涼子の調査
翌日、早速隼人の元へ行ってみようと思っていたが、友達が遊びに誘ってきたので、そちらを優先した。で、その日は行かず、後日にした。土曜日に下校後、友達と午後三時くらいまで遊んで、その後に隼人の家を訪ねた。
「あら、涼子ちゃん。いらっしゃい」
隼人の姉、洋子が玄関で対応してくれた。
「あ、お姉ちゃん。隼人いる?」
「いるわよ。受験勉強してるはずだけど……ほんとにしてるのかしら。……まあいいわ。とにかく部屋にいるはずだから上がって」
洋子は笑顔で涼子にスリッパを出した。涼子はそれを履いて、洋子の後をついて、二階の隼人の部屋に向かった。
隼人の部屋に入ると、洋子の予想通りの状態だった。ベッドに寝転がって漫画を見ていた。能天気にヘラヘラ笑っている姿は、姉の怒りに火をつけた。
「は、や、と……あんた、そんな余裕で受かると思ってんの!」
「ち、違うって! ちょっと息抜きだよ!」
大慌てで漫画を放り投げて、机に駆け寄る隼人。
「真面目にやりなさい! こらっ!」
怒鳴る洋子を、涼子は部屋の外に連れ出した。これから話を聞こうというときに、姉弟喧嘩を始められても困る。
「いやぁ、悪りぃ悪りぃ。まったく姉貴にゃ困ったもんだぜ」
「それは隼人がちゃんと受験勉強してないからじゃないの……」
全然受験勉強に身が入っていない様子に、涼子も心配になった。
「そんなことねえよ。一日にどんだけ勉強してると思ってるんだ?」
「ふぅん……」
「な、なんだ、その目は! ちゃんとやってるんだぞ! 本当だぞ!」
隼人は、かなりやっていると主張したいようだが、実はそんなにしていない。家族の見てないところでサボってばかりである。そんなので本当に大丈夫なのか、作者も心配になる。
「ま、それはいいとして、ちょっと相談があるんだけど」
「相談? なんだよ」
隼人は怪訝な顔をして聞き返した。
「はぁ、杉本健太郎?」
「そう、二年生出そうだけど、何か知らない?」
涼子はズバリ聞いてみた。学年が違うから、知っているか何ともいえなかったが、答えは涼子の狙い通りだった。
「うぅん、杉本……ああ、知っているぜ」
「本当?」
パッと表情が明るくなる涼子。それを尻目に少し頭を捻りつつ話し始めた。
「確か……杉本と言ったらアイツだ。まあ、結構有名だからな。金持ちで目立ちたがりな奴だしなあ。でも、あんまりいい奴とは思えねえぞ。見るからにワルって感じじゃねえけど、十人くらいでいつも群れててな。別に悪さしてるわけじゃねえから、そんな気になる奴でもねえが……」
「ふぅん」
「なんだ涼子。お前、杉本に惚れてんのか? なんなら俺がラブレター渡してきてやってもいいぜ」
隼人はニヤニヤしながら言った。
「ば、ばかっ! なんでそうなるのよ! そんなわけないじゃん。そもそも会ったことないし」
「何だそりゃ……じゃあ、杉本なんかの何が知りたいんだ?」
「うぅん、なんていうか……ちょっとね、友達がいろいろ知りたいって言うから」
「へぇ、あいつ小学生のガキにモテるんだな。——とは言っても、俺も仲いいわけじゃないからなあ……なんかあったかな?」
隼人はしばらく考え込んだ。涼子は黙ってそれを見守っている。
「ああ、そういや誰が言ってたかな? 杉本とその仲間で、なんか会社ゴッコみたいなことやってるって聞いたな」
「会社ゴッコ?」
「ああ、体育館の裏だったかで、仲間でつるんで会議やってるってよ。ププ……そういや、杉本議長とか呼ばれてるってよ。いい歳してケッサクだよな、ギャハハ!」
隼人は腹を抱えて笑い始めた。しょうもない話だ。もっとマシな話はないのかと思って、さらに聞いた。
「他には何かないの?」
「……いや、他は思いつかねえな。なあ、涼子。どうせだしファミコンやらねえ? ちょっと息抜きが必要だしな、付き合えよ」
「あのねえ、受験勉強しなきゃならないんでしょ。勉強しなよ」
「ちょっと休憩だよ。この前友達から「高橋名人の冒険島」のカセット借りてきたんだ。結構面白いぜ」
「高橋名人の冒険島……」
涼子は発売当初から、「高橋名人の冒険島」を遊んでみたいと思っていた。以前、友達の村上奈々子が、かなり面白かったと高評価を下していたからだ。
昨年、クリスマスにファミコンソフトを買ってもらったが、これは正直失敗だった。
翔太が買ってもらった「アイギーナの予言」は謎解きは難解だわ、アクションも難しく、翔太は苦戦し、結局クリアすることができなかった。手先の不器用な涼子など、とてもクリアできるものではなかった。
涼子は「迷宮組曲 ミロンの大冒険」を買ってもらったが、やはり高難易度で閉口した。しかしその後、涼子はほとんど進めなくて投げてしまったにも関わらず、なんと翔太がクリアして、それによってエンディングを初めて見ることになるという屈辱を味わっていた。
それもあり、面白いファミコンソフトに飢えていた。
「う、うぅん……じゃあ、ちょっとだけ」
「そうこなくっちゃな」
ふたりはファミコンのある応接間に向かった。涼子が来ていたので、姉や母は何も言わなかったが、隼人は涼子を使ってファミコンで遊ぶ口実ができたわけだ。
涼子が遊びに来ていることもあって、隼人がファミコンで遊ぶことを阻止できなかった姉は、嬉々としてファミコンのスイッチを入れる弟の背中を睨んでいた。
それから一時間くらい遊んで、涼子は自宅に戻った。高橋名人の冒険島は面白かった、しかし結構難しかった。そんなことを満足げに思いながら、子供部屋に帰ってきた。
隼人は杉本のことを知ってはいたものの、詳しくは知らなかった。まあ、学年が違うしそんなものだろう。しかし、隼人以外で杉本のことを知っている人がいただろうか?
ちょっと思いつかない。まあ、明日にでも早苗に言っておこうかと思った。
冬は陽が落ちるのが早い。少し薄暗くなった夕方、加納慎也は仲間と打ち合わせをして、自宅に戻るところだった。
そこに少年が姿を見せた。杉本だった。
「おや、何の用ですか?」
「よう。相変わらず寒いよなあ。なあ、ちょっといいか?」
杉本は、立ち止まることなく歩く加納の横に並んで話しかけた。
「お前んとこの子分が最近鬱陶しくてよぉ。困ってんだ」
「ほう——だれのことですかね?」
「小林だよ。俺を何だと思ってんのか知らんけどよ、コソコソ監視してきやがる」
「小林さんですか。彼はどうも疑心暗鬼のようですね。杉本さんを裏切り者と疑っているようですよ」
「ああ、そういうことか。まったく濡れ衣だよ。どうして俺が裏切り何かやらにゃならんのだ」
「加藤早苗さんもではないですか?」
「ああそう。あのふたりだよ。何とかならねえかな?」
「余計なことはしないように言っておいたはずですけどね。困ったものです」
「今度見つけたら、ちょっと懲らしめてやってもいいか?」
「いいでしょう。彼らにはいい薬でしょう」
「さすが加納議長サマだねえ——ああ、そうだ。ちょっと小耳に挟んだんだけどな……」
杉本はそう言って、小声で加納に何かを話した。加納はそれをどう思ったのかは不明だが、杉本を置いて黙って行ってしまった。
杉本はその背中をニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて見送った。




