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早苗の危機

 翌日の下校後、涼子は早苗と会った。早苗の家の近くにある小さな公園で、ふたりともブランコに乗りながら話した。

「ごめん、そんなに調べられなかったわ」

「別にいいわよ。こっちからお願いしてるわけだし」

 早苗の反応には拍子抜けした。嫌味のひとつでも言うかと思ったが、そんなことはまったくなかった。

 そう言われると、むしろ逆に、もっと頑張って調べなくては、と涼子は思ってしまう。

「とは言ってもさ、やるからには成果を見せたいんだけどね。でもねぇ、そもそも杉本って人を知ってる人自体がいないし……幼馴染のお兄ちゃんが中三でさ、西中(岡山市立西大寺中学校)だから聞いてみたんだけど、やっぱりあんまり知らないって。中学では結構有名なんだとか言ってたけど」

「有名なのはわかるわ。良くも悪くも目立つ男なのよ。その幼馴染のお兄さんは、他には何か言ってなかったの?」

「……そういえば、学校で会社ごっこやっているのを見たとか言ってたなぁ。杉本議長とか言わせてるらしいよ」

「やはりあの男は、議長の座を狙ってるわね。まったく忌々しい男だわ」

 早苗は憎々しげにつぶやいた。

「その議長って、あの世界再生会議ってやつ?」

「そうよ」

「そういえばさ、そんな組織どこにあるわけ? 言葉では聞くけど、秘密基地とか見たことないからなあ」

 ふと涼子は、前から気になっていることを尋ねてみた。しかし早苗の返答ははそっけない。

「あのねぇ……秘密基地なんてあるわけないでしょ」

「そうなの?」

「マンガの話じゃあるまいし、当たり前でしょ」

「じゃあ、作戦会議とかどこでやってるわけ?」

「そんなの、そこらの空き地に集まってとか、人気のないところに集まったりするわね」

「えぇ、そんなつまんないの? こうさ、長いテーブルが続いてて、その両脇にズラッと幹部たちが座ってて――」

「あんたって、本当に子供になっちゃってるわけ? ホント、漫画の見過ぎだわ。成績はいいみたいだけど、そんな調子じゃ将来の天才科学者なんて無理よ」

 早苗は呆れた様子で言った。

「余計なお世話よ。まあ、それは冗談として、基地みたいなの作ればいいのに」

「意識だけを過去に持ってきたのよ。資金もないし、簡単にはいかないわよ。こんな子供がどうやって作るわけ? 所詮は子供のお遊びにしかならないわね」

「うぅん、そういうことかぁ。まあ、そりゃそうだよねえ」

 朝倉たちも子供であることで、いろいろと苦労していた。そう考えると、過去に戻って秘密結社を作って運営なんて、相当に困難だろうなと納得した。


「それから涼子。あんた、本当に朝倉たちには行っていないでしょうね」

 早苗は思い出したように言った。

「言ってないわよ。佳代もミーユにも言ってないし。悟くんにも言っていない。それは本当よ」

 早苗は涼子の顔をじっと見つめて、それからちょっとして目を逸らすと、

「……まあ、信じるわ」と言った。

「なんでそんなに朝倉くんたちを避けるの? 加納くんに内緒だったら、いっそ協力してもらってもいいんじゃ」

「そうはいかないわ。やっぱり朝倉たちは敵だ」

 かなり切羽詰まった印象ではあったが、それでもなりふり構わずというわけにはいかないらしい。まあ、ばれたら仲間たちに「裏切り者」呼ばわりされる可能性も高いから、その辺も考えてのことかもしれなかった。

「でもさ、私はいいの?」

「涼子は朝倉たちの仲間になったわけ?」

「そういうわけじゃないけど……仲はいいけどねえ」

「ならいいわ」

 早苗は、涼子は一応朝倉たちとは違うと認識しているようだ。


 涼子とブランコから降りて、そばにあったタイヤの上に座った。早苗はそのままゆっくりとブランコを漕いでいる。

「杉本は世界再生会議を手中に収めたいと考えているのは、間違いないわ。加納くんはそれを特には問題にしていない」

 早苗が言った。

「どうして?」

「加納くんは、目的がひとつだけ。それは……」

 その時、公園の敷地の外から数人の女の子がやってきて、涼子を見つけて声をかけた。みんな涼子の友達で、村上奈々子や太田裕美たちである。

「あ、涼子。なんだ、さなと一緒だったの? さっき家に行ったら、遊びに出かけてるって言われたからさ」

「ああ、そうなのよ。みんな揃って、どこかに行くの?」

「うん。エミがハムスターもらったんだって。みんなで見にいこうとしてたのよ。で、涼子も呼ぼうと思ったらさあ」

「ハムスター? ええ、ホントに? いいな、私も見たい。ねえ、さなも一緒に行こうよ」

「そうそう。さなの家も行ったけど、遊びに行ってるって言われるしさ。一緒にいたんなら都合がいいよ。さなも見に行こうよ」

 誘われたが、早苗は断った。

「私はいい」

「どうして?」

「この後、ちょっと用事があるんだ。だからハムスターはまた今度にしとく。私は家に帰るわ」

「ふぅん。じゃ、さな。またね、バイビィ」

「バァイ」

 早苗は涼子たちに手を振って別れた。涼子たちは、ハムスターを見に富岡絵美子の家に向かった。




 早苗は家に帰らず、そのまま別の方向へ向かった。早苗の目的地は中学生の仲間、小林の家だった。加納の側近は数人いるが、早苗の考えに同調しているのは小林だけだった。

 他の仲間は「杉本ごときが加納さんに何かできるわけがないだろう。俺たちが利用するだけだ」とまともには取り合わない。早苗は「加納は杉本を侮っている」いくら言っても無駄だった。

 それでふたりで地道に杉本一派を調べているのだ。涼子からの情報は大したことはなかったが、一応は小林と話して今後の方針を考えようと思ったのだ。

 小林もあれこれ調べているはずで、何か新しい情報があるかもしれない。


「よう、加藤早苗」

 ふいに、早苗は後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには数人の中学生がいた。みんな見覚えがある。杉本の仲間だ。

 ただならぬ様子に、早苗は警戒心を抱く。

「何の用?」

「何の用ってなぁ……こういう用だ!」

 言うなり、五、六人で早苗を取り囲んだ。そしてニヤニヤ笑っている。

「これは何のつもりだ!」

「お前、何かオレらの周りで嗅ぎ回ってやがるよな。ちょっと来いよ」

 どうやら逃げられない。この手のパターンは、はっきり言って碌なことにならない。しかし、従わないと余計に痛い目にあう可能性が高い。やむなく杉本の仲間達に連れられて、どこかに向かうことになった。



 早苗は農地の外れの人気のない場所へ連れてこられた。まだ夕暮れには早く、明るい時間帯だが、山の影になるせいか、少し薄暗い。

 その場所は開けた場所で、敷地の隅には建材か何かのようなものが雑然と置かれている。

 しかし、この空き地の真ん中で、何かが地面に倒れてうずくまっているのが目に入った。どういう理由なのか、それはボロボロになって土埃に塗れている人間だった。

 なんと、それは早苗の仲間――小林だった。

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