芳樹が行く
なかなか情報収集もうまくいかず、涼子は手詰まり感を感じていた。
早苗も動いているが、加納や杉本の目もあり、思うように動けないようだった。だからこそ涼子に手を貸して欲しいと頼んだわけだが、やはり子供、しかも小学生では行動範囲も狭いし、やはり困難だった。涼子の要請で協力している悟も同様だった。
そんなある日の昼休み、涼子は便所から友達のいる教室へ戻る途中、うっかり他の生徒とぶつかった。お互いに転んで尻餅をつく。
「イッテェな! 誰だ馬鹿野郎!」
吠えたのは金子芳樹だった。
「何よ! そっちこそよそ見してたんでしょ」
涼子も負けていない。
「藤崎か。ヘッ、どこに目ぇつけてんだ!」
「ここについてるわよ!」
自分の目を指差して反撃した。お互いに譲らず睨み合う。そうしていると、近くにいた生徒たちが「何事?」と数人が集まってきた。
芳樹は「チッ、鬱陶しい!」と吐き捨て拳を収めた。涼子も掴みかかるのを止まる。すると、何も起こらないと思ったのか、生徒たちはひとり、またひとりと散っていった。
平静が戻ったところで、つい思ったことが口に出た。
「まったく、加納くんのことで大変なのに――」
「ほぉ、加納のことで何かやってんのか?」
それを聞いた芳樹は、少し興味深そうに尋ねた。
「え? あ、ああっ、いやそういうわけじゃ」
「なんか助けになるかもしれねえぜ。話してみろよ」
芳樹は、先ほどとは打って変わって、やけに親身になった。何か面白いことが起こるかもしれないと思ったのかもしれない。少しニヤニヤしている。
「うぅん、どうしたものかねえ……あのさ、朝倉くんには内緒だよ?」
「朝倉にか? ああ、いいだろう」
涼子は少し考えたが、結局芳樹に話してみることにした。
「……なるほどな。それでか」
芳樹は神妙な顔つきでつぶやいた。組織を抜けたとはいえ、一部の仲間とは時々連絡をとっているようなので、何か心当たりがあるのかもしれない。
「金子くん、何か知ってる?」
「いや、確かに杉本がコソコソ何かやってるという噂は昔から知ってたが、わかるのはそこまでだ」
もともと、杉本派のメンバーは組織内でも独自路線というか、他とあまり深く関わらないようで、何か勝手にやっているという感じはあるものの、何をしているのかはわからない、という状態だった。
特に問題になるようなことはしていないので、これまでずっと放置されていたが、芳樹は涼子から話を聞いて、やはり何か大きなことをやろうとしているのが予想できた。
「そっか。まあ、そうだよね」
「悪りぃな」
「ううん、ありがと」
芳樹は、すぐにどこかへ行ってしまった。涼子も友達の待つ教室へ戻って行った。
芳樹は涼子から話を聞いてすぐ、杉本たちのことを調べた。加納が何をしようが、もう自分にとっては関係ない話だと思ったが、杉本は何か碌でもないことを考えているように感じた。
昔からキザな上に、下の人間に横柄な態度をするなど、芳樹にとって杉本は特に嫌いな人間だった。そんな奴が何かをしようってものなら、それを邪魔して泣かしてやるが金子芳樹ってものだ、と考えている。
どうせだから、涼子たちに情報を流して、協力して邪魔してやろうと思ったので、自身でも独自に調べることにした。
それから一日経ったが、特になんの情報も入ってこない。そう簡単にいくくらいなら、奴らも苦労はしないだろう、と思った。
結局は興味を失い、調べるのを止めてしまった。
射越のグラウンドで、サッカーの真似事みたいなことをして遊ぶ芳樹たち。仲のいい子分たちとワイワイやっていた。
しばらく経って、いつの間にか夕暮れを通り越して薄暗くなってきた。芳樹の子分のひとりが、気まずそうな顔をして言った。
「もう帰らんと母ちゃんに怒られる」
すると芳樹や他の少年たちも、時間を気にし始めた。近くに時計がないので何時かはわからないが、そろそろ帰らないと面倒だ、と全員思った。
「じゃあもう帰るか」
芳樹がそう言うと、子分たちも同意した。
「じゃあな」
「バァイビィ」
芳樹は愛車に跨り、子分たちの後を自転車で帰路に着く。家のある方角の関係で、すぐにひとりだけで薄暗くなった田舎道を走っている。
そんなとき近くの公園の中に、世界再生会議に所属しているかつての仲間を見つけた。向こうは芳樹に気がついていないようだが、あまり仲がよくない連中……杉本の子分で気に食わない連中だったので、無視して通り過ぎようとした。
が、ふと涼子のことを思い出し、こっそり自転車を止めて、背後から近づいた。
――まったく、俺もお人好しになったもんだ。
そんなことを思い、ため息をつく。一度興味を失ってどうでもよくなったものの、こういう場面に遭遇すると、何かしてやろうと体が動く。何か少しでも情報を手に入れてやろうと、柄にもないことが頭に浮かぶことに、どこか複雑な気分になった。
薄暗いなか、気づかれないように近くまでくると、彼らの話し声が耳に入ってきた。
「……でもよぉ、うまくいくんか? なんか山田さんの作戦って、いつも失敗する印象あるんだよな」
「だよなあ。でもあの自信ってどっからくるんだろうな。ある意味、尊敬するわ」
「ギャハハ、それ言えてる!」
芳樹も山田直樹のことは知っている。五、六年前には、涼子の幼年時代に最前線で動いていた男だ。いつの間にかこっちに引っ越してきて、杉本のブレーンとして収まっている。相当な自信家で頭も切れるが、迂闊なところも多い。それ故にか、この少年たちには少し馬鹿にされているようだった。もちろん面と向かってではないようだが。
「しかしまあ、マジでうまくいったらケッサクだよな。加納のアホ面が真っ青になるのが目に見えるぜ」
「だよな。十四日の事件なんか、関係ないんだよな。事故は起こるけど死なないってな」
「本当に関係あるのは次の週だったよな。こっちがヤベえんだったっけか。関係ねえ事件にあれこれやってんのは、本当笑っちまうぜ!」
彼らは、二月十四日の事件では、加納の父親は死なないと言っているようだ。翌週に何かあって、それが関係あるという。これはどういうことだろうか。
本来の世界において、加納の父親は、二月十四日に事故で亡くなっているのだが、この世界においては違う……これはまさか、杉本たちの操作によって、何か変えられているとも予想できる。果たして……。
とにかく、芳樹は詳しい話をここで彼らに聞くことにした。
「ほう……いい話聞かせてもらったぜ」
少年たちのところに、突如芳樹が姿を現した。あまりの驚きに腰を抜かしてへたりこむ少年。
「だ、誰だ! ――か、金子。なんでこんなところに!」
芳樹は、腰を抜かした杉本の仲間の少年の襟元を掴み上げると、顔を近づけ睨みつけた。
「お前らはバカか? ここは俺の地元だぜ? どこにだっている決まってんだろ。まあいいや。とにかくその話、もっと詳しく聞かせろ」




