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困った連中

 午後から行われたフィールドワークはとても楽しかったが、問題はその後に起こった。

 金子芳樹がまた、ジローに因縁をつけたのである。

 もちろん双方子分を多数抱えており、二十人以上の男子生徒が睨み合って火花を散らしている。

「ちっちぇえミジンコヤロウがアフリカゾウにいどむたあ、いいドキョウしてやがるな」

 ジローは、ニヤニヤと自分より背の低い芳樹を見下しながら言った。しかし、芳樹も自分から因縁をつけただけのことはある。

「へっ、見せかけだけのゴリラが調子に乗ってんじゃねえぞ。今ここで泣かしてやっからヨォ、ちょっとツラぁ貸せや」

 ジローが返事する前に、子分のひとり、亀山正宏が前に出てきた。鼻息も荒く、ジャージのポケットに手を突っ込んで、周囲を威嚇するようにのし歩き、芳樹の顔を睨みつけた。

「オゥオゥ、オメェ——さっきもふざけたこと言うとったのぉ? このおカタがダレなんか知っとんのかぁ? このクソ野郎っ!」

 そう言うなり、突然芳樹の足に向かって思い切り蹴りつけた。ふいを突かれた芳樹は蹴られてバランスを崩してよろめいた。

「あっ、カッちゃん!」

 芳樹の子分が驚きの声をあげた。しかし芳樹には思ったほど効いていないようだ。すぐに体勢を整えると亀山の腹を思い切り殴った。声にならないうめき声をあげてよろけた。相当効いたようで、ヨロヨロと数歩歩いて膝からガクリと崩れた。亀山の顔は苦痛に歪み、涙が滲んでいた。

「ほぉ、やるじゃねえか」

 ジローは、腹を抑えて苦しむ子分を見ても動じることなく言った。

「来いよ、ゴリラ」

「後悔するぜ、ミジンコ」


 しかし、そこへ両校の教師が飛んできた。騒動を見た女子が教師に告げ口したのだ。

「お前たち、何をやってるんだ!」

 普段聞かないくらい大きな声で怒鳴る関口。当然の如く、その場で喧嘩は止められて、その場で事情聴取となった。頭に思い切りゲンコツをもらった後、引きずられるように芳樹は連れられていく。ジローも同じように、強面の教師に連れられていった。


 その後、かなり強く叱られたようで、芳樹は相当不満げな顔をして戻ってきた。由高小の女子の誰かが言いつけたと聞いたので、女子をみるや睨みつけて威嚇した。気の弱い女子は、それを見て怖がって部屋の中へ逃げていった。

「クソッタレなブス女が告げ口しやがった! 誰だぁ?」

 芳樹が言うや、子分たちも一緒になって女子たちを睨んだ。「カッちゃんのじゃましたブスはどいつだ!」などと、虎の威を借りながら調子に乗っている。普段から芳樹の腰巾着のくせに、こう言う時だけは威勢がいい。

「か、金子くん。告げ口だなんて……な、なかよくやろうよ……はは」

 五年B組の学級委員長である、持田啓介が及び腰ながら果敢にも芳樹を宥めようとした。しかし芳樹は、持田を睨みつけて威嚇した。

「はぁ? おい、持田。オメェ、なんか文句あんのか?」

「い、いや! そんなことは! そんなことはないです!」

「だったら、しゃしゃり出てくるんじゃねえぞ。ぶっっ殺されてえのか!」

「す、す、すいません! ちがうんです! ちがうんです!」

 凄まれてあっさりと陥落する持田。完全に涙目であり、スゴスゴと引き下がっていった。

 そして、その入れ替わりに出てきたのが涼子だ。せっかくみんな山の学校を楽しんでいるのに、それをぶち壊すようなことをする芳樹に憤慨している。

「いい加減にしてよ。金子くんが悪いんでしょ。怒られて当たり前じゃない。八つ当たりしないでよ!」

「何だと——おい、藤崎。そういや、お前……泉田の、あのボス猿に助けてもらったんだったな。さてはお前……泉田のスパイだな」

「はぁ? 何言ってんの。スパイって何なのよ!」

「ケッ、泉田の野郎はセコい真似してきやがるぜ。スパイを送り込んできてヨォ——」

「待ちなさいよ! 何がスパイよ。あんたが悪いんでしょ!」

 横山佳代が割って入った。彼女も未来から遡行してきた大人の意識を持つ女子だ。他の子に比べて芳樹を怖がらない。

「どいつもこいつも、ふざけた話だぜ——チッ」

 芳樹は、佳代に向けようとした敵意を突然収めた。

「みんな何をやってるの! どうしたの?」

 教師の斎藤がやってきたのだ。女子の誰かが呼びに行ったようだ。

「先生、金子くんたちがみんなに暴力を振おうとしてます!」

「もう、あんたねぇ……さっき関口先生からきつく絞られたと思ったら……」

 斎藤は呆れ返った様子で言った。芳樹は——厄介な奴が来やがった、と気まずそうに顔を背けている。

「ちょっと向こうに来なさい。関口先生には言わないから、ちょっと来なさい」

 芳樹は斎藤に連れられて、どこかに行ってしまった。何かしら説教されるのだろう。快活で生徒思いな斎藤には、芳樹も少し遠慮気味だった。これで収まってくれればいいが。



「もう信じられないわよ。本当に金子くんって最低!」

 女子たちは騒動の原因である芳樹に非難轟々のようである。

 元々、小柄な割には喧嘩が滅法強く、乱暴者の印象があるため、女子たちには蛇蝎ごとく嫌われていた。弱いものいじめなどは一切しないどころか、気弱な男子がいじめられそうなとき、それをやめさせるようなことをしていたこともあり、男子からは恐れられつつも頼もしい印象もあった。

 しかし、乱暴者だというだけで、女子の受けは極端に悪い。涼子はそこまでとは思っていないが、それでも迷惑者の印象は拭えなかった。

 非難は止まなかったが、この日の夜に「肝試し」が行われた。少し季節外れな感は否めないが、なかなか楽しめたようで、その話題で持ちきりになったようだ。


 一方の男子の各部屋では、芳樹どうこうよりも泉田小のことが話題の中心のようだ。泉田小の子と仲よくなった子も多く、友達を何人増やせるかな、とか、そんなことを嬉しそうに話していたりする。

 そんな男子の部屋で、悟や朝倉隆之たちがいる部屋。芳樹たち悪ガキ軍団とは別の部屋であることもあって、和気藹々としていた。

 ベッドに寝転ぶ朝倉は、近くにいた悟に声をかけた。

「なあ、悟。あの片山次郎って奴は、昔からあんなボス猿だったのか?」

「うん。一年生の時までしか知らないけど、その時からすでにああだったね」

「まったく、どこにでもいるな。ああいうゴロツキは」

 朝倉はやはり不愉快に感じているようだ。粗暴で横柄でとにかく力任せ。いかにも朝倉が嫌いそうな人種である。

「でも彼はあれでいい人だと思うよ。決して弱いものいじめはしなかったし、意にそぐわない人がいても、無理強いしなかった。隆之が思うほど悪くないと思う」

「そうかな……俺には理解できん。まあ、どうでもいいがな」

「まあ……君らしいね」

 悟は苦笑した。


 ジローは小学生になって早々、一年生を支配下に置いた。一年生の秋頃には、四年生のいわゆる番長を喧嘩で負かし、自身の影響下に置いた。二年生になると五年生を支配下に置き、三年生の時に六年生の学校一の番長を泣かし、泉田小学校でもっとも腕っぷしが強い男となった。現在五年生で、身長は百六十四センチもあり、全校生徒の中で一番背が高い。体格もゴツく、親は県議会議員で建設会社役員でもある。つまりはお金持ちだった。あらゆる点で恵まれており、将来は親の後を継いで政治家への道を進むのである。



 それはそうと、フィールドワークが終わった後の自由時間。

 加納慎也とその仲間たちは人気のない場所に集まっていた。同級生のみなので、五、六人しかいない。

「今回の失敗……非常に痛い失敗です」

 加納の低い声が仲間たちに刺さる。気まずい空気が辺りを漂う。

「なぜ、失敗したのか?」

 その問いに、誰も答えることができなかった。

「……どうして片山次郎がここにいる?」

 しかし誰も答えない。いや、答えられなかった。何か言えば、確実に責められることはわかりきっているからだ。

「答えろっ!」

 加納は突然大きな声を出した。

 神妙な顔つきで、加藤早苗が口を開いた。

「やはり、油断からくるものでは……」

「ほう、油断。誰の油断かな?」

「それは——」

「それは誰かね?」

「かの……う……」

「誰かね! 誰だ! 言ってみろ! 誰だ!」

 加納は早苗を遮るように、狂ったように早苗に捲し立てる。かなり平常心を失っているように思えた。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、深呼吸をした。

「すいません。取り乱しましたね。……しかし杉本さんが用意した、あの役立たずどものせいであることは間違いないでしょう。……ふん、杉本め。やはり任せるに足りませんね」

 加納はそうつぶやいて黙り込んだ。

 その様子を、早苗は厳しい目で見ていた。冷静さを失い、感情に突き動かされる様は、かつて彼自身が嫌い嘲笑していた、宮田の姿とダブって見えた。

 ——だめだわ。自身の油断や慢心が、そもそもの原因だということには気がついていないか、見て見ないふりをしているのか。これでは次も失敗する可能性がある。どうしたものか……。

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