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お家探検

「わあ、階段! ねえ、お母さぁん、階段がある!」

 玄関から正面に、二階に上がる階段が設置してある。どうやら本当に玄関の上には部屋があるようだ。

「二階があるの? 私の部屋!」

「そこは、部屋にするにはちょっと狭いかなあ。基本的に物置のようなところです」

 大沢が説明するが、涼子は興奮した様子で、階段を登っていった。翔太もそれに続く。

「おい。こら、危ないぞ」

 敏行の声も子供達には届いていないようだ。

 上に上がると、すぐに引き戸があって、それを開けると部屋があった。およそ三畳一間くらいの狭い部屋だ。フロアは板張りで、壁にはベージュの壁紙が貼られている。天井には、むき出しの白熱球がぶら下がっていた。奥には、あまり大きくない窓がひとつだけある。多分玄関の上に見えた窓だろう。

「ここ、私の部屋ぁ!」

 突然、涼子が自分の部屋だと宣言した。

「ダメェ! しょうくんのっ! しょうくんの、なの!」

 対抗して翔太は、フロアにへたり込んで手足をバタバタしている。

「私の方が先だもんね。翔くんは一階よ」

「ちがうの! お姉ちゃんのじゃないもん!」

 必死に抵抗する翔太。言い合っている最中、ふと、ギシギシと音が鳴る。誰かが階段を上がってきた。

「……もう、何をやってるの。ご迷惑でしょ、降りなさい」

 真知子がやってきた。

「私、この部屋がいい」

「ここは部屋じゃないのよ。物置なんだから。いいから降りてきなさい」

 母に咎められ、やむなく降りていくふたり。

 涼子はここが物置なのは知っていた。しかし階段を登った上の、二階にある物置というのは使い勝手が悪く、あまり物が入れられていなかったこともあって、前の世界では、秘密基地のごとく遊び場だった。小学生の頃は翔太とよく遊んだものだ。

 降りてくると、敏行が奥の廊下から出てきて「おぉい、こっちだ」と、手招きしている。南向きの玄関を入ると、すぐ左——西に向かって廊下が伸びる。その一番手前のドアを開くと応接間があった。六畳間くらいの広さで、そう広い部屋ではない。南面に大きめの窓もあり、明るい部屋だ。床はフローリングになっている。壁紙は白い。ただ古いせいか、真っ白ではなく全体的に薄っすらと変色している。北側の入り口のドア以外に、西面には引き戸があった。そこを開けると、その先は和室になっていた。

「こっちも部屋があるよ!」

 涼子は和室に入ると、振り向いて大人たちに向かって言った。

「そっちは和室ですよ。さらに奥にもう一間あります」

 いう通り、奥にも襖が見える。その向こうにも部屋があるのだろう。

「古い家だと聞いていたものですから、どんなものかと思ってましたが、綺麗な家ですわ」

 真知子は大沢に笑顔で言った。

「いや、古いのは古いんですよ。ただ、子供が家を出てから、掃除だけして使っていない部屋もありまして――気に入ってもらえると嬉しいです」

「なあ、いいだろう。これに工場まで付いているんだぞ。初期出費は大きいかもしれないが、かなり魅力的だ」

 敏行は、改めて買う気満々のようだ。

 それから台所や、もう一室ある廊下の北側の洋間などを見て回り、一度玄関まで戻ると、「今度は工場を案内します」と大沢が言った。


 工場は家から斜め南――南西の方向にある。来るときに外観は見ているので、場所は教わるまでもない。すぐそこにある。家の庭から工場の敷地は、家の西側からすぐに歩いていけるのだ。

 大沢に連れられて、南側の、工場の正面にやってきた。高さ四、五メートルはあるだろう、大きな鉄の扉が涼子の目の前に立ちはだかっている。

「わあ、大きい……」

 涼子が扉を見上げて呆然としていると、

「扉を開けますね」と言って、大沢がポケットから鍵を出して、扉の中心に取り付けられた南京錠を開錠した。南京錠を外すと、大沢が扉の取っ手を持って、片方の扉を開けた。それを見て、反対側は敏行が開けた。

 中の様子が晒される。無機質な空気に支配された仕事場が、少し前の廃業時のまま残されていた。

「コーバだ、コーバ!」

 涼子は、大人たちの間をすり抜けて一番に中に入っていった。

「こら、危ないから走り回ったらだめだぞ!」

 敏行は慌てて涼子を止めた。

「お父さん、あれ何? あの大きいの」

 涼子は大きな工作機械を指差した。

「あれはプレスだな」

「プレス?」

「こういう鉄の板をな、こういう風に曲げるんだ」

 敏行は近くに立てかけてあった小さな薄い鉄板を持ち上げると、それをくの字の曲げるような仕草をした。

「ふぅん、曲げるの……あ、翔くん、危ないよ!」

 涼子はふと、翔太が何かの機械を触ろうとしているのを見つけて注意した。

「チキューケン、デンシギンガギリ!」

 翔太は姉の注意など聞く耳持たず、今度は長さ三十センチ程度の細い樹脂パイプを一生懸命振り回している。

「もう、翔くん! ダメでしょ、危ないからやめなさい!」

 パイプを振り回すのを、やめようとしない翔太に真知子が怒鳴った。隙をついて涼子はパイプを取り上げると、「翔くん、あっちで遊ぼう」と言って、工場の外に連れ出した。



「ちょっと古いものも多いですが……どうですか?」

 大沢は残っている設備や機器をひと通り説明すると、敏行に尋ねた。

「なかなか綺麗ですね。長くやってこられたと聞いていたものだから、もっと建物は古いと思ってました」

「ははは、二十年ほど前に建てた工場でね。以前は木造で、その隣にあったんですよ。この工場を建てた頃は、本当に景気がよくて忙しかったんですよ。夜の十時十一時は当たり前で……」

「高度成長期の頃ですもんね。その頃はみんな忙しかったって聞きます」

 二十年前といえば一九六〇年頃、特に経済成長が著しかった時期である。一九六四年の東京オリンピックはインフラの整備、競技場などの建設、中継を見るためのカラーテレビの需要拡大など、とにかく経済が急成長した時期だ。岡山では、直接オリンピックの影響があったわけではないが、間接的には仕事が山ほどあり、とにかく忙しくて、とにかく儲かった。だが、そのオリンピック景気も、終わってしまえばそんな特需もなくなってしまう。一九七三年には第一次オイルショックで、いよいよ経済は低迷していく。高度成長期の終焉だ。

 大沢鉄工は、この頃も割合仕事はあったらしく、そんなに苦労はしなかったようだ。設備がよく揃っているのもそのおかげであろう。しかし、結局は大沢自身の高齢化に伴う仕事の負担増大と、後継者不在によって廃業を余儀なくされた。

「あの頃は本当によかった。忙しくて目が回りそうだったけど、楽しい日々でした。まあ、私も歳をとってもう引退の時です。これからを担う藤崎さんのような若い方に、がんばってもらいたいです」

 大沢は、あまり変わらない表情の中に、かすかな笑顔をこぼしながら、淡々と語った。



 涼子は翔太を連れて工場の外に出ると、工場の敷地と前の道路の間に流れる用水路の前までやってきた。

「翔くん、お魚いるよ。ほら、あそこ」

「わぁ、サカナ、サカナ!」

 翔太は、五、六匹が編隊を組んで泳いでいる姿をみて、嬉しそうに叫んだ。

 涼子は、はしゃぐ弟の隣で周辺の景色を眺めた。秋も終わり、もう寒い冬である。しかし今日は風もなく、日がよく照っていることもあって、外はポカポカといくらか暖かい。

「翔くん、あっち行ってみよ」

 涼子は東隣にある畑のあぜ道を歩いて、その向こうの道へ向かった。その道は、奥に入ると、新しい家の入り口の方に向かう道だ。

「お姉ちゃぁん、まってぇ!」

「こっち、こっち」

 涼子は振り向いて、あぜ道の上で手を振った。が、うっかりバランスを崩して畑の方に尻餅をついた。畑には何も植えていなかったことと、土は乾いていたので、服も大して汚れることもなかったのは幸運だ。

「あちゃあ、こけちゃった」

 尻餅ついたまま照れ笑いをしていると、涼子たちに気がついたのか、道の方から女の子がやってきた。

「ねえ、大丈夫?」

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