早苗の要請
涼子はやってきた早苗を、「オシャレガーデン」へ案内した。早苗とは最近遊ぶことがなかったこともあって、ここにに招待するのは今日が初めてだった。真冬なこともあって外はやっぱり寒いが、今日は風が弱くよく晴れた日だったこともあって、そこまで寒くはない。
「さあ、ここに座って。ジュースを持ってくるわ」
「あんた……こんなもの作って、ママゴトでもしてるの? 結構、子供ね」
早苗は少しボロい椅子を、呆れた表情で眺めて言った。
「余計なお世話よ。結構、評判いいのよ。ナナとかこの花瓶持ってきてくれたし。それにこの小箱は典子が――」
そこかしこにある小物が、友達たちの間で持ち寄られて、この空間が作られていることを主張した。余談だが、ちょっと前に母親の栽培するパンジーのプランターを、こっそり持ってきて怒られた。そのため、渋々ふたたび元の場所に戻したが、いつかは花のプランターで周囲をぐるりと囲みたいらしい。
「はいはい、分かったわよ。お子さま同士で結構だこと」
早苗は少しばかにするような顔で言った。とはいえ早苗も女の子、実は割と満更でもない印象のようである。
「まあいいわ。ちょっと待ってて」
涼子は自宅の方に向かって行った。
家の方から「お母さん、リンゴジュース持っていくよ」「こら! また外に持っていこうとしてる、家で飲みなさい!」「えぇ、友達待たせているのに。と、とにかく持っていくから」「こらっ、待ちなさい!」という、親子のやりとりが聞こえてきた。
少しして涼子は戻ってきた。
「お待たせ。はい、どうぞ」
そう言って、ガラスコップに入れられたリンゴジュースを差し出した。さらにビスケットを数枚出した。
「何か、怒られてなかった?」
「ううん、大丈夫よ。お母さんったら、いっつも文句が多いんだから」
「そ、そう……」
早苗はビスケットを一枚手に取ると、ひと口食べた。そしてジュースを少し飲んだ。涼子も同じようにジュースを飲んだ。
「で、一体どうしたの? 相談したいって言ってたけど」
「そう……相談があるのよ」
早苗は深刻そうな顔をしてゆっくりと口を開いた。
「加納くんのことなんだけど」
「加納くん!」
涼子は驚いた。まさかと思った。相談というから家庭や友達関係、勉強についてだとか、そういうのを想像していたが、まさか加納慎也に関することとは。むしろ涼子たちが聞き出そうとして、ずっと聞き出すことができなかったことだったのだ。
そんな驚きをよそに、早苗は淡々と語り始める。
「今、私たちの組織……世界再生会議は、加納くんが議長としてトップに立っている。以前は別の人物が議長をしていたが、今は失脚した」
「それは悟くんたちに聞いてるよ」
「ならいい。それで、我々がなんのために動いているか。それは加納くんの目的を達成するため。以前は世界再生会議が、裏で日本を支配することを目論んだ計画があったが、それは前議長を加納くんの計画に加担させるための建前だ」
「なるほど、結局のところ、加納くんは何か目的があって過去にやってくる計画を立てたわけね」
この辺は今まで予想された通りのことだった。
「はっきり言っておくが、私たちは世界征服とか、そういったことは目的にしていない。それだけは信じてほしい」
「わかったわ。でさ、加納くんは何がしたかったの? それがみんなわからなくてさ、疑心暗鬼になってるのよ。いいことだったら、みんな喜んで協力するというのに。知らないからさぁ」
そうだ。だから山の学校でも、涼子や朝倉たちは阻止に動いたわけだ。
「それはわかっている。そして加納さま……加納くんの目的自体はあんたたちが嫌がるようなものではない」
「さなって、加納くんのこと「さま」付けで呼んでるのね。さなの愛しの王子様ってわけね……別にいいのよ、隠さなくて」
「う、うるさい。加納くんだっ!」
早苗はムキになって言った。
「はいはい、わかったわよ。で、続きは?」
「……加納くんは、自身が負うことになる運命を回避するために、過去に戻る計画を立てた」
「その運命とは?」
「そこは伏せておく」
「どうして? 教えてくれてもいいじゃないの」
涼子たちは、それを知りたいのだ。だからどうしてそれを伏せておくのか意味がわからない。が、ともかく早苗は話したくないらしい。
「どれもこれも、すべて話してしまうのは、やはり裏切り行為になる。それは言えない」
「やれやれ、しょうがないわねえ。それで?」
「ことは計画通りに進み、去年の山の学校での失敗があったものの、まだ十分取り戻せる。しかし来月、二月にある重大な因果が起こる。これを何がなんでも回避しなくてはならない」
「重大な……どんなことが起こるわけ?」
「加納くんのお父様が事故で亡くなられる」
「事故!」
涼子は絶句した。また、人の生死が関わってくることかと思うと、やはり気が重い。
「これは絶対に失敗することが許されないのだけど、ひとつ懸念がある」
「懸念?」
「杉本健太郎よ」
「杉本って……確か、さなの仲間だよね?」
涼子は言った。
「そうよ。とは言っても私は信用していないけれど」
「……なるほど、その信用できない杉本って人が、何か悪さを目論んでいて、妨害するんじゃないかってこと?」
「察しがいいわね。そういうことよ。杉本は何かを目論んでいる。それが我らの目的の弊害になる気がしてならないのよ」
「そういうことなのね……でもさぁ、私は何をすればいいわけ?」
「情報が欲しい。杉本の思惑、目的といったもの」
「情報ね……私はそんなに詳しくないから、力になれるかわかんないけど」
面識がないのだから当然だった。そんなことは早苗も想像がつくと思うが、どうして涼子に話を持ってきたのか。
「なんでもいい。それから……朝倉たちには内緒にしておいて欲しい。一応敵対しているから」
「はいはい、わかりましたよ。さなもいろいろあって、大変ねえ」
「目的達成のためには、大変も何もない。それじゃ、私はこれで」
言うなり、すぐに席を立った。
「もう帰るの? もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。忙しいわね」
「これから、そろばん教室がある。前に遅れて怒られたし、今日は遅れるわけにはいかないから」
そう言って早苗は、涼子に別れを告げて帰っていった。
涼子は宿題を済ませて、まだ時間があるので、友達の家に遊びに行った。奥田美香の家に行って夕方まで遊んだ。
夕飯の後、風呂に入って子供部屋に戻ってくると、弟の翔太は宿題をやっていた。かなり必死になっているようなので、その邪魔をしないように、そっと自分の机の椅子に座った。そして、昼間の早苗の話について考えた。
——杉本健太郎。どこかで聞いた記憶もあるんだけど、未来の記憶で一度くらい会ったことがあるだろうか。
涼子は未来の記憶も持っている。そこから何か情報が何か考えたが、特に何も出てこなかった。世界再生会議の関係者なので、何か記憶にあるかもしれないと考えたのだが、やっぱり面識はないかもしれない。
なので、現在の杉本がいかなる人物か考えた。
確か中学二年生らしい。この由高小の出身らしいので、二年前まで涼子と同じこの校舎で授業を受けていたことになる。家は五明で、涼子とは学校からの家の方角が違うので、登下校でも見かけることもない。縁に乏しい人物だった。
「しかし、中学……西中か。もしかして隼人とか知ってるのかな?」
隼人は涼子の家の斜向かいに住んでいる曽我家の次男で、現在中学三年生だ。そういえば、この間ちょっと訪ねてみると、受験勉強に頭を悩ませいていた。
もしかしたら隼人が知っているかもしれないと思ったので、明日にでも行ってみることにした。




