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決着

「よし、このまま乗り込むぜ!」

「ええ、行きましょ!」

 金子芳樹は、仲間の少女と一緒に公園に急いだ。

 ――あの角を曲がった先だ。ふふん、楽勝だぜ。

 芳樹は勝ち誇った気分でいた。憎たらしい公安を翻弄してやることができた。……しかし、すぐにそれどころではない事態を目にした。

 彼らの目の前に一台の車が止まっていた。からし色のセダンだ。それは作戦前に聞いていた車の特徴に似ていた。嫌な予感がした。

 どうしてこんなところに止まっているのか――ここにあってはならないはずだ――それに、車の中には誰もいなかったからだ。

 ――どうなってやがる。嫌な予感がする。



「……あ、いた。りょうこちゃぁん!」

 地面にへたり込んだ涼子の耳に、ほのぼのとした愛らしい声が聞こえた。この声の主は知世だ。

「と、ともちゃん……」

 涼子は、どうしてここに? と思ったが、知世はこの辺りの場所はいくらか知っているし、ここにいると思ってやってきたのか、と考えた。同時に、なんか気まずいところを見られたな、と思った。

 知世は、涼子がジローと決闘している場面をよく理解できていないらしい。きょろきょろと、涼子とジローを互いに見回している。

「りょうこちゃんのおともだち?」

 知世は、自分の顔を見たまま、呆けた顔をしている大柄なジローに声をかけた。




「……おい、帰るぞ」

 芳樹は目を伏せ、半ズボンのポケットに両手を突っ込むと、くるりと向きを変えて仲間の少女に言った。

「帰るって……どうして? まだ――」

「ハァ? お前、あれが見えねえのかよ! もう遅え」

 少女は、知世とジローが対面している場面を見て驚愕した。

「あ、あれって……どうして?」

「知るかよ。けっ、ヒデオの役立たずが! まんまとやられちまったな」

 芳樹はふと振り返って、公園の方を見ると、忌々しい奴らだ、と悔しそうな顔をした。

 ――どう、やられたんだ? 公安の奴ら、何をやった?

 考えれば考えるほど、どうして失敗したのかわからない。しかし現実には、あの有様だ。

 ――いくらヒデオが使えねえとしても、そう簡単には失敗するような仕事じゃねえ。――さあて、宮田さんにゃ、どう弁解するか……まったくふざけた話だ。




「え、えっと……ぼ、ぼくは――かたやまじろうと……い、い、いいます!」

 ジローは顔を真っ赤にして、普段とはあまりにもかけ離れた言葉遣いで喋った。声が裏返って、いかにも挙動不審だ。

「ジ、ジロー……くん?」

 涼子は、その様子に何事かと訝しんだ。

「お、お、おおい――。ブ、いや、りょうこちゃん。こ、この……ひとは、だっ、だれですか……?」

 ジローは顔を真っ赤にして、体はカチコチに硬直している。言葉遣いはやはり変だ。――しかも今、私のことを「りょうこちゃん」って……え? ええっ? ちゃん?

「え? ええと、いとこのともちゃん――藤崎知世ちゃんだけど。あの、ジローくん?」

 涼子もそうだが、タツヤたち子分も皆、唖然としていた。ポカンと口を開けたまま、その場で硬直していた。

「あ、あの! ぼ、ぼくは! ぼくは、ジローっていいます!」

 ジローは、姿勢を正して、改めて自己紹介を始めた。

「ジローくん? ともよでぇす。よろしく!」

 知世は満面の笑みで、ジローのそばにやってくると、極度の緊張で硬直しているジローの手を握った。

「りょうこちゃんのお友だちは、ともよのお友だちなの。なにしてあそんでいたの? ともよもいっしょにあそびたいの」

「う、うん! いっ、いっしょに、あっあそぼうよ!」

 手を握られたジローの顔は、もはや真っ赤に熟したトマトのような状態だ。

「りょうこちゃん、お友だちがふえたよ! わぁい!」

 知世は無邪気な笑顔で嬉しそうに言った。

「そ、そう。えっと、ま、まあ……なんというか——ともちゃん、よかったね……」

 涼子は、どう反応したらいいのか判断ができず困惑している。この突然の急展開は一体なんだろう? 

 とにかく、ジローの急変ぶりがあまりにも凄すぎて、この状況についていけてない。予想だにしていなかった状況に困惑しかない。


「涼子ちゃん、大丈夫?」

 そんな最中、悟が戻ってきた。背後に真知子の姿も見える。

「涼子、どうしたの? 何かあったの?」

「あ、お母さん。ごめんなさい、勘違いだったの」

 少し心配そうな表情の母に弁明する涼子。

「勘違い?」

「ジローくんとね、喧嘩になるかと思ったんだけど、違ったの」

「ぼ、ぼくとりょうこちゃんは、おともだちです!」

 ジローは、真知子の前に一歩乗り出すと、少し照れ臭そうに友達宣言した。

「そうなの? 次郎くん、涼子と仲良くしてくれるの?」

「う、うん! それで、ええと――と、ともよちゃんもともだちです!」

「まあ、ともちゃんも。ともちゃん、よかったわねえ。たくさんお友だちができて」

「うん!」知世は笑顔で返事した。

 真知子は嬉しそうだった。問題児だったジローが、思ったよりいい子のように思えていた。今までの傍若無人な印象がまるで感じられない有様に、一体何があったのだろうか、とも思ったが、みんなで仲良くしている様に、すぐにそんなことは気にしなくなった。

 なんだか、みんな仲良く終わりそうで、まあよかったのかな? と一応納得した。

 それにしても、知世が来てくれて本当によかった、と思った。

 そして、前の世界では「ジローに負かされて、そのまま仲が悪いまま終わってしまった」のに、なんとジローと友達になってしまった。

 どう考えても、ジローは知世に一目惚れしてしまった様子だ。まさかあんなに簡単に、態度が豹変してしまうとは驚きだが、単純なジローのことだから、まあわからないでもない。

 悟はそんな様子を、皆から少し外れたところで嬉しそうに見ていた。



 宮田という少年は、黒縁眼鏡を無意識に触ると、目の前にいる五、六名の仲間たちに向かって、ゆっくりと口を開いた。

「面白くない事態だ。我々は、重要な『因果』をひとつ踏ませてしまった」

 宮田少年は、鋭い目つきで仲間たちを見る。無表情に見えるその顔には、よく見れば、わずかながら不満を帯びているように感じられた。

「公安が本格的に動き出した。まだどのくらいの勢力はわからんが、どうすんだ?」

 芳樹が言った。

「今回の『遡行』は、公安が起こしたことだということは、ほぼ間違いないだろう。ならば、奴らが準備した上で起こしていることは、やはり想像に難しくない。我々の妨害も、もちろん織り込み済みだろう。今後は益々困難になっていく」

 宮田がひと息入ったところで、ヒデオが口を挟んだ。

「今回用意された車は、どうして公安が入り込んでいたんだ。俺はてっきり仲間かと……」

「不手際だった。携帯電話もネットも何もない、この昭和の時代では、確認するのも困難だ。奴らに潜り込んで来られたら、どうにもならない。ただ――どうやってこちらの計画を奴らが知ったか、それが問題だ」

 宮田はそう言って、しばらく考え込んだ。

 ――様々な可能性が考えられるが、どちらにせよ、やはり『巫女』が手元にないのが痛い。この時代の技術力で、どこまで再現できるのか不明だが、ともかく早急に完成させなくてはならない……。




 翌日、幼稚園ではいつもと違う朝だった。

「りょうこ! ココロのトモよ、おはよう!」

 ジローは、涼子の姿を見つけると、明らかに今までとは違う嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。

「あ、うん……ジローくん、おはよう」

 涼子は、ジローのあまりの変貌ぶりに動揺を隠せない。そんな涼子の様子など御構いなしに、異様に気分が高揚している様子だ。が、突然に涼子のそばに寄ってくると、声を小さくして話しかけてきた。

「おれたち、ともだちだよな! ……で、あの」

「な、なに?」

「と、と、ともよちゃんは……いえはどこなのかな?」

「家? まさか遊びに行きたいわけ?」

「い、いや。そういうわけじゃ……まあ、あの、その……」

 もじもじしながら、顔を真っ赤にしているジロー。

 ――こりゃ、相当だねえ……。

「遠いから、いつでも遊びには行けないけど、今度来ることになったら、教えてあげる」

「ほ、ほんとか! やっぱトモダチだよな!」

 ジローは思わず涼子の手を握った。さぞかし興奮しているのか、手が痛い。人間、変わるときは変わるもんだなあ、とジローの顔を見て思った。


 涼子とジローが仲良くなる、という前の世界ではなかったことが起こってしまった。これはジローが知世に惚れてしまったことが原因だが、その知世は、前の世界ではもうこの世にはいなかった。言い換えると、知世がいるから未来が変わってしまった、とも言える。

 この事実に思い至ったとき、ふと涼子の頭に疑問が浮かんだ。このことが、またこの先にさらなる『前の世界と違うこと』が起こってしまうのだろうか? 知世がいることで、一体どうなっていくんだろう?

 謎だらけの中、ただ流されていくしかない涼子は、漠然とした不安の影を感じながら、この先も生きてゆかねばならないのだった。

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