加納の父親
「加納くんのお父さんをねぇ……、どういうことかしら?」
五時間目後の休憩時間、涼子から話を聞いた矢野美由紀と横山佳代は、その意味を探って頭を捻った。
「それでさ、エミと仲よくなろうとする。まだそれだけでは繋がらないけど、何かまだパズルのピースがあるはずよ」
「だよね。それが何か……でもさ、涼子すごいじゃん。まるでスパイだよね」
「えへへ。気分はジェームズ・ボンドって感じ」
涼子はそう言って、得意げに拳銃をサッと構える仕草をした。
涼子たち女子組三人は、そこから少し話が脱線し始めた。ふと佳代が流行のファッションについてちょっと触れたら、美由紀がそれに乗って話が弾み、涼子も一緒になってしばらく話し込んだ。
「おっと、こんなことを喋ってる場合じゃないか。朝倉くんたちと作戦会議よ。放課後みんなで集まる?」
佳代が言った。
「そうね、後で連絡しましょ——って、今日は委員会の仕事があるんだった」
美由紀が言った。美由紀は放送委員をやっていた。今日の放課後に集まって何かするそうだ。
由高小学校では、五年生と六年生からは委員会活動がある。体育、図書、給食、放送など八種あり、各学級から男女ひとりづつの二名が選ばれ、毎月委員会が開かれて、各委員はそこで活動内容などを話し合ったりしている。ちなみに涼子は五年B組の図書委員である。
「あ、忘れてた……私もピアノのお稽古だった」
佳代も思い出して、バツが悪そうに言った。
「明日にしましょ。私の方から、朝倉くんか悟くんに伝えておくわ」
涼子がそう言って話を切り上げたところで、チャイムがなり始めて、三人は慌てて教室に駆け込んだ。
ここは悟の家の近くにある公園。そこに涼子たちが集まっている。翌日の放課後、涼子たちは集まって作戦会議となったが、結局、今日も都合がつかなかった矢野美由紀と岡崎謙一郎は不参加だった。この頃となると、習い事など、さまざまな用事があって、大勢の人の都合を合わせることは簡単ではなかった。
「加納の父親か……」
朝倉は興味深そうにつぶやいて、考え込むようにうつむいた。
「加納くんの父親に何か不幸があって、それを回避するために、行動している。もしかすると、それが過去に戻ることの根本的な理由なのかもしれないね」
悟が言った。それに続いて涼子が発言する。
「そのために朝倉くんに声をかけて、過去に戻って父親を救う計画を行った……世界再生会議が支配する未来を変えるためだと偽って」
「そうだね。おそらくそういう流れは、可能性として高いと思う」
悟が言った。
「そして——そのために必要なのが、富岡絵美子のことだ」
「エミ? エミについては何かわかったの?」
「ああ。加納の父親と、富岡の父親は親しい。家も割と近いし、どちらも釣りが趣味で、時々一緒に行っているらしい。加納の父親はボートを持っているらしく、ふたりで沖合まで出て、釣りを楽しんだりすることもあるそうだ」
朝倉が言った。これらは朝倉たち男子チームが得た情報だった。加納やその側近はガードが硬かったが、朝倉たちを侮っている他のメンバーからの断片的な情報を統合して、そういう情報に至った。
「なるほど、エミが関係しているのって、厳密にはエミのお父さんがってことなのね」
佳代が言った。
「おそらくな。さらなる調査が必要だ」
朝倉がそう言って、とりあえず作戦会議を解散しようとする前に、涼子が口を開いた。そういえばと、ふと思い出した。
「そういえば、あの門脇っていう人のことをずいぶん憎らしげに言ってたわ」
「加納くんの父の同僚という、あの人だね。だとすると、その門脇という人が加納くんのお父さんに害をなす可能性が高いね」
悟の言葉に、一同は同意した。この三名は、三人ともに知り合いではないかもしれないが、それぞれは繋がっているのは間違いないようだ。
涼子は家に帰って、今日の作戦会議のことを思い出していた。
「加納の父親」。加納の父の同僚「門脇」。富岡絵美子。この三人がどう関係しているのか? この関係であると、絵美子は、彼女というよりも父親の方が関係している可能性が高い。
加納は父を救いたい。門脇という男は父の同僚で、何か害をなすと思われる。それを阻むためには絵美子——の父親の協力が必要。
——ううん、まだこれだけじゃわかんないわ。
涼子は学習机の椅子に大きくもたれて体をそらすと、天井を眺めた。まだまだ今後の情報集めが必要である。そのために、自分はどうするべきか。加納慎也のやろうとすることが、悪いことかはまだわからない。自分たちは騙されて利用された。しかし何をしようとしているのか判然としない。だから調べているのだ。
考えている間、いやに静かだと思ったら、翔太がいなかった。さっきまでいたと思っていたが、部屋の中にいない。と思ったら、居間の方から翔太の声が聞こえる。いつの間にか子供部屋から居間の方に行っていたようだ。
「涼子、ご飯よ」
母の声が聞こえた。
「はぁい!」
涼子は返事すると、すぐに立ち上がって、夕飯を食べるために部屋を出た。
——まあ、焦ってバタバタしてもどうにもならないよね。ぼちぼちやるしかないかな。
それから数日が経ち、朝倉たちはそれぞれ隠密調査を続けている。
そんな日の夕暮れに染まるころ、ふたりの小学生が下校していた。ふたりとも男子で、片方は佐藤信正、朝倉たちの仲間だ。もうひとりは同じ学年の男子で、委員会活動で放課後にあれこれすることがあり、それを終えて下校していたところだ。
「なあ信くん、影の伝説クリアした?」
「まだ。俺結構アクション苦手だからなぁ。もうちょっとなんだが、今度松ちゃんがドラクエ貸してくれるしな。とりあえず、ドラクエクリアするまで中断するかもな」
「ドラクエやるの? 謎教えようか? 太陽の石とか、どこにあるか知ってるし」
「わかったらつまらんだろ。わからんようになったら教えてくれよ」
「へへへ、わっかるかなぁ? すげえとこにあるんだから」
歩きながら、ファミコンゲームのことを話している。ふたりとも楽しそうである。
しばらくして、自宅への道が違うところまでやってきた。
「じゃあな。また明日」
「バァイ!」
手を振って別れて、佐藤は自宅の方へ歩き出す。
その時、ふと目の端に気になるものを見つけた。大きな体に似合わず素早く体を建物の影に隠した。そして物陰から、気になるものを見た。
それは、加納とその仲間数人だった。どこかに向かって歩いている。佐藤に見られていることには誰も気がついていないようだ。
以前ではこんな隙はまったく見せなかったが、ここ最近はずいぶん緩くなっているようだ。朝倉たちが空中分解して、もはや障害にはならないとでも思っているのかもしれない。
——奴ら……。一体どこに向かっている?
佐藤は気づかれないようにそっと加納たちの後を追跡した。




