運命の日
二月二十一日、当日。午前中は学校で、事故は夜中だ。なんと、涼子はまだ決めていない。午後にみんなに集まるから、その時に決めると伝えている。
こんなに迷うような性格ではないのだが、内容の曖昧さや重大さの加減が微妙で、むしろ迷ってしまったようである。
もうこうなっては、いくら考えても一緒だ、と考えて、もう頭の隅に押しやった。それで、午後にみんなに発表する際の直感で言ってしまおうと考えた。だからもう難しい顔をせず、休み時間も友達と楽しくおしゃべりした。
——もうこうなったら、なるようになっちゃえ!
もうそんな気分のようだ。
午後、学校から帰ってくると、集合時間までに少し時間があったので宿題をやった。
その後、時間が来たので作戦会議に参加するために、いつもの集合場所へ向かうが、その途中、横山佳代が慌てた様子でやってきた。自転車を一生懸命漕いできたのだろう、ゼエゼエと息を切らしている。
「りょ、涼子! 大変よ」
「何かあったの?」
「加納くんのお父さんが、もう釣りに行くことになったのよ」
「え? 夜じゃなかったっけ」
涼子は驚いた。
「そうよ。なのにもう行くっていうんだから。加納くんたちも慌ててるみたいよ。聞いてたことと違うって!」
どうやら予定していたように、ことが起こってくれなかったようだ。今夜、夜釣りに行くはずが、もうこれから釣りに行こうとしている。もちろんひとりではなく、富岡絵美子の父親と一緒である。
「やっぱり予想通りにはいかないのね」
涼子は、一筋縄ではいかない急展開に思わず愚痴った。
こうなっては会議どころではない。佳代は涼子に「ついてきて!」と言って自転車を走らせた。涼子もそれに続いて出発した。
加納の父親と絵美子の父親は、荷物一式を車に積み込むと、南の方へ向かって車を走らせた。吉井川東岸側の河口付近まで行くらしく、これは知っている未来通りだった。
突如、それを見送る羽目になった加納は、何度か今は行かないようにあれこれ理由を付けて説得するも、まったく効果はなく、そのまま出発してしまった。
渋い顔をする加納。
「これは、いったいどういう……ことなんでしょうか?」
加納の側近が唖然とした様子でつぶやいた。
「私にもさっぱりですね。杉本に計られたか……」
側近とは裏腹に、加納は落ち着いた様子だ。
「加納さま。とにかく我々も後を追った方が」
「そうですね。場所はおそらく同じ場所でしょう」
加納たちはそれぞれ自分の自転車に跨り、すぐに後を追った。
同時期、杉本たちも右往左往していた。
「なんでもう行ってんだ!」
「わ、分からねえよ! 俺もどういうことだか……」
「くそっ! どうなってんだよ」
杉本は仲間の襟首を掴んで八つ当たりした。しかし、自分たちの計画通りにはことが進んでいないことに焦りが見える。どうしてこうなったのか不明だが、山田の計画であるだけに、何か間違ったことをやってしまっていても不思議はなかった。
しかしそんな呑気なことは言ってられない。はっきり言って、色々とまずい事態だ。これは、加納との約束を反故にしたと見られる可能性がある。イコール、杉本の野望を妨害される可能性がある。
自分たちの想定では、こうはならないはずなのに、このままでは本当にまずい。どうにか事態を好転させるべく頭を使うが、いいアイデアは浮かんでこない。困り果てるが、ふと加納はどうしているのか気になった。
「そういや、加納たちは何やっている?」
「すぐに後を追ったみたいです」
「俺たちも行くぞ!」
杉本たちも自転車に乗って現場へ向かおうとしたとき、山田が遅れてやってきた。
「あん? お前ら、何やってんだ?」
「何を寝言ほざいてんだ! 加納の親父がもう釣りに行ったぞ!」
山田の能天気な言葉に、杉本は少し怒りが見えた。
「どうしてだ? 夜のはずだろ」
「知るか! なんか分からんが計画が狂ってんだ。山田、お前も来い!」
杉本が叫ぶと、山田は面倒くさそうに言った。
「行ってどうすんだ。事故は夜だろ。今から起こるわけがない」
「そんな分からんだろ! 今起こったらどうするんだ」
杉本は、コイツは何をほざいているんだ! と叫びたくなった。起こるわけがない、じゃない。今起こってんだ、と言おうとしたが、それよりも先に山田が言った。
「ほっときゃいい。死んじまえば俺たちの計画は成功。もし加納が助けたんなら、またその時対策を考える」
山田としては、事故が起こって加納の父親が死んでしまえば、どちらにせよ自分たちの計画はうまくいくと考えているようだ。
「そんなうまくいくと思ってんのか!」
杉本は怒鳴った。加納にほとんど計画がバレている以上、加納の機嫌を損ねれば自身の野望は潰えたも当然と思っている。それだけに山田の勝手な考えが癇に障った。
「お前、まだ加納が約束通りに議長にすると思ってんのか? いい加減そんな意味のない希望は捨てちまえ!」
「うるせえ! いいから行くぞ!」
杉本は大慌てで駆け出して行った。それを呆れた顔をして見送る山田。
「しゃあねえ、俺も行くか……まったく、何を振り回されてんだ」
涼子と佳代は現地にやってきた。少し向こうに車が一台停まっている。富岡絵美子の父親の車「三菱 ギャランΣ」だ。昨年買ったばかりの新車らしい。よく洗車をしているようでピカピカである。
車の向こうから、矢野美由紀がやってきた。
「佳代、涼子。こっちよ」
そう言って手招きした。
涼子と佳代は自転車から降りると、そこへ停車して走って美由紀の方へ向かった。
「ねえ、どうなってるの?」
「今、向こうで釣りの準備しているわ。加納くんたちがすでに来ていて、見張っているのよ。それから朝倉くんたちも、もう向こうで見張ってる」
「よし、私たちも行こう!」
涼子たちも早速朝倉たちのところへ行った。
朝倉は草むらの陰に隠れて海の方を監視している。また、悟と佐藤も一緒にいた。涼子が来たのに気がつくと、涼子に向けて言った。
「来たか。あれを見てみろ。今さっき始めたばかりだ」
朝倉はそう言って指差した。その指差す方には、ふたりの中年男性が海の方へ向けて釣り糸を垂らしている。ふたりとも、いかにも釣り人らしい格好をしている。距離があるのでどちらが加納の父親なのかはわからなかった。
「ねえ、加納くんたちはどこにいるの?」
「あそこだよ。あっちの堤防がある辺りだね」
悟が言った。見ると、確かに誰か子供と思しき人が見える。数人いるようである。さらに向こうにも人影が見える。杉本たちのようである。
「どうするのかな……」
「多分、事故が起こったタイミングで飛び出して救助しようとか、そんなことだと思うけど――」
ふたりの釣り人は晴天の空の下、のんびりと釣り糸を垂らしている。気温は低く寒いが、よく晴れていることもあって、それほど寒さを感じるわけではないようだ。
「意外と暖かいですなあ」
「よく晴れているからねえ。いやぁ、いいねえ。この時間。ここでちょっとビールでもクィッと」
「おいおいノブさん、そりゃまずいよ。車を運転して帰らないと」
加納の父親はそう言って笑った。
「おっとそうだ。運転しなきゃならんかった。ははは、世の中上手くいかんもんですなあ」
絵美子の父親も大笑いしている。
それから一時間くらいは経っただろうか、釣りをしている中年ふたりは、それぞれ一、二匹くらい釣れたようだが、大漁には程遠いようだ。しかしツマミとして持ってきた枝豆を時々食べながら、のんびり釣りを続けている。
そして涼子たち、ふたりを監視している子供たちは、その間ずっと動かずに続けている。特に加納たちのいる辺りは日陰で結構寒そうだが、そんな様子は微塵も見せずに自分たちの仕事に没頭している。涼子が寒そうに佳代と一緒にお互いの体を寄せ合って、全然見ていないのと比べると大したものだ。
涼子と佳代はお互いのほっぺたに両手を当てて「きゃあ! 冷たい、冷たい!」とはしゃいでいる。それを横目で見て苦々しい顔をする佐藤。遊んでんじゃねえ! とでも言いたげだ。
しかし、ことは突然起こる。
やはり事故は起こった。しかし、絵美子の父親の方だった。
うっかり足を滑らせて、海面に転落してしまった。
「うわあぁぁっ!」
「ノブさん!」
海に落ちるのを見た加納の父親が慌てて駆け出し、絵美子の父親を助け出そうとする。手を伸ばし、しっかりと掴むと、「今助けるからな!」と叫んで、持ち上げようとした。しかし持ち上がらない。
ふたりはどうなってしまうのか。




