協力か妨害か
空き地にはすでに加納たちがいた。十人くらいだろうか、それなりの数がいる。対して杉本と仲間は五人しかいない。少し心ともない。
「よう、一体何の用だ? 親父さんは救えたのか?」
杉本は知らないふりをして言った。
「いいえ、救えませんね——まだ」
加納の声が冷たい。杉本は少し鳥肌が立った。また、これは全部筒抜けのようだ、とも思った。
「まだとは?」
「来週ですから。昨日ではありませんよ」
「そうなのか? じゃあまだ――」
杉本の言葉を遮って、氷のように冷たい加納の声が割り込んだ。
「無駄な話はもういいでしょう。本題に入ります」
「な、なんだよ。どうしたんだ?」
嫌な空気が漂い始めたことに、不安を覚え始める。
「あなたたちの計画はもうすべてわかっています。よくもまあ、ここまで騙し続けられたものです。これは素直に称賛して差し上げましょう」
そう言って、加納はパチパチと軽く拍手した。しかし、加納の側近たちの表情は、杉本に対する敵意で満ちている。油断すると袋叩きに合いそうで恐怖を感じた。
にもかかわらず、すべてがバレてしまったと考えると吹っ切れてしまったのか、妙に心が落ち着いた。
「わかっちまったか。まあバレちゃあしょうがねえわな。それで、俺らをどうするつもりなんだ?」
「どうもこうもありません。これまで通り、私の計画に手を貸してください。それだけです」
杉本は耳を疑った。自分たちが密かに邪魔しようとしていたのだ。それをなんの咎めもなく協力しろという。自分たちが本当に協力するとは限らないというのに。重要なところで裏切るかもしれないのだ。
加納慎也……ただの馬鹿か、相当な自信があるのか、杉本は訝しんだ。
「おいおい、何考えてやがる。さては油断させておいて、どこかでヤっちまう計算だろ。その手は食わんぞ」
杉本の横から山田が乗り出してきて言った。山田は何か裏があると疑っているようである。
「いいえ、私の計画を成功させるためには、あなた方の力が必要なのですよ。だからこうしてお願いしているのです」
加納は落ち着いた様子で言った。その様が余計に何かの謀略があるのでは、と疑念が湧いてくる。山田はあくまで疑っているようだが、杉本はそこまでは考えていない。初めは、もはやこれまでか、なんて考えもしたが、もしかしたら、一発逆転で望ありかもしれないと思った。
「俺の目的は世界再生会議の議長に就き、裏の支配者となることだ。これさえできれば、いくらでもお前の力になってやる」
「お、おい――杉本、ちょっと待て! お前はなんでそんなに軽率なんだ!」
山田は信じられないという顔で言った。
「バカ言うな、お前は疑い過ぎなんだよ。俺は俺の目的さえ達成できれば問題ねえ」
「そう思わせといて、寸前で足を掬うのがこのガキだろ! 今まで何を見て来たんだ」
「考え過ぎだってんだ!」
途端に口論を始めるふたり。加納とその側近たちは、「ヤレヤレ……」と呆れた様子で、その様を見ている。
「どうしますかね?」
加納が言った。
「俺は協力する」
杉本が言った。その言葉に驚愕する山田。
「おい! 本気か?」
「本気だ。どちらにせよ、このままだと俺は議長になれん。こうなった以上、協力する」
「まったく、バカなやつだ――まあ、しょうがねえ。おい加納。ちょっとでも変なマネしてみろ。こっちにも手はあるからな」
杉本が合意したことに、山田は不満を感じているようだ。
「ええ、もちろんあなた方は組織を好きなようにしてくれて構いません。では、そういうことで。具体的な作戦は明日にでも話しましょう。今日はこの辺で」
加納は表情を変えずに言うと、側近たちに合図してこの場を立ち去っていった。
が、ひとり残っている。加藤早苗だ。早苗は不敵な笑みを浮かべつつ杉本たちに近づいていった。
「あんたたちが何をしようとも、すべてお見通しよ。今度妙な真似ををしたら只では済まないわ。覚えておくことね、ふん!」
そう言って、すぐに加納の後を追って去った。
「チッ、あのクソガキ……舐めやがって」
杉本はワナワナと震え、怒りで顔を真っ赤にしている。
「まあ抑えろ。いざとなりゃ、俺にも考えがある」
「本当か?」
「ああ、ガキどもにデカい顔はさせられんからな」
山田は、加納たちが去っていった方を睨みつけて言った。
月曜日。涼子は、休み時間に便所へ行った際、昨日みんなで集まって話していたことを思い出した。
杉本たちの計画通り、事故は起こらなかった。なので、おそらく今週の土曜日がその時なのだろうと予想された。
では、それについて我々はどうするべきなのか、それを話し合ったが……実は結論が出なかった。
意見がふたつに割れてしまい、決められなかったのだ。
加納に協力するのか、妨害するのか。
協力すると言うのが、朝倉、佐藤、佳代。妨害すると言うのが、悟、美由紀、岡崎。涼子以外は真っ二つに別れてしまった。で、涼子はどうするのか、ということで……涼子は決められなかったのだ。
情けない話だが、こういう時に決断ができないのはよくない。間違いであっても、はっきりせずに有耶無耶なままことに当たるというのは、一番最悪の結果になるものだ。
だからとりあえず、どちらかを選んで準備を進め、後で違うと感じたら、そのとき変更させればいい。
が、選べなかったのだ。こんなとき、どうして自分の決定が重大な決断につながってしまうのか、さっさとどちらかを選んでしまえばよかったのに、涼子のバカ! と自分自身を批判した。
小便を済ませて個室から出てくると、ばったりと早苗に出会ってしまった。
「あ、さな……」
「涼子、ちょっといい?」
涼子は早苗に壁際に引っ張られて、そこで小声で言われた。
「あんたたちはどう動くの?」
「え、私たち? 実は、まだ決まってないのよね……」
「まだってことはないでしょ。邪魔をする気?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ協力してくれるの? それとも我関せず?」
「だから……、まだ決めてないんだってば」
「そう。まあ、敵対してきたからね。話せないのはわかるわ」
「いや、別にそういうことじゃ……」
「まあいいわ。私は涼子のことを信じているわ。それじゃ」
早苗はそのまま立ち去って行った。もしかして、偶然出会したのではなく、出てくるのを待っていたのだろうか、と思った。
そんなことを考えながら突っ立っていたら、チャイムの音が鳴ったので慌てて教室に戻った。
朝倉たちは加納への対応について、最終的に意見が割れたため、涼子の決定で方針を決めるとしたが、その涼子がはっきりしない。
佐藤や佳代は、杉本たちをのさばらせておくことが一番問題だということで、涼子にも同意するように何度も呼びかけたが、首を縦に振ることができない。
悟や美由紀は杉本たちのことは後でもどうにかなる、やはり自分たちがどうしてここにいるのか、それは未来を元通りにすることだ、だから妨害するべしとしている。しかし彼らは佐藤たちと違って、涼子への呼びかけはしない。涼子にとってはその方が印象がよかったが、反面として、呼ばれないと同意もし辛く、結局どっちもどっちだった。
結局、そのまま日にちだけが過ぎていって、その日がやってくることになった。




