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難しい選択

 翌日、加藤早苗は加納慎也を呼び出した。一度は冷静に考えて、信じてはもらえないだろうと思ったものの、やはり加納に認められたい、信用を得たい、という感情には逆らえなかったようだ。

「一体何の用ですかね?」

 無表情で淡々と話す加納。しかし、感情が表に出ていないにもかかわらず、早苗に対する不信感が見て取れた。だが早苗は、それをあえて無視しつつ話を切り出した。

「杉本はやはり我々の敵です! 奴は密かに、自分の野望のために動いています。その情報を得ました」

「ほう、それは。一体どんな情報ですか?」

 意外にも、聞く姿勢だった。これは早苗には意外だった。まともに取り合ってもらえないと考えていただけに、嬉しい誤算だった。

「杉本は我々を騙して、自分たちに都合のいい未来に変えるつもりです。今度の、十四日の事故ですが、これでお父様が亡くなることはありません。実際には一週間後なのです」

「それは初耳ですね。では、一週間後に何が起こるというのですか?」

「そこまではわかりません。ただ、十四日はデマです」

「なるほど。それはいいことを聞きました。どうもありがとう、加藤さん」

「加納さま……」

 早苗は、感激の余り目を潤ませていた。これで信頼が取り戻せる、元に戻れる、そう考えるだけで嬉しさが込み上げてきた。

「加藤さん、もっと詳しい情報を調べてくれませんか」

「はい。そのつもりです。では——」

 早苗は意気揚々とその場を去って行った。それを眺める加納の顔には、不敵な笑みがわずかに見てとれた。



 涼子は五時間目の体育の授業が終わった後、体育館から教室へ戻る途中に早苗にこっそり声をかけた。

「ねえ、さな。昨日の話なんだけど——」

 と小声で言おうとしたところ、早苗はそれを無視して足早に行ってしまった。小声すぎて気がつかなかったと思ったので、その場は特に気にもせずにいた。

 が、下校途中で話しかけた時は、意図的に避けられていることがわかった。他の友達がいるので、大きな声では言えなかったが、一体どうなっているんだろうか、と不思議に思った。


 涼子は家で宿題を済ませた後、悟に相談するために、悟の家へ向かった。

 しかし、悟も不在だった。どうやら友達の家に遊びに行ったらしい。

 困ってしまったが、いないものはしょうがないと自宅に戻った。二月の寒風は結構辛い。早々に家の中に入り、居間の炬燵に潜り込んだ。そして、顔だけ外に出してしばらく暖まると、早苗のことを考えた。

 どうして避けられたのか? こういう場合、大抵は当人にやましいことがある場合が多い。「合わせる顔がない」というわけである。

 ではどうして合わせる顔がないのか? 何かあった、やったのだろうか。

 そうしていると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。多分翔太だろうと思ったが、やはりそうだった。外に遊びに行ってて、帰ってきたようだ。翔太は応接間に入ってくるなり、ジャンバーも脱がずに姉の体が入っている炬燵に入ろうとした。当然、涼子の体が邪魔で満足に入れない。翔太は、首だけ出して潜り込んでいる姉に抗議した。

「お姉ちゃん邪魔! 出ろよ!」

「いやよ。子供は風の子でしょ。外で遊んできなさいよ」

「何でさ! お姉ちゃんだって子供じゃないか!」

 姉弟で炬燵を巡って言い争っている。藤崎家の炬燵はそんなに小さいものではないが、涼子が頭だけ出して体と全部中へ入れているので翔太は足を少ししか入れられないのだ。

 怒った翔太は、炬燵の布団を捲って、そこに見える姉の足を引っ張って外に出そうとしている。

「何すんのよ、エッチ!」

「ひとりじめすんな、このバカ姉!」

 涼子も意地になって踏ん張っている。

 ドタドタと争っているそんな時、ふと閃いた。

 ——まさか、加納くんに話したんじゃ。

 だとしたら、加納くんが意外にも聞く耳を持っていた。そして、早苗はそのまま加納くんの仲間に戻ってしまった。そんなことを予想した。

 しかし、あんな話を信用するだろうか。彼のこれまでの頭の切れ具合を考えると、一蹴されてもおかしくない。これは悟も言っていた。

 何か裏があるような気がした。と思った次の瞬間、不意打ちを食らった。

「あちちちっ!」

 翔太に足を引っ張られ、余計なことを考えてしまった隙を突かれて、足を外に出された。同時に頭まで突っ込まれてしまったが、その時にスカートが捲れてお尻がヒーターの網に直付けされてしまった。最初はいいが、だんだん熱くなり耐えられなくなる。

「わかった、わかったわよ! 出るから離してよ」

 翔太が手を離すと、涼子は渋々炬燵から体を出した。出てきたついでに尿意を催してきたので、便所に行くことにした。背後では、翔太が姉の真似して、炬燵に潜り込んで頭だけ出していた。



 それから数日が経ち、二月九日、月曜日。今週の土曜日が、加納の父親が夜釣りで事故に遭い、亡くなる事件が起こる。いや、杉本たちの暗躍によって、この時には事件は起こらず、一週間後の二十一日に起こるという。

 涼子と悟は頑張って情報収集に励んだが、さっぱり成果はなかった。芳樹にも聞いてみたが、特に新しい情報はないと言われた。

 それはそうと、早苗の様子は相変わらずおかしい。やはりこの間から、以前のように友達付き合い以外では距離を取られている。早苗に何があったのか。それを悟に相談したら、やはり「加納くんに話したんじゃないか」と言っていた。まあ、やはりそれは間違いないのだろうと涼子も思っている。だから涼子たちに後ろめたい感情があり、それで距離をとっているのだろう。出なければ、定期的に新情報がないか確認するために声をかけてくるだろう。

「ねえ、悟くん。どうする?」

 涼子は困った顔をして、悟に尋ねた。

「うぅん、とりあえず——加藤さんが僕たちと距離を置いているのは、加納くんに受け入れられたんだろうね。だとしたら、彼らのことに口を出すこともない、と言いたいところだけど……」

 早苗の言う、加納の考えを信じるならば、もう悟たちはすることがない。加納の計画がうまくいけば、世界再生会議が裏で日本を支配する、ディストピアは回避できることになるからだ。

 しかし、悟としては、見過ごせない点がある。それを涼子が言った。

「朝倉くんのことだよね?」

「そうだよ。隆之はきっと——今も富岡さんを愛している。そして、ふたりの未来を信じて今を生きている。だとしたら、それを変えてしまう過去改編は阻止なくてはならない」

「そうだよね。本当の未来は朝倉くんとエミが結ばれるんだもんね。でもその代わり、加納くんの未来は……」

「でもそれはしょうがないよ。双方が幸せになれる道があるなら、それに越したことはない。でもどちらかを選ばないといけないとするなら……」

 涼子と悟は黙り込んだ。難しい問題だった。

 本来の未来を目指すなら、朝倉の未来を取らないといけない。しかし、おそらくだが杉本はこちらを利用して、自分たちの望む未来へと進もうとしている。要するに、意図せず杉本たちが支配する未来へと進むことになりかねない。

 また、加納の未来は「人の命」がかかっている。それに、こちらでも朝倉が不幸な人生を歩むとは限らない。だが、杉本の野望は打ち砕かれることになるだろう。

 そして、これらの選択をさらに困難にしているのが、このふたつの未来への分岐点おいて、本当にその道を選んでその通りになるのか確証を持てないことだった。

 これらのことをやろうとしているのは、涼子たちとは別の勢力である。涼子たちの考えていることは、断片的に知ることができた情報から得られた憶測でしかない。

「とにかく土曜日だよ。この日、まではまだ少し時間があるんだから、じっくり考えよう」

「うん、そうだね……」

 そう答えたものの、涼子は本当に決断し、それを実行に移せるのだろうか、それを考えると気分は沈むばかりだった。

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