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山田の策謀

 涼子と悟は、早速情報収集を始めようとしたが、やはり困難を極めた。杉本は中学生だ。小学生であり、学区内に中学校がないので、外から覗くことも難しい。

 涼子はすでにわかっていたことだが、やはり難しいことを痛感した。

 学校から帰ってきて、宿題を済ませたらすぐに悟の家に行った。どうするか一緒に考えようと思ったのだ。悟もすぐに出てきて、近くの公園に行って作戦会議となった。

「杉本って人とさ、正直、接点がないのよね。困ったものだけど」

 涼子が言った。そもそも会ったこともないので、どんな人物なのか想像も難しく、かなり難儀していた。

 しかし悟は複雑な表情をしたまま言った。

「僕は——接点がないわけじゃないんだ」

「そうなの?」

「うん。まあ、今この時の話じゃないんだけど……前に聞いたかな、僕は過去に戻る前の世界、あの杉本と結婚していたんだ」

 これを聞いた涼子は、二年くらい前に朝倉から説明を聞いたことを思い出した。涼子と悟はそれぞれ性別が逆転していた。

「確か、聡美っていう名前で……」

「そう。どうしてそうなったのか、それはわからないが、多分何らかの過去改変が行われたんだろうと思う」

「どんな人だったの?」

「家庭ではいい夫だったと思う。しかし裏では世界再生会議に入り、組織内での権力掌握を図っていたと聞いたよ」

「なんか権力欲が強そうな噂を聞くけど、本当にそうなのねえ」

「うん。それに女性に対してもだらしない男だった」

「まさか、浮気?」

「そうだね。知っているだけでも、数人の女性がいたようだよ。だから僕もいい加減嫌気がさしていた」

「そんな人だったの? やな感じ!」

 涼子は憤慨した。とにかく、とんでもないヤツだということはわかった。しかし、この後もしばらく話し合ったものの、有益な情報や予想もできぬままお開きになった。


 それから数日後、悟のもとに朝倉がやってきた。同級生たちから少し離れたところに移動すると、朝倉は少し小声で話し始めた。

「何か調べているのか?」

「ああ、そうだよ。加納くんたちが何をしようとしているのか、それをね」

 悟は、涼子とともに加藤早苗に協力していることは伏せた。

「何かわかったか?」

「だめだよ。ガードが硬すぎる。ただ何かをやろうとしているのはわかるんだけど……」

「それは俺もわかる。でもそこから先に進めない。杉本の一派が随分目立ち始めたが、今どうなっているんだ?」

 杉本たちの行動が目立ち始めたことは、朝倉も気にしているようだ。

「だよね。手強いけど、地道にやるしかないよ」

「そうだな。よし、また一度みんなで集まろう」

「わかった」


 悟が朝倉と話をしているのを涼子は見た。昼休みに悟に声を駆けて、何を話していたのか聞いたが、やはり涼子たちの行動のことを尋ねられたようだ。うまく誤魔化したようだが、そのうちバレそうで少し不安になった。

 それにしても、杉本もなかなか尻尾を出さない。彼らの目的や作戦もさっぱりわからないまま、時間だけが過ぎ去っていった。



 とうとう二月になった。もう半月で、加納慎也の父親の事件の日にがくる。なんの進展もないまま、このまま加納の好きなようにさせていいのか。朝倉はもどかしい思いを抱えながらも、ただ時間だけが過ぎていくのを見守るしかなかった。


 変わって、杉本とその一味。

 彼らも、いよいよ起こる二月の事件について、着々と準備を進めていた。

「へへへ、俺たちの天下がもうすぐだ」

 杉本はニヤけた顔が戻らない。自分の野望が叶う時が目前にまできている。しかし、仲間達には杉本ほどの自信が伺えない。

「でもよ、本当に大丈夫なのかよ?」

「大丈夫に決まってんだろ。山田が考えたんだぜ。何を心配してんだ?」

 杉本は、意外な言葉に驚いたかのように言った。本気でうまくいくと信じているようだ。

「だから不安なんだっての。確かにここまでなんとか漕ぎ着けたのはいいけどよ。今まで何回失敗してんだ」

「そ、そりゃあ、ちょっとくらいはあるだろうが。でもこうやって成功の一歩手前まで来たんだ。結果オーライだ」

「まあ、なぁ……」

 やはり彼は、どうにも不安を拭い切れないらしい。


 山田直樹――涼子が幼稚園まで住んでいた、泉田の頃の幼馴染の少年だ。彼は半年ほど前に西大寺に引っ越してきて、現在西大寺中学校の二年生……杉本の同級生である。彼も世界再生会議のメンバーであり、非常に頭の切れる男だった。

 しかし、頭の切れる男だとはいえ、性格は割と調子に乗りやすく、迂闊なことをやらかしてしまうところがあった。だが、そんなところが杉本と似ており気が合ったのだろう。杉本の野望に意気投合し、その自慢の頭脳を生かして彼を影ながら補佐してきた。


 そんな山田のことを話していると、当の山田がやってきた。

「よう。悪りぃな、遅れちまった。まったく谷口のアホがグダグダ長話しやがって――」

「お、おう、来たか。それじゃ始めっか」

 杉本は慌てて山田の話題をつぐんだ。


 山田は真剣な顔つきで話し始めた。

「前から言ってるけどな、このままいけば、何もしなくても加納の親父は死ぬ。本当に何もしなくてもな」

「でもそういうわけにはいかねえんだよな?」

 杉本が言った。

「そうだ。つぅか、加納が黙って見過ごすわけがねえ。バレねえようにしっかり管理しろよ。これがバレたらおしまいだと思え」

 加納は未来において、様々なシミュレーションを行い、どう行動することで回避できるかを模索したが、結果的に富岡絵美子から誘いを受ける以外では不可能だとわかった。

 なので、現時点ではもう回避不能であったが、それであきらめるような男ではない。こうなれば、力技で行くしかないと決めたようだ。子分たちを使って、強引に妨害するという手法を使うようである。頭の切れる加納からすると、こういうやり方は気に食わなかったが、こうなってはやむを得ないと判断したようだ。あまり悠長に構えている時間的な余裕もなかった。

 しかし、山田の言っていることはどうも変だ。バレるとか何のことだろうか。


 仲間のひとりが思い出すように言った。

「でもさぁ、こんなんでどうして俺たちが世界の支配者になれるってんだ?」

 山田はその仲間の方を見ると、再び眼鏡を指で持ち上げて言った。

「加納は両親を救うことができたら、杉本に世界再生会議を譲ると言った。しかしそれは嘘だ。加納はなんであれ、世界再生会議のような組織が闇で支配する世界など望んでいない。絶対に何かしらで組織を潰そうとする」

「マジかよ?」

「本当だ。奴の性格からして、絶対に潰そうとする。正義感だとかアホなことを本気で考えている奴だ。俺たちのことは利用するだけ利用して捨てる」

「あの野郎……ふざけやがって!」

「まあ、抑えろよ。だからこうやって、反対に奴を利用してやろうってんだろ。最高じゃないか。加納は結局不幸になって、俺たちは最高の結果が待っている」


 杉本たちは、どうして加納の邪魔を計画しているのか? それは加納が不幸な道に進んでもらわなくてはならないからだ。

 加納の計画が失敗に終わる。失意の加納は自暴自棄となるも、最後の知恵を振り絞り、策を練って組織を解散させる。そこで世界再生会議は終了となる……はずだが、杉本たちはそのあと組織を復活させられるのだという。

 というのも、加納はそのあと、母親の実家のある県外に引っ越す事になる。母親が親のツテで仕事を得られたので、そっちで生活することになるのだ。これで杉本たちの元から姿を消す。加納を組織から追い出すことに成功した。

 そこからが、杉本たちの出番となるわけだ。新生「世界再生会議」を自分たちの手で作り上げ、自分たちの手で日本の新しい影の支配者となる。

また、朝倉たちは世界再生会議が解散し、加納が去ることで自分たちの戦いは終わったと認識する。数年後に、密かに世界再生会議が復活しても、存在に気が付かない、もはや抵抗する力はない、ということになり敵ではい。

 しかし、加納の父親が死なず計画通りにことが進めば、加納は組織を維持したまま抑え込んで、そのまま将来的に自然消滅させてしまう。そんなことをされては、杉本たちにしてみれば、たまったものではない。


「まあ、俺のいう通りにやってりゃお前も天下が握れるってわけだ」

 山田はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、杉本の肩に腕を回した。

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