佐藤の追跡
ずっと追跡を続ける佐藤信正。一体どこまで行くのだろうか、高まる緊張感に汗が滲む。どんどん進んでいく加納たちは、このままだと学区外に出てしまうくらいに歩いていく。
一体どこまで行くつもりなのか。そして、何をするつもりなのか。すでに岡山ブルーハイウェイ(現在は岡山ブルーライン)を越えて吉井川河口方面へ向かっている。乙子城跡の小高い丘が視線の向こうに見えている。そろそろ学区の外に出る。
ちなみに、「乙子城」は、戦国大名、宇喜多直家が初めて城主となった城だ。まあ城と言っても小さなもので、大層なものではない。しかしながら、謀将と恐れられた宇喜多直家の覇道はここから始まったと言っていい。
乙子城跡まで行く前に、西方面に曲がっていく。田圃の中を歩いていき、目的地は未だはっきりしない。しかし、佐藤は辛抱強く身を潜めながら追跡する。
それにしても、田圃の畦道は辛い。周囲に隠れるところがなく、どうやってこの大柄な体を隠すべきか、佐藤は苦労した。時々、加納の仲間は後ろを振り返り、尾行を警戒しながら歩いている。この警戒の網から逃れるのは大変なのだ。しかし、だからこそ加納たちは何か重要なことをやろうとしているに違いない。
加納たちは、そのうち民家が数件ある集落の中へ入っていく。
集落の隙間を縫うように這う細い道を通り抜け、民家の外れにある空き地の中に入っていく。ちょうど建物や周囲の樹々に囲まれていて、外からは目立たない場所だった。
佐藤は、奴らの集会場を見つけたか、と少し興奮した。
加納たちはそこに留まり、何か話をしている。佐藤はその内容を知りたいと思い、どこか近くで身を隠せる場所はないかと探した。しかし下手に動くと気付かれる。いろいろ考えた結果、なるべくそっと近寄れる場所に移動したが、ここでもよく聞こえない。だが俺以上近づくのは困難なので、やむなくここで聞き耳を立てることにした。
しばらく待っていると、数人がやってきた。二、三人は世界再生会議のメンバーとして顔を知っている小学生がいる。また、高校生などもいるようで、これだけ世代に違いがある人間が一箇所に集まっているのは、少し異様である。総勢十人、その中には、やはり加藤早苗もいた。
「では始めましょう」
加納はそう言って、何かの作戦の概要を説明し始めた。
「来月、十月にある『山の学校』ですが、ここでひとつ重要な出来事があるのです。我が校、由高小のバスが到着すると、まず集会場に集められます。しかし、愚かな同級生が、素直に集会場まで行かず、途中で抜け出して遊びに行ってしまうのです」
その場にいる構成員たちは、静かに加納の説明に耳を傾けている。一字一句聞き逃さないように、真剣に聞いているようだ。
「当然、先生方が探しにいきます。みんなしばらく待つのですが、その時に事件が起こります。実はバス酔いしていた女子がいまして、我慢していたのですが、耐えられなくなり、洗面所に案内されます。その時に、先生がそこにいなかったこともあり、藤崎涼子さんが付き添っていくのですが、問題はその後です」
一同は少し前のめり気味になった。
「この藤崎さんが帰るのを阻止して欲しいのです。具体的には集会が始まるまで拘束し、遅れて戻ってくるようにして欲しいのです――」
佐藤も加納の話を聞こうと真剣に耳を傾けるが、「山の学校」、「誰かが抜け出す」、「バス酔いがどうこう」、「藤崎涼子を阻止しろ」といった、断片的な言葉しか聞き取れなかった。
自分の耳がもっとよければ、と悔しがったが、位置関係や声の大きさなどを考えると、これでもよく聞き取れたものである。
しかしながら、加納が話しているのは、秋にある山の学校でのことのようだった。そこで何か加納に都合のいいことがあるようで、それがなんなのか確かめなくてならない。
とりあえず、明日朝倉たちに報告し、情報を検討しなくてはならないな、と思い加納たちの集会も終わるようなので、どうやって去るべきか考えた。
「――それで、この件について具体的な役割をまた明日連絡します」
「はい、わかりました」
加納の仲間たちは返事したあと、ザワザワと騒がしくなり、ひとりまたひとりと空き地を去っていく。
「加納議長。奴らはどうするんですか? バラバラになったとはいえ、野放しにはできないでしょう」
加納の側近のひとりが言った。
「大丈夫です。彼らについては考えていますよ――」
加納はそこまで言って、ひと息置いた。
「ねえ――佐藤くん」
加納はニヤリとし、佐藤が身を隠している方を向いた。佐藤は心臓が飛び出るかと思うほどに驚いた。まさかバレていた? うまく隠れていたと思っていただけに、初めは信じられなかった。しかしもっと早い段階で勘付かれ、泳がされていたのだろう。
「そこにいるのはわかっているんですよ。出てきたらどうですか」
加納の声は自信に満ちている。佐藤は焦りからすぐにその場から逃げ出したい衝動に駆られたが、必死にそれを制止してそのまま止まった。
今や、その場にいた世界再生会議の構成員たちは、みんな加納と同じところを見ている。そこはまさしく佐藤の隠れている場所だった。
とりあえず気分を落ち着かせた佐藤は、意を決して、ゆっくりその場から姿を表した。
その姿を見るなり、構成員たちは殺気立ってきた。
加納は睨む佐藤を見るなり、ニコニコしながら言った。
「やあ、これは佐藤くん。もう夕方ですね。お母さんが心配しますよ」
「ふん、まだ明るい。家に帰る時間じゃないな」
「おや、そうですか。では、我々はもう帰らせてもらいますよ。親が心配しますからね――フフ」
「ま、待て!」
「なんですか?」
加納は相変わらずのすまし顔で、佐藤が何を言うのか待っている。しかし佐藤は、黙ったまま立ちすくんでいる。待てと言ったものの、それで何をするべきか迷っていた。さっき密談していたことを話せと言っても、まともに話すわけがない。
「どうしたんですか? 何もないのでしたら、我々は帰りますよ」
「くっ……」
結局、佐藤は何もいえないまま、敵の背中を見送るしかなかった。
ゾロゾロと世界再生会議の構成員たちが空き地を去っていく。最後に加納が去ろうとして、ふと足を止めた。
「そうだ、佐藤くん。僕はあなたに言いたいことがあるのです」
そう言って加納はニコリと微笑んだ。しかし佐藤は、黙って加納を睨んでいる。
「僕が世界再生会議に支配されない、本来の未来へ戻そうというのは事実なのですよ」
「騙されるものか。貴様は個人的な何かが目的で動いているんだろう。再生会議がどうとか、関係ないんだろう!」
佐藤は思わず吠えた。
「そんなことはありません。ただ、僕の個人的なことについては否定はしません。しかし、それはすべて本来の未来を取り戻すことが目的なのですよ」
「個人的なことというのは、お前が富岡と親しくなろうとしていることか」
佐藤は、涼子たちが集めた情報――加納が父親を救おうとしているらしい、という部分は言うのを避けた。加納の警戒を誘うと考えたからだ。
「そうですよ。まあ、僕が富岡さんに好意を抱いているわけではないのですが」
「どういうことだ」
「そこは……まだ話すわけにはいきませんね。あなたが我々に敵対している以上は。しかし、こちらのお願いを聞いてもらえるなら……」
「なんだ、言ってみろ」
「さすがは佐藤くんです。話が早い。率直に言います――我々に協力してくれませんか?」
「協力だと?」
「そうです。未来のため、しなくてはならないことが山積しています。世界再生会議――いや、宮田たちは我々の敵でした。しかし、僕たちは同じ目的に向かって戦う仲間でないですか」
加納は佐藤を説得し、仲間に引き入れようとしている。しかし、佐藤にはそれが正しい選択だとは思わない。加納は結局のところ、自分たちの正当性を主張しているだけだ。
しかし、佐藤の返答はそれとは真逆だった。
「……いいだろう。どうも疑わしい感じもするが、そうであれば問題はない」
加納はそれを聞いて笑みをこぼした。
「どうもありがとうございます。後日、連絡をしますので、今日のところはこれで――」
加納は佐藤を残して夕暮れの中に去っていった。




