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近づく影

 公園には、涼子と近い年頃と思われる子供が遊んでいた。

「きぃぃんっ!」

 男の子は両手を真横に伸ばして走り回っている。アラレちゃんの走り方を真似ているようだ。

「ほよよ!」

 一緒に遊んでいる別の男の子も、アラレちゃんの真似をしている。

 どうやらこの辺の子供たちは「Drスランプ」が人気のようだ。

 この一九八一年の四月から放送された「Drスランプ アラレちゃん」は放送開始以来、高い人気を誇っており、もちろん涼子たちの間でも非常に人気が高い。「んちゃ!」や「ほよよ」などの口癖を真似する子供も多く、大変なブームだった。今のような夏頃は、エンディングテーマ曲が「アラレちゃん音頭」という通常とは別の曲に変わっており、この歌がまた大変な人気で、日本各地の夏祭りの盆踊りで流された。ちなみに、岡山には「岡山ちびっこ音頭」がある。岡山県民なら大抵は知っているはずだ。

 もちろんだが、このアニメの原作は週刊少年ジャンプで連載されていた、鳥山明の「Drスランプ」である。当然原作漫画も凄まじい人気を誇り、当時の少年漫画を牽引する存在だった。

 ここで、目立ちたがりな子供なら、「んちゃ!」って言って、あの男の子たちの輪の中に入って行くのだろうと思うが、涼子にはできなかった。涼子にできないのは、もちろん思考が大人なので、やはりそういう子供っぽいのは気恥ずかしいというものがある。

 ふと、翔太が涼子の前にやってきた。そして、「んちゃ!」というなり遊んでいた男の子たちの元に走っていった。そして、その子たちと一緒に遊び始めた。

「翔くんは元気ねえ」

 友里恵は、走り回って遊んでいる翔太を見てつぶやいた。

「やっぱり子供は元気が一番じゃのう」

 祖父はそう言って笑った。



「——おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

 顎に傷のある少年は、一緒にいる高校生くらいの少年にむかって言った。

「宮田さんはそう言っているんだ。間違いないはずだ」

 高校生くらいの少年は、当然だろう、とでも言いたげだ。

「間違いないっていうがなあ、その根拠はなんだよ。こんなスマホはおろかケータイすらないアナログな時代だぜ」

「でも宮田さんの計画は完璧なはずだ。ただ、今は『巫女』が完成していないんだ。少々の苦労はやむを得まい」

「チッ、まったく。それにオレは幼稚園児だぜ? どこの世界に、幼稚園児を実働部隊に使う組織があるんだ?」

「ここにあるだろう。あんたは幹部だが、まだ『跳躍』できている人間は少ない。誰でも働いてもらわんとな。結局、金で外部の人間を使うのも限界があるし」

「……それはいいんだけどよ。まあそれよりも——あの、小島孝子だったか……。どこだ?」

 顎に傷のある少年は周囲を見渡して、小島孝子を探した。

「この辺で間違いないんだろうな?」

「ああ、幼い頃の及川博士と小島孝子が、この備前市で偶然に再会して、『因果』を踏むことになるらしい」

「せっかく引き離したのにな。どうしてそうなるんだ」

 少年は、不満げにつぶやいた。

「この状況はあらかじめ予測されていたことだ。ひとつづつ潰していくことになる。とにかく探そう。会わせたら一歩後退するんだ」


 ふたりは中学校の近くにある公園にやってきている。

「この公園か、向こうの商店のどちらかということだ」

「ガキが何人かいるみたいだが、奴じゃないな。時間はどうなんだ」

「時間はわからん。それがわかれば苦労はない」

「けっ、役に立たねえな!」

 顎に傷のある少年は、吐き捨てるように愚痴った。公園にはそんなに人はいない。田舎の公園なんてそんなものだ。

「……なあヨシキ。お前、大丈夫なのか?」

 高校生の少年は、ふと相棒に声をかけた。

「何が?」

「親とか。幼稚園児が親元離れていいのか?」

「うちは問題ねえよ。ロクでもねえ親だしな。親父は見たこともねえ。お袋はな、昼はヤクザの愛人のところで、夜は身体売ってんだ。クソったれだぜ」

 ヨシキと呼ばれた少年は、完全に放任主義の家庭らしい。しかもあまり社会的には厳しい立ち位置の家庭のようだ。高校生の少年は、あまり詳しくは聞こうとしなかった。

 ヨシキは、公園の様子に特に変化がないことに、これ以上ここにいても無駄かもしれない、と考えた。

「……公園じゃねえかもな。商店の方に行くか?」

「その方が賢明かもしれん」

 ふたりは、もう一箇所のポイントである商店の方に向かうことにした。どうも公園にはいそうにない。

 歩き出すふたり。ヨシキは、ふと無意識に後ろを振り返った。そこには、見覚えのある顔が映った。

「おいっ」

 ヨシキは、相棒を公園の滑り台の影に押し込んで、ふたりとも身を隠した。口に人差し指を当てて、静かにしろ、と注意した。

「な、なんだ? どうしたんだ」

「奴がいる。見ろ」

 ヨシキの指す方向を見ると、そこには涼子たち一行が公園にやってきたところだった。悟を加えた、大人ひとりに子供が四人。友里恵は少し不満そうに少し後をついてきている。

「及川博士か? あの子供は」

「ああ、前に写真で見たが間違いない。……ちっ、遅かったか」

「どうする? これで小島孝子が公園にやってきたら、もう阻むのは難しくないか?」

「でもどうにかするしかねえ。ここで『因果』を踏ませるわけにゃいかねえんだろ」

 ヨシキは難しい顔をした。

「小島孝子も、博士を見かけたら気がつくだろうな」

「当然だろ。そうなったら『因果』が成立する。そうしたら、俺たちの野望は一歩だけ後退する。めんどくせえ話だ」

 ――忌々しい。ヨシキは遠くに見える涼子たちの姿を見て思った。が、次の瞬間、ヨシキは目を見開いた。

「げ、やべえ!」

 ヨシキは見つけた。……小島孝子だ。あの女を、子供の頃の及川博士と会わせてはならない。すぐにヨシキは駆け出した。宮田には「絶対に会わせるな」と言われているのだ。このままではまずい。

 ――こうなったら一か八かだ!

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