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争奪戦

 六年生の卒業式も近い二月二十八日、この日は加納慎也の誕生日だった。家で誕生日会をするらしい。加納の友達――側近たちが午後から加納の家に行くようだ。

 涼子は当然呼ばれていない。まあ、そもそも男子の誕生日会に呼ばれるなんて、よほど仲のいい子に限られる。

 まあそれはともかく、相変わらず毎日探していたリセットボタンだが、結局まだ見つかっていない。涼子たち数人は、学校にはない、と考えており、まともに探そうとしていない。杉本の側も同様で、日に日に捜索に加わる人数が減っていった。

 だが、前に加納が言っていたことによると、翌日の三月一日に、「リセットボタン」の隠し場所を発表するという。


 翌日の三月一日、日曜日。とうとう「リセットボタン」がどこに隠してあるのか、加納が公開する。

 九時に学校に集合と打ち合わせていたので、それに間に合うように朝食に歯磨きに着替えを終わらせて、のんびり時間を待った。八時半頃に悟が来るので一緒に行く約束をしていた。

 ちょうどその時間に悟がやってきた。すぐに出てきて一緒に歩いて学校に向かった。

 真冬の頃に比べていくらか寒さも和らいできたかと思うが、それでもやっぱり寒い。昼頃になればもう少し暖かくなるのだろうが。

「あのリセットボタン、本当に機能するんだろうか」

 悟が歩きがてらつぶやいた。

「結局見つからなかったし、どういうものなのかもわかんなかったね」

「杉本たちに渡すのはまずいだろうし、相当な争奪戦になるかもね」

「だよねえ。私たちは押すのがいいのかな。それとも押さないほうがいいのかな?」

「どうだろう。彼らに渡すわけにはいかないのは間違いないだろうけど、僕らがどうするかは……」

「難しいね」

「うん……」


 午前九時過ぎ、涼子たちは全員が学校に揃った。学校のどの場所に居たらいいのかはわからなかったので、運動場の真ん中にいた。

 運動場は日曜日でも、時々生徒などが遊びに入ることがあるが(扉のない出入り口も数箇所あり、侵入は容易だった。正門は施錠しているのに……)今日は特に人の姿は見えない。しかしこれは好都合だ。

 そして、杉本たちも同様に勢揃いしていた。とはいえ十人ほどしかおらず、仲間全員で来ることはできなかったようだ。

「ふん、邪魔な連中が来たもんだ」

 杉本は朝倉の顔を見るなり、嫌味ったらしく言った。しかし朝倉も負けていない。

「邪魔で悪かったな。お詫びにお前たちを、とことん邪魔してやろう」

「クソッタレ! いちいちムカつくガキだ!」

 苛立ちが収まらないが、周りの仲間が止めた。

 それからしばらく、お互い睨み合いのまま時間が過ぎていく。


 午前十時、加納たちは時間ぴったりにやってきた。他に五、六人の側近を引き連れている。

「皆さん、おはようございます。どちらもお揃いですね」

 加納は笑顔で言った。

「挨拶はいい、さっさと教えろ。どこにあるんだ」

 杉本は焦っているようだ。実は思ったほど人が集められず、山田も来ていない。朝倉たちより人数は多いものの、争奪戦になると、かなり手こずるかもしれないと心配していた。

「落ち着いてください。焦ってもどうにもなりませんよ」

「クッ……」

 杉本は不満げな表情を浮かべながら黙り込んだ。


「――では、リセットボタンの場所を発表しましょう」

 加納の言葉に、一同は皆緊張が走る。そして、加納は一点を指さした。皆が一斉にその方向を見る。

「それは……あそこにあるのです」

 その指さした方向には、ローラー滑り台があった。

 このローラー滑り台は、金属製の遊具で、高さは四、五メートルあり、台の周囲にはタイヤがチェーンで固定され、上下に無数にぶら下げてあって、そこから上へよじ登っていくこともできる。上から落ちたら大怪我しそうだが、こういう遊具はこの時代の由高小学校には普通に設置されていた。令和の現在では、すでに撤去されているが。

「おい、あそこは何度も探したぞ。どういうことだ!」

 大島が怒鳴った。

「――これよ」

 そう言って、滑り台の上から人影が姿を見せた。加藤早苗だった。そして、その手には、まさにあの「リセットボタン」があった。

「実はもっと別の場所に置いていたのですが……皆さん、全然見つけられないものですから、こうやって取り出してきたわけです。そして今、あそこにあるわけです」

 それが本当なのかは知る術はないが、とにかく、あそこにリセットボタンがある。杉本たちは一斉に滑り台に向かって駆け出した。少し遅れて朝倉たちも走る。それを見た早苗は「捕まえられるものなら、捕まえてみなさいよ!」と叫ぶなり、滑り台を降りていった。

 早苗は降りるなり駆け出し、北側の丸太の遊具に隠れつつ逃げる。

「おい! 早く捕まえろ!」

 杉本が叫ぶ。

 すぐに早苗を取り囲むべく二面作戦で挟み撃ちにしようとした。が、なんと早苗はリセットボタンを力一杯放り投げた。砂場のある方で、その砂場の上に落っこちた。それをどこに隠れていたのか、加納の側近が手に取ると、今度はその側近がどこかに向かって走り出した。

「逃がすな!」

 怒号が響き、学校の運動場で「鬼ごっこ」が始まる。


 加納の側近が、また別の側近に渡し、またさらに別の――と、連携して杉本や朝倉たちに渡さないように逃げ惑う。しかし、ふいをついて佐藤信正が物陰からタックルをかました。バランスを崩して倒れる側近。その手に持ったリセットボタンは転倒した際に離してしまい、それを矢野美由紀がすかさず手に入れた。

「取ったわ!」

「よし、こっちだ!」

 朝倉は美由紀に指示を出し、杉本たちのいない方へ誘導した。

「ふざけんな! 追え!」

 一斉に押し寄せてくる杉本とその仲間たち。しかし美由紀は、すぐに朝倉の指示する校舎の方へ走っていく。足の速い美由紀はあっという間に校舎の影に消えてしまった。さらに佐藤と悟が杉本たちを邪魔するべく、立ち向かっていく。


 校舎の裏手にやってきた美由紀は、そこにあらかじめいた涼子と佳代に招かれて見えないところに入った。この辺りは在校生出ないとなかなか分かりづらい場所で、身を隠すにうってつけだった。

 すぐに朝倉もやってきた。

「どうだ?」

「大丈夫。これよ」

「よし、見せてくれ」

 朝倉は美由紀からリセットボタンを受け取ると、それをあれこれ見回した。

 見た印象は、ただのスイッチボックスで、中身が入っているのか怪しいくらい軽い。指で軽く叩いてみるが、本当に何も入っていないかのような、怪しげなものだった。

「本当に何かのスイッチとして機能するものかのか?」

 朝倉が首を傾げるのも当然だった。

「ともかくさ、そのボタン……押すの?」

 涼子が言った。

「どうしたものか……はたして、これが……」

 杉本たちはリセットされたくない。これから、世界再生会議を闇の勢力として暗躍させるのに、記憶が消えるともう不可能である。

 加納はリセットしても問題ないと思われる。一応、もう父親が助かったと想定されるので、彼の目的は果たされたと考えられる。その後の将来はなるがままで問題ないのだろう。

 では、朝倉たちは……これを押すことで杉本たちの野望を打ち砕くことができる。これが一番重要なことでもあるので、押すべきだと考えるところだが、自分たちも記憶が消えて、ただの子供に戻ってしまう……それがどこか不安を覚えるというか、引っ掛かるところだった。

 この先、何かまたあるかもしれない。世界再生会議は本当に壊滅に追い込めるのか。もっとも、それもこのリセットボタンが本当に機能するのであればという話ではあるが。

「とりあえず、奴らに渡さないように持っておいたほうがいいんじゃない?」

 美由紀が言った。

「そうだよね。本当にリセットされるのかはともかく、あの人たちに渡さないほうがいいのは確実だと思うよ」

 涼子が言った。

「そうだな。とりあえず、どこかに隠すかしよう。もっと安全な場所で——できたら一度中を開けてみたいな」

 そう言って朝倉が立ち上がると、それと同時に大きな声が聞こえた。

「おい、出てこい!」

 大島の声だ。杉本たちが近くまで追いかけてきたらしい。

「リセットボタンを渡せ! さもないと、こいつらがどうなってもいいのか」

 今度は杉本の声だ。こいつら、というのは、おそらくこの場にいない仲間――悟、佐藤、岡崎の三人だと思われる。足止めを担当していたが、他勢に無勢だし、負けるのは目に見えていた。しかし、おかげで杉本たちに気づかれずに身を隠せている。

「朝倉! このまま逃げろ! 絶対に渡すな!」

 佐藤の叫びが静かな学校に響く。

「うるせえ!」

 大島が佐藤を殴った。殴られた頬が真っ赤に腫れて痛々しい。唇を切ったのか、血が垂れている。

「佐藤くん!」

 悟が心配そうに声をあげる。

「喋るんじゃねえ!」

 大島は、今度は悟を殴った。呻き声をあげる悟。涼子たち女子は、悟の辛そうな声に心配になる。

「……やむを得ないか」

 そうつぶやいて、朝倉は隠れていた物陰から出た。

「お、物分かりがいいな。さあ、その箱を渡せ」

 杉本が得意げに言うが、朝倉は臆することなく箱を掲げて言った。

「そうはいくか。今すぐ佐藤たちを解放しろ。さもなくば、これを押して、すべてをリセットする」

「は、はぁ? お前、何を言っている……お、おいっ! 待て!」

 杉本は慌てて、今にもボタンを押そうと指を伸ばす朝倉を制止しようとする。

「さっさと解放しろ。いいのか? リセットされても」

「わ、わかった! わかったから押すな」

 杉本は佐藤たちを解放した。朝倉はニヤリとした。が、次の瞬間後ろから強烈な衝撃を受けた。

「うぐっ!」

 倒れ込み、リセットボタンを落とす。それをすかさずキャッチし、不敵な笑みを浮かべる者がいた。

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