妨害
「悟くん、どうしたの?」
涼子は、悟が妙にキョロキョロしているのに気がついた。
「ううん、別になんでもないよ」
悟は気の無い返事をした。しかし涼子には、何か――いや、誰かを探しているようにも見えた。
――前からそうだけど、どこか普通じゃない印象があるんだよね。
涼子は、悟のことをそう思っていた。及川聡美のこともそうだけど、なんというか……時々、他の幼稚園児より大人びた印象を受けることがある。もちろん思い違いということも考えられるのだが……。
涼子はそんなことを考えて、ふと違う方向に顔を向けたその時。
「あれは……」
涼子は見覚えのある人物を見つけた。久しぶりだが、まだ顔は覚えている。その人物は小島孝子だ。去年までジローの家で家政婦の仕事をしていた女性である。
「どうしたの?」
ふと、悟が言った。そして涼子の見ている方向を見ると、あっ、という顔をして涼子の顔を見た。
「あの人って――」
「あの小母さん、ジローくんの家の人……わあ、懐かしいな」
涼子は声をかけようと、近づこうとした。
しかし、小島孝子にひとりの男の子が近づいてきた。少し生意気そうな子だ。涼子と変わらない年頃に見える。その男の子は、なにやら話しかけると小島孝子の手を引っ張って、そのまま連れていこうとした。そのまま男の子に手を引かれて歩き出す。涼子も声をかけようとしたその時、真横からドスンと強い衝撃があって、転倒した。
「ちょ、ちょっと! ――なぁに?」
尻餅をついた涼子が体を起こすと、自分にもたれかかるように翔太がいた。
「もう、お姉ちゃん! じゃまぁ」
翔太の方からぶつかってきたくせに、逆に非難した。
「翔くんがぶつかったんでしょ。もうっ!」
「涼子ちゃん、大丈夫?」
悟が手を出して、立ち上がるのを助けてくれた。
「おおい、怪我はしとらんか?」
祖父も、友里恵と一緒にそばにやってきた。
「ドジねえ。気をつけなさいよ」
友里恵がそう言いながら、涼子と翔太の服についた土埃を払ってくれた。
「悟くん。小母さんは?」
「行っちゃった。誰か子供と一緒だった」
そう言う悟は、少し悔しげな風に思えた。
「小母さん……うぅん、さっきの男の子、小母さんの子かな?」
「うぅん、どうだろうね」
悟はそれだけ言って、多分小島孝子が去って行った方角を眺めた。
「悟くん、どうしたの?」
涼子は真剣な顔の悟を見て言った。
「いや、なんでもないよ。お話したかったね」
「うん、まあしょうがないか。ジローくんにいいお土産だったんだけど」
そう言って、少し意地悪そうな顔をした。
「——ね、ねえ。どうしたの? ぼく、どこの子?」
小島孝子は、こんな小さな子が随分強引に引っ張って行くものだから、この子は一体なんだろう、と思った。
「おばちゃん、こっちに来てほしいんだ。こっち、こっち」
ヨシキはそのまま公園の外に連れ出し、しばらく引っ張っていった。公園が見えないくらいの場所までやってくると、「これなんだけど……あれ?」と周囲をキョロキョロと見回した。
「どうしたの?」
「あれ、おかしいなあ……さっきまであったのに」
「何があったの?」
「ええと、こんなかんじで、こぉんな……」
ヨシキは意味不明な手振りで説明しようとした。
「うぅん、それじゃわからないわ……」
幼児のよくわからない行動に困惑する小島孝子は、しばらくの間どうにかしようと思案した。しかし、「もういいや!」とヨシキが言ってそのまま立ち去ってしまった。
「あ、ぼく。ちょっと――」
あっという間にいなくなってしまった。その場に呆然と立ち尽くす小島孝子。
「なんなのかしら……」
「あぶねえ……ギリギリだった」
ヨシキは先ほど合流した高校生の少年と一緒にいる。ヨシキは、とりあえずなりふり構わず引き離してしまう行動に出たが、うまくいったようだ。
「やるじゃないか。奴らも探そうとまではしていないぜ」
「まあな。ただ――気がついていた。だから強引に引っ張っていくしかねえと思ってな。しかし奴らの勘、鋭いな。本当に偶然なのか? どうなってんだ?」
「基本的にはそうなる『流れ』があるからな。それでも奴らのことだ。察知していてもおかしくない」
「おいおい、マジでありえねえだろ。じゃあ、もう行動に移ってんのか?」
ヨシキは驚きを隠せない。
「ありえない話じゃないだろ。奴らは確実に『跳躍』している。誰がどれだけ『跳躍』しているのかはわからんがな。あちこちで博士に、『因果』を踏ませるために行動していてもおかしくないぜ」
高校生の少年は冷静に分析した。彼らの野望にとって障害となる勢力は、すでに行動を開始しているはずだった。
「けっ、予定よりだいぶ早いんじゃねえか。どれだけ奴らがこの岡山に集まって来ているか……朝倉のおっさんはまだ北海道だろ?」
「ああ。それから、この時代じゃあ、おっさんじゃないぞ。お前と同い年のはずだろう。朝倉博士は」
「そんなん、どうでもいいだろ。この先もどうなるか、わかったもんじゃねえな。やれやれ、苦労するぜ」
「まあ、そういうな。時間とともに我々も仲間が増える。あとは『神託』通りに奴らの妨害をしていけばいいはずだ」
「その『神託』が怪しいんだよ。振り回される身にもなってみろってんだ」
ヨシキは、そう言って蒸し暑い夏の空を見上げた。
まだ夕暮れには早い午後四時。内村政志の車がやって来て、友里恵を連れて帰った。友里恵は、父が「もう帰るぞ」と言っているにもかかわらず、ゴネて居続けた。結局、三十分ほど経ってようやく帰ることになった。それから一時間ほど後に、今度は涼子たちが自宅に帰る番だ。涼子は後部座席の窓を開けて、笑顔で見送る祖父母に手を振った。
「おじいちゃん、さようならぁ!」
「またおいで。いつでも待っとるからのう」
祖父母はニコニコと笑顔で孫たちを送り出した。涼子は、祖父母が見えなくなるまで、窓から体を乗り出して手を振っていた。
「涼子ちゃん、危ないから座ってなさい」
と、真知子から注意されると体を引っ込めて、後部座席に座った。
「また来れるかなあ。おじいちゃんとおばあちゃんの家」
涼子が楽しそうにそうつぶやくと、助手席の真知子が
「また来れるわよ。いつでも待っててくれるわ」
と笑顔で言った。
「ほんと? 明日は行けるかなあ」
「それはちょっと早すぎるわねえ」
真知子は苦笑いした。
「なあ、どうせだから二号線を帰ることにして、途中で大阪屋に行って晩飯食べるか?」
「そうねえ。時間もちょうどいいし、そうしましょ」
「わぁい! 大阪屋!」
涼子は嬉しそうにはしゃいだ。大阪屋は備前市の国道二号線沿いにあるレストランだ。和食から洋食、麺類に寿司、丼物などメニューが豊富で、涼子などは毎回どれを食べようか迷う。備前の祖父母のところに行くと、よく帰りにここで食べて帰ることが多い。
涼子は備前の祖父母の家に行くときは、いつも楽しみのひとつだった。
「よっしゃ、じゃあ行くぞ」
敏行は、国道二号線に続く道路に出てくると、後ろから聞こえてくる子供達の嬉しそうな声に、気分をよくしてアクセルを踏み込んだ。




