昭和六十一年、九月
夏休みが終わり、二学期が始まった。
涼子たちは夏休みの終盤、加納が何をやろうとしているのか、それを探った。同時に疎遠になっていた仲間を説得して、また一緒に行動することになった。
佐藤信正、横山佳代、岡崎謙一郎の三人だが、説得に応じてくれた。みんな、加納の思惑ついてや、朝倉たちの執念に動かされ、また一緒に行動してくれると言ってくれた。
三人とも少し申し訳なさそうな面持ちだったが、特に佐藤信正は実直な性格もあって極端だった。
「すまん! お前たちがそこまで地道にやっていながら、俺は、俺は……!」
深々と頭を下げる佐藤。悟や美由紀の方が反対に申し訳なさそうにしていた。
「何らかの思惑に沿って行動しているのは間違いない。それがどういう目的か知ることで、我々がどうするべきか決まる。まだ僅かだが、足掛かりを得たんだ。きっとやれる。佐藤、やろう」
「ああ、よろしく頼む!」
朝倉と佐藤は堅く握手を交わした。
帰りの会が終わった後、太田裕美が声をかけてきた。
「ねえ、涼子。帰ったら一緒にナナの家に遊びに行かない?」
「ごめん、ちょっと先約があってさ」
実を言うと、これから悟たちと作戦行動を行う予定だった。
「えぇ、そうなの? だれ? みっちゃん? さな? ミーユ?」
「ミーユ。それでこの後、用があるんだ。ごめんね、また明日一緒に遊ぼ」
「ミーユかぁ、わかった。じゃ、明日ね」
裕美はそう言って、涼子に手を振って別れて行った。
朝倉たち男子チームが加納の動向を調査し、涼子たち女子チームは加藤早苗を説得するという役割で、それぞれ行動を開始した。
涼子と矢野美由紀、横山佳代の三人は普段の通学路を先回りして、帰宅途中の早苗を見つけた。
早苗は、仲のいい奥田美香と一緒に帰ることが多いが、今日はひとりで帰っていた。美香は今日は日直で、すぐ帰れなかったからだろうと思われる。五年生ともなると、委員会活動などのこともあって、すぐに友達と下校できるとはかぎらなくなっている。
涼子は早苗を呼び止めた。
「さな、ちょっと話があるんだけど」
早苗は足を止めると振り向いて、不思議そうな顔をしているが、すぐに冷めた顔に変わり、涼子の顔を睨んだ。
「私はあなたたちと話すことはないわ。それじゃ――」
早苗はすぐにそっぽ向いて、ふたたび歩き出した。
「ちょっと待ってよ。さな!」
美由紀が呼び止める。しかし無視して歩いていく早苗。美由紀は追いすがろうとしたが、涼子と佳代はそれを止めた。
「無理にすると逆効果だよ。ちょっと作戦を考えようよ」
「そ、そうね。ごめんなさい」
美由紀は立ち止まり、立ち去る早苗の背中を見送った。
涼子たちは、民家と民家の間の細い路地に入って、早苗の攻略法を考えた。皆、ウンウン唸るものの、よさそうなアイデアなどさっぱり出てこない。
「やっぱさ、一筋縄ではいかないわね」
「正攻法じゃ無理かも」
改めてこの仕事の難しさを実感した。涼子は、ちょっと見方を変えて考えてみようとした。
どこかに隠れて、加納のふりをして早苗に話しかける。何か貸しをつくって、それを交換条件に話させる……どれも荒唐無稽な話だと思った。まあ、そう簡単に思いつくようなら、こんなに苦労はしない。
「……やっぱり難しいね」
佳代はそうつぶやいて肩を落とした。
ふいに美由紀が嬉しそうにひとつ提案した。
「ねえ。加納くんが呼んでたよ、なんて言ってさ、その場所に隠れてて……」
「そんなのに騙されるとは思えないよ……」
「そ、それもそうね……ハハ」
涼子のツッコミに、美由紀もすぐにショボいアイデアだったと気がついた。
九月の午後もまだ暑く、秋の空気はまだ見えてこない。建物の陰にいるものの、気温そのものが高く、じっとしていても全身から汗が滲んでくる。日が落ちてくるまでは、まだまだ真夏の延長戦。残暑は真っ最中である。
「全然涼しくならないねえ。あんまり暑いと頭も働かなくなるわ」
佳代が脱いだ帽子をパタパタさせながらぼやいた。涼子も手のひらで額の汗を拭っている。
「ねえ、うちに来ない? クーラーの部屋で考えようよ」
美由紀が自宅へ来ないかと提案した。
「それ賛成。そうしよ」
「うん、名案だね!」
涼子と佳代は即座に同意した。
一旦それぞれの家に帰り、服も着替えて美由紀の家に行った。宿題もあったが、大して時間のかからないものだったし、帰ってきてからすることにした。
美由紀の家に向かう途中、悟たちを見かけるだろうかと思ったが、結局見ることはなかった。多分この辺なんかで調査しているんだと思ったようだが、そんなタイミングよく会うわけはないようだ。
美由紀の家には佳代が先に来ており、応接間に入るとクーラーの涼しい空気の中で佳代がくつろいでいた。涼子を見ると、笑顔で小さく手を振った。
「さあ、作戦会議よ。正直なところ、さなを説得するのはやっぱり無理だわ。なら、どうやってさなから情報を聞き出すかだけど……」
美由紀はそう言って、「何かいいアイデアある?」と涼子と佳代に尋ねた。
「来る途中にも考えてたんだけど、難しいね」
「私も。ミーユはどう?」
「私もねぇ……そう簡単には思いつかないわね」
三人ともふたたび頭を捻り始めた。
結局、一時間以上もああだこうだと考えてはアイデアを出して、そして問題点を指摘され却下されることが繰り返されている。そんなとき、ふと涼子はひとつの提案をした。
「さなが気にしそうな、嘘の噂をわざと流してみたらどうかな?」
「噂?」
美由紀と佳代は揃って聞き返した。
「そう。例えばさ、エミが加納くんのことが好きだって言ってた、とか噂してさ」
「なるほど、さなが加納くんのことが好きなんだったら、動揺するかもね」
「あ、それでもしかしたら、加納くんと会って何かしようとするんじゃない? どういうことなの! とか」
「それそれ。あくまでさなが加納くんのことが好きだという予想が前提だけど、試してみる価値はあると思わない?」
三人とも、これでやってみようという気になってきたようである。
しかし、美由紀が懸念をつぶやいた。
「でもさ、うまくやらないと、エミがちょっとかわいそうなことになるかも」
「それはね……うまくやるしかないよね」
自分たちが勝手に流した嘘で、迷惑するのは絵美子だ。誰が好きだとか、みんな興味津々だからすぐ噂が広がって、揶揄ったり、イジメのきっかけになる。
「そうね。明日休み時間にでも、さなの耳に入りそうに噂してみましょ」
涼子たちはその意見で一致して、明日、学校でそれを実行してみることにした。




