った時は、懐かしいし大好きだったお兄ちゃんだったのだ。前の世界において、よく一緒に遊んでくれて、魚や虫を捕まえたりするのも、忙しい父に代わってよく連れて行ってくれた。この世界においては、どうもそういう感じとは少し違うように思った。


「いらっしゃい……やあ、涼子ちゃん」

 雑貨店「つるみ商店」の店長、鶴海紀夫は、小さな客――涼子がやってきたのを見つけて声をかけた。

「こんにちは、お醤油買いにきました」

「お使いだね、偉いねえ」

 ニコニコと笑顔を崩さず、涼子のことを褒めた。

 鶴海紀夫は現在四十代後半で、五年前に父親が経営していたこの店を継いだ。前職は商社に勤めていた、いわゆるサラリーマンだった。父の病気をきっかけに会社を辞めて、家業を継ぐことにしたわけだが、古い販売体質から抜けられないこの店を、どうにか儲かる店にしてやろうと四苦八苦している。しかし、なかなかうまくいかず、使える予算も大したことがないので、五年経ってもあまり代わり映えしていない。前述の通り、その後に経営はよくなるのだが、今は苦労しているようだ。

 照明が微妙に暗く、どこか明るくない店内は、陰気な雰囲気が漂っていて、涼子はこの店舗をあまり好きではない。ただ、店長はいい人で、一緒に店を切り盛りしている奥さんも、豪快だがいい人なので、近隣の人や涼子もよく買い物に来る。ちなみに今は奥さんは不在のようである。

「これください」

 涼子はキッコーマンの小さな瓶容器の醤油をレジの台に置こうとした。台の高さが肩くらいあるので置きづらい。それを察して、すぐに店長が涼子から直接受け取ると、値段のラベルを見て、レジに打ち込んで値段を言うと、涼子が預かったお金を差し出して購入した。小さい商品ひとつだけだったせいか、袋などには入れてくれない。と言うか、ここに買い物にくる人は、大抵は買い物袋を持ってくるので必要なことは少ない。必要な場合は紙袋に入れてくれる。全国的にはビニールのレジ袋が普及し始めているはずだが、ここはまだ時代に追いついていないようだ。

「——そうだ、涼子ちゃん。これ見たことあるかい?」

 店長は満面の笑みで、レジから一枚の硬貨を取り出した。

「え? それは……」

「うふふ、そうさ。五百円玉だよ」

「五百円?」

 店長が取り出したのは、昭和五十七年から流通し始めた、五百円硬貨だ。この年の四月から始まったので、まさに出回って間もない珍品だ。昨日、近隣の客ではない客が飲み物を買っていった際に支払われた。店長も実物は初めて見たようだ。

 この五百円硬貨は、平成十二年に材質を変更してマイナーチェンジしている。見た目にはわかりやすい違いはないが、細かい部分ではデザインにも手を加えられている。

 ――わあ、懐かしい。そうそう、古い方は白っぽかったんだよねえ。と、材質の違いから、現行のものより白っぽい色合いになっていることを思い出した。

「いやあ、とうとう五百円もコインになってしまったんだねえ、と思うと、物価が上がってるんだろうかな、って思うんだよ。今までは五百円と言えばお札なんだから。あぁいや、涼子ちゃんには難しかったかな。ごめんね、分かり難い話して」

「ああ、いえ。別にいいです。……なんだか大きいなあ」

「そうだろう。百円玉と比べてもひと回り大きい。いやあ、いいねえ」

 店長は満足そうに頷き、五百円玉をいろんな方向から眺めた。結構気に入っている様子だ。

「それじゃあ、お母さんが待ってるから」

「うん、毎度ありがとうね。五百円玉、いつでも見せてあげるから気軽にいらっしゃい」

 満面の笑みの店長を尻目に、――いや、それは別にいいです……と、心の中で思いつつ「つるみ商店」を出た。



「ただいまぁ」

 涼子は玄関で靴を脱ごうとした時、涼子の靴より大きい運動靴があるのを見つけた。多分、隼人の靴だろうと思った。いつも履いている靴によく似ているからだ。

 ――隼人が来てるのか。

 多分、翔太を遊んであげているのだろうと予想した。

 靴を脱いで上がったとき、奥の台所から真知子がやって来た。

「おかえりなさい、あった?」

「うん、これでいい?」

「そう、それ。じゃあちょっと持っていくわね」

 真知子は醤油を受け取ると、そのままサンダルを履いて、玄関から出て行った。涼子は子供部屋に戻ることにした。


「ただいま……」

 子供部屋の襖を開けたその時、隼人と翔太が目の前に現れた。そしてすかさず、

「必殺、スカートめくり!」

 と隼人が叫ぶと、そのまま両手で涼子のスカートを捲り上げた。無防備な涼子は、されるがままに下着を露わにされた。

「わぁい、すかーとめくり!」

 翔太は何をやっているのかよくわかっていない風だが、大喜びだ。

 涼子は何が起こったのか、よくわからず固まっていた。

「イェイ! 大成功!」

 隼人は翔太と手を叩いて嬉しそうに叫んだ。

「わぁい、わぁい!」

「……」

 次第に、この事態を理解し始めた時、涼子の頭にふつふつと怒りがこみ上げてきた。

「……こ、このっ、バカハヤトッ!」

 涼子は、目の前で能天気に笑っている隼人の足を、思い切り蹴飛ばした。飛び上がって痛がる隼人。

「あいててっ! ……な、何すんだ! いってえな」

「怒らせるようなことをするからでしょ! やらしい!」

「そんなに怒んなよ」

「まったく、どうしてそんなんだろ、このバカ隼人は」

 涼子は怒り心頭だ。前からだが、本当に色々とからかってくる。

 そんなことやってたら女の子にモテないぞ、と言ってやりたかったが、忌々しいことに隼人は女の子にモテモテだ。それもすべて、あのルックスと運動神経抜群であることが原因だ。勉強はいまいちだと洋子が言っていたが、小学生にとって、そんなことは大した問題ではない。特に運動が得意というのは、男女に限らず尊敬の眼差しを向けられるものなのだ。

 ちなみに「スカートめくり」は、涼子が生まれる前――昭和四十年代には結構流行しており、それから十年ほど経つこの頃でも、まだ流行っていた。女の子にとっては迷惑な話で、いじめ目的でされたりする場合もあった。しかし平成に入って数年もすると、もうほとんど見られなくなり、流行は終息したようだ。

 隼人は、あやすように涼子の頭を撫でながら言った。

「やれやれ、あんなもん大したことじゃないだろ。機嫌直せよ、たたがパンツを見られたくらいでさ」

 涼子は顔を真っ赤にして、ふたたび隼人の足を蹴飛ばした。

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